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成人の発達障害者の為のコーチングの可能性

コーチングの資格を取得した後、発達障がい者に有用か事例検討を行った。

1.発達障害者とは?

 発達障害者とは、ADHD(注意欠陥・多動性障害)の症状や、ASD(自閉症スペクトラム障害)などの症状が、比較的低年齢の時からみられる人々のことを言う。

 ADHDとは、知能は正常だが、不注意や多動・衝動性がみられる症状である。不注意によって間違いや物忘れが多くあったり、努力を継続することが難しかったりする。多動・衝動性によって、落ち着きがなく、穏やかに過ごすことが難しいことがある。成人のADHD症状者の場合、このような症状によってしばしば日常生活や就労などの社会生活において支障をきたしたり、トラブルを引き起こすことになる。

 ASDとは、対人コミュニケーションの障害と限定された反復行動がみられる症状である。ADHDより軽度であると言えるが、成人のASD症状者の場合、就労などにおいてトラブルを引き起こしたり、問題解決が難しかったりして就労を継続することができなくなることがある。

2.発達障害者の社会参加支援の動き

わが国では2013年に「障害者の雇用の促進等に関する法律」が改訂され、障害者の法定雇用率が引き上げられた。2018年度からは、この雇用率の算定対象に精神障害者が加わった。
このような国の施策を背景に、精神障害者に含まれる発達障害者の雇用率を高め、労働環境を整備されつつある。障害者の個性を生かし、活動能力を高めるための支援がこれまで以上に求められている。

3.発達障害者へのコーチングの有用性

成人の発達障害者に対する治療について、心理社会的治療が行われることが多い。近年、アメリカやオーストラリアなどでは、このような心理社会療法の一つとして、カウンセリングよりもコーチングの有用性が注目されている。

カウンセリングはクライアントの話を聞き、それを承認、支持することを中心とする。しかし、コーチングは、クライアントの強みに目を向けて、活動能力を高めることに焦点を当てたものである。
 
コーチングでは、治療者と被治療者のような上下関係を前提とせず、斜めの関係性の中で、クライアントに併走しながら目標達成を支えていく。

アメリカでは、スティーブンソン(2003年)やパーカー(2009年)らによって、コーチングやコーチングの要素を含むアプローチの有効性が検証されている。また、オーストラリアでは、行動科学や認知行動アプローチを取り入れたコーチングの研究、実践がなされている。

4.成人ADHD症状者へのコーチング事例

 成人のADHD症状者に対するコーチングでは、コーチはADHDの特徴に配慮しつつ、クライアントの強みに焦点を当てながら、クライアント自身が問題を解決し、ADHD症状からくる困難を乗り越えるための方略を身に付ける支援を行う。

 ここでは、筑波大学の安藤・熊谷(2015年)によるADHD症状のある成人へのコーチング事例を紹介する。

 対象となったADHD症状者(以下、クライアント)は、32歳の男性で、大学卒業後、デザイン事務所に就職するも上司との人間関係がこじれ退職した経歴を持ち、簡単なことでミスを繰り返す、集中力にムラがある、やるべきことを忘れる、衝動的に人間関係が面倒になる、ぼんやりしていて急に慌てて行動し失敗する、などの症状があった。
 

コーチングは、

①目標設定
②現状分析
③行動計画策定
④行動計画実行


というプロセスで行われた。このプロセスは、クライアントとコーチが共同で行い、短期的に繰り返されている。コーチングの方法は、面談とEメールである。

 1回目の面談では、クライアントとコーチとのやり取りの中で、3カ月後の就労を目標に、「1週間毎朝8時に起床する」という行動計画を設定した。2回目の面談では、就労に向けて自己理解を深めたいというクライアントの意向を受けて、「得意なことと、不得意なことをリストアップする」ことを3回目までの目標とした。

 これらの行動計画、目標についてEメールでもコーチングが行われた。この中からクライアントとコーチのやり取りをピックアップして紹介する。まずは、「1週間毎朝8時に起床する」という行動計画についてのやり取りである。

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 次にご紹介するのは、「得意なことと、不得意なことをリストアップする」という目標に向けてのやり取りである。

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3回目の面談では、このようなEメールのやり取りを踏まえて、コーチが、過去にミスをしそうな場面で回避できたことがあったかなどの質問をすると、クライアントから、他者に確認を願い出ることを身に付けていきたいとの回答があった。コーチングに対する感想については、「話すうちに自分がどういう人でどうしていくか分かった気がする」「目標に向かって取り組むこと、やらなきゃいけないなと思うようになりいいと思う」との回答があった。


 本事例では、以上のようなコーチングの結果、約20週間でADHD症状に改善がみられたと報告されている。多動性・落ち着きのなさが、介入前の90ポイントから70ポイントへ、不注意症状が、介入前の90ポイントから80ポイントへ低下したとされる。さらに、仕事への支障も、介入前に9ポイントであったのが、2ポイントまで低下した。

5.成人ASD症状者へのコーチング事例

成人ASD症状者に対するコーチングでは、就職、または就労し続けることの支援や、それに伴う困難に直面したときに、障害について開示すべきかどうか、開示する場合は、ASD者の適応力を超えない範囲でどのように仕事を選択、調整するか、といったことが問題となる。

 以下、木内(2019年)による実際事例を組み合わせたASD者へのテキストコーチング事例を紹介する。


 ASD症状を持つ30代女性のクライアントは、工場機械の開発会社に勤務しているが、顧客や上司の要望に応えられないという問題を抱えていた。そこで、テキストメッセージによるコーチングを約1カ月行った。

 クライアントが抱えていた問題は、具体的には、会社が納品した機器に設計ミスがあり誤作動を起こしたことを顧客に伝えるための報告書を作成する際、設計ミスを隠蔽せよ、という上司の指示に応えられないというものだった。

 コーチは、クライアントがASD症状者で、設計ミスという事実を表明しないことに苦痛を伴うことを会社に伝えたうえで、会社の求める方法で対応できるよう、合意した。

そこで、コーチは、クライアントととのやり取りの中で、クライアントの作成した報告書と、会社の上司から指示された報告書を、それぞれ、「確認された事象」、「その原因」、「行った対処」の3部分に分けて検討した。

その3要素が一貫性を持つような報告書であれば、「事実に基づく説明」でなくともクライアントも納得できることを確認し、他の同僚と同じように、会社から指示された形式に基づく報告書が作成できるようになった。


参考文献

安藤瑞穂・熊谷恵子「ADHDのある成人に対するコーチング適用事例」障害科学研究39(2015年)

木内敬太「成人の発達障害者のためのコーチングの可能性」支援対話研究3号(2016年)

木内敬太「発達障害コーチングの最新動向と実際」明星大学発達支援研究センター紀要4号(2019年)

■元音楽Pの双極性障害当事者です。


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