【ネクタイのない文筆家】第1話
彼は静かな喫茶店の片隅に座り、使い古したノートに筆を走らせていた。
とつとつと雨が窓を叩く音と店内に流れる小さめのBGM、マスターがコーヒー豆を挽く音が部屋に響いている。
彼の頭には時折、1行2行、言葉が舞い降りるが、どれもこれといった形にならずに霧散する。
かれこれ1時間ほどこうして言葉をたぐり寄せようとしていた実嗣(みつぐ)は、細く長くため息をつくとカフェオレのおかわりをマスターに頼んだ。
実嗣はしがない事務員である。仕事は大きな不満もない代わりに体を震わせるような充