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来戸 廉
2024年4月7日 09:02
(2,425文字) ある日、たまたま私が乗り合わせた電車の中での一幕。 キキーッ。ガックン。 電車が急に停まった。「きゃっ」 その拍子に、吊革に掴まっていなかった女性がよろめいた。運悪く隣にいた男の足をしたたか踏みつけたらしい。「うぐっ」 男は呻いた。 解る。痛いなどという言葉では言い表せない。細いハイヒールのかかとで踏まれたことがある人しか、これは分からないに違いない。
2024年3月3日 09:30
(4,268文字) ――指の間からこぼれ落ちる砂を見て、悲しいと歌ったのは石川啄木だったかしら。 それはふっと頭に浮かんでは直ぐに消えた。 三月に夫の転勤で埼玉県のH市から都心に近いこの街に越してきて、二週間になる。 ここは夫が言う通り交通の便がとてもいい。自宅は駅からバスと徒歩で十分ほど。主立った公共施設はバスで更に一駅行った所に固まっているし、歩いて行けるほどの距離にスーパーや幼稚園
2024年3月1日 11:25
(3,601文字)「雪の音を聞いたことがありますか?」 それは、カウンターに突っ伏していた女が、突然頭をもたげるなり、誰に言うともなく発した一言だった。小さな声だったが、はっきりと私の耳に届いた。 バーはカウンター席だけの、四、五人も入れば一杯になりそうな小さな構えで、今宵の客はその女と私の二人だけだった。店内では低音量でクラシック音楽が流れている。 年配のバーテンダーが、二杯目の水割り
2024年2月26日 09:49
(1,959文字)はーい、ちょっと待って。そんなにピンポンピンポン鳴らさなくても。はい。あなた、どなた?秋本さん。で、何の用?詩織って子を探してる?あんた、あの子の友達?じゃあ、あれ、どうにかしてよ。何のことだって?猫だよ、猫。彼女、置いて行っちゃたんだよ。ショウゴって名前なんだよ。その猫は雌なのに、雄の名前付けちゃって。勿論、私はそれは変だろうって反対したさ。でも彼女、あの通
2024年2月13日 05:52
(3,869文字)「この頃じゃ見かけんが、昔は血を売って暮らしていた輩が結構いてのぅ。儂もそんな一人じゃった」「血を売るって、献血のこと?」「違う、違う」 男は、大袈裟な手振りで否定した。 男の服装は、黒い燕尾服に山高帽だった。声を掛けられた時、私はピンサロの呼び込みと勘違いして、どうして昼間にこんな場所にいるのかと不審に思ったものだ。「言葉通りの意味じゃ。よく覚えておらんが、一合で
2024年2月9日 05:01
(3,265文字) 私に、その"力"があると知ったのは、五歳の夏だった。 母に連れられて親戚の家に法事で行った時のことだ。出迎えてくれたお嫁さんの顔を見た途端、私は泣き出してしまった。困惑するお嫁さんに、母は大いに恐縮しながら、「急にお腹が痛くなったらしくて」 とその場を取り繕った。 その帰り道、「さっきはどうして泣いたの? 怒らないから、言ってごらん」 と母が聞いてきた。 ほら