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古賀コン4

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記事一覧

ラブレターの裏側に

「青葉」
 放課後。中庭で寝転がっていると、いつの間にか詩乃がかたわらに立っていた。縁にレースのついた真っ黒な日傘の作る陰が私にちょっとかかっている。
「はい、冷やした方が良いよ」
 詩乃が差し出してきたのは、冷えたミネラルウォーターのペットボトルだった。その視線が私の左頬に注がれているのがわかる。
「もしかして。見てた?」
 ペットボトルを受け取りつつ、そう問い掛けた。
 さっきまでの光景が脳裏

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穴の底から

「記憶にございません」
すり鉢状の空間にわたしの声がひどくひびく。
声はらせんを描いて上へ上へとのぼっていくような気がした。

すり鉢の底に、腰くらいの高さの柵に囲まれて、わたしはひとりで立っている。すこし離れた場所に、わたしをぐるりと取り巻く形で重厚な木の長机がドーナツ状にひとつながりになっている。そのうしろの一段高い位置にまたドーナツ状の長机があって、そのまた一段高い位置に長机があって、またま

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記憶喪失集

記憶喪失集

神に知り合いはおりません
 1213年 造反者

あれはおれのものじゃない。おまえが山羊とつがった子だ
 987年 記録なし

どこかでお会いしませんでした? たとえば海の家で
 2005年 ナンパ

わたしが頭をぶつけたんですね。頭とはどこですか
 1988年 ルクセンブルク

おまえは家を貸したが、おれはもらったんだ
 1466年 格闘競技者

いいですか、今までの包丁はわすれてください
 2

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追憶【掌編小説】

追憶【掌編小説】

 拳の記憶よりも、愛の追憶は遥か深い。
 ボクシング世界タイトルマッチで僅か1R59秒で惨敗を喫した松下タツヤは絶望の淵にいた。
 古びた病院の個室にはユリがずっと付き添っている。両親のいない彼はユリ無しでは生きられない。この試合に勝てばプロポーズをするつもりだったのだ。そんな絵に描いたような幸せを目前にしたまさかの出来事・・・一命は取り留めたが、医師からは引退勧告を受けざるを得なかった。
 「タ

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白忘

白忘

白忘(はくぼう)

白い靄と蝋燭のあかり
煙のように舞う君に 
目玉焼きをのせて
もう二度と見失わないように

朝をのぞくと
その先に海があった
調味料は潮だけで充分だ

どこかから運ばれてきたことばは
かなしい空にたどり着き
星星にぶらさがりながら
迎えを待っている

そんな夜の中と
そんな朝の先に

わたしは自分を重ね
ただ観察している

森の女

森の女

森の女

 これは、ある夕暮れ迫るいつかの物語
 
「あ、あなたは……?」
「あたし?」
「は、はい」
「あたし森の女」
「森の……」
「女」
「女……」
「そうよ、森の、女よ」
「森の、女」
「茂っているの」
「え……しげ……」
「あら、おかしい?」
「い、いや……!」
「女だって茂るのよ、茂ったっていいじゃない、なによ、茂るだけ茂らせてもらうわよ、茂らせて茂らせて、これでもかってくらいに。女だ

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アイスクリーム帝国の大予言(古賀コン4応募作品)

アイスクリーム帝国の大予言(古賀コン4応募作品)

「記憶にございません」と証人喚問で小佐野賢治が言いまくったロッキード事件の全貌も、『諸世紀』の四行詩になら全て記録されているかもしれない。
 人々がノストラダムスという十六世紀フランスの予言者にそこまで全幅の信頼を置いていたのが、昭和という時代だった。
 何しろナポレオンや第二次世界大戦はおろか、環境破壊にローマ法王暗殺、さらには昨今のスポーツカーの爆発的な流行まで予言していたというのだからスゴい

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蟷ク縺�座さんの星模様〈2024年春の運命〉

蟷ク縺�座さんの星模様〈2024年春の運命〉

草花の芽吹きと共に“新しい季節(時代、流行、時間)”がはじまる季節です。蟷ク縺�座のみなさまにも、新しい流れの兆しが見えています。

多くの人にとって「出会いと別れ」の季節となりやすい春。ですが、蟷ク縺�座さんにとっての今年の春は、すこし違います。テーマは、再会と実り。人生一の転機に恵まれる方もいそうです。

全体の星模様蟷ク縺�座さんの「再会と実り」の季節は、2月下旬からすでに始まっています。2

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寂しさの理由、海の底



 忘れてしまったことがいくつもある。
 それらが大切なのかそうでなかったのかということをわたしはひとつも思い出せなかった。忘却の範囲は広すぎる。そして無差別だった。そしてもしかすると、思い出せないという実感だけが、わたしがなにかを忘れているということを支えているのかもしれなった。なぜなら、わたしがなにかを思い出せないと感じているいまこのときでさえも、なにかを忘れているということを証明できる物

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引き換えるもの

引き換えるもの

これは、いわゆる〈異世界転生〉というやつなのだろうか。濃い緑色の舗装道路を、なぜだか必死で走りながら——どうやら逃げているらしい——頭の中を過ったのはそれだった。でも違う。別にマンガに出てきそうな、なんちゃってヨーロッパ的世界でもなさそうだし、仰々しいドレスを着た大層なご身分の悪役令嬢とかでもないらしい。随分と小ぎれいな庭園や澄んだ水の流れる川。時代や土地の分からない建物。なんだか見慣れない風景だ

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一日午前零時の誓いと監視者の眼

 青空をバックに、蕾を付けた桜の大枝から毛足の長い黒猫が、黄色い目をいっぱいに見開いてこちらを見る。「信じられない!」と、非難の声が脳裏に響く。少し高い所にいま一匹、白地に黒の斑点を纏った猫が、すました顔でこちらを見ている。「ほらね、言った通り」とも「わかりきってたことじゃん」ともとれる顔。私は何をしたんだっけ、と思う。どんな約束を、反古にした?
 やるべきだったことを思い返してみる。昨日はちゃん

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無限のかたち

無限のかたち

よく眠れる花のお茶をさがす
いつもの棚のあおい箱
死角から男がやってきて
わたしの名を呼んで壁になる

限度を超えて見開いた目が床に落ちる前に
つかまれたわたしの腕が言う
「この男を知りません」
爪も言う 指も言う 髪も言う
「知りません」「知りません」「知りません」

男はたじろいで去る
外に出てわたしは息をする
忘れていた息をする

光は言う
「あなたを知りません」
わたしは言う
「ではここか

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潰す(古賀コン4応募作品)

潰す(古賀コン4応募作品)

 ゆるやかな上り坂の途中に、「回収できません」という紙が貼られたマットレスが捨ててある。それを避けて前を向くと、見覚えがある黄色いトレーナーが見えた。
 イートンだ。
 黒縁メガネと緑の短パン。教室にいる時と同じ服装をしている。
 いつも黄色いトレーナーを着て、ブタみたいな雰囲気だから、イエローの豚を略してイートン。ピッタリな名前だ。
 イートンは車道に何かを投げている。緑や茶色の跡が道にある。草

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