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Deutschland

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帰還せよ。
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#小説

余命一年

腕時計に目をくれる余裕もなく、私は彼女の延命措置に急いていた。人々は田舎の足取りで歩く。談笑する。カプチーノを飲んでいる。

日本らしい正月のとぼけた焦燥などなく、新年から日常を取り戻しているドイツにいてさえ、私の中で時が止まってしまった。私は彼女の心臓部を再稼働させる医者を求めていたのだ。これは、一刻を争う。

しかしながら、運命は抗えない。焦りは募るが、冷静にならなければならない。私は

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何歳まで生きたい?

一年前のクリスマスどうしていた?と問われても手帳を手繰らなければ思い出せないほど、それは過去になった。

独りで吉祥寺にいた。東京のことだからきっとイルミネーションが綺麗で、カップルが飽和していたに違いない。カレー屋をハシゴした。カレーが好きだよと言ったら、当時好きだった人が店をオススメしてくれたから。

好きな人の好きな街、好きな店、好きな空気。好きなメニューまで教えてくれた。好きな人の

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『ニノチカ』

広場でパンをもらった。コンクリート顔負けの、ずっしり重い、黒パンを。冬眠にも至れないメンヘラの心情を具現化したらこんなかもしれないけれども、それにしてはあまりに素朴に廃れている。おまけに、消費期限切れで廃棄処分される運命だったのをフードシェア団体に救われただけあって、傷ひとつない。無愛想なそのパンが可愛くなってきた。私は袋を持っていなかったので、ドイツらしい無骨な黒パンを裸のままリュックサックに放

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ブラジル美女の口説き方

ユニクロがこんなに似合う人はいない。

同郷の友と、隠れることなく日本語でそんな感想を交わし合う。

前を歩くのは、映画から飛び出たような美人。脚はすらりと長く、漆黒の髪が煌めく。

しなやかな肉体美を包み込むのは、確かにユニクロの服であるらしい。モデル以上の着こなしだ。彼女が着こなせない服など、そもそも服として存在し得ないに違いない。それほど全てが、彼女のためにあるようだ。

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生活人

目標を、立てました。単なる自己分析に留まるかもしれないのは、お許しください。

私は、もしも日本かドイツか、この世界のどこかで生活していこうとするならば、ただ、ある人と共に暮らしていきたいと思うのです。

自惚れた希望を口に出せる身じゃないのは重々承知ですが、こうやって夢見て生きていくのが私の本分であるようで、背反する間抜けっぷりをさっそく見せつけて仕方ないけれども、あの人となら、生活って

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先輩へ

先輩へ

書くだけ書いて、きっとお見せすることはないでしょう。気持ちが駆け回って気がおかしくなる前に、私はとりあえず書くことで客観視を試みるのです。

先輩は、いかがお過ごしですか。もうベルリンから帰国したのでしょうか。東京へは戻っていないのですよね。

さすがとしか言いようがありません。

留学前からドイツ語が堪能だった先輩にも、たった一人で異国の地に行くのですから不安ははち切れんばかりにあっ

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