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音楽レヴュー 2

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音楽作品のレヴューです
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#ロック

怒りを隠れ蓑にせず、愛と弱さを歌えるようになった者たち Idles『TANGK』

 ブリストルのアイドルズは、怒りと激しさを隠さないバンドだ。庶民を虐げる政治、有害な男らしさ、苛烈な差別や経済格差など、さまざまなテーマを自らの曲で取りあげてきた。
 良くも悪くもお利口で、何かしらメッセージを発しても遠回しな暗喩や皮肉という形の表現が少なくない現在において、アイドルズの音楽は率直な叫びとして稀有なインパクトを放った。レベル(Lebel)をUKラップが担うようになったなかで、ロック

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ノスタルジーの皮をかぶったモダンなポスト・パンク Heartworms「A Comforting Notion」

 ハートウォームズことジョジョ・オームを知ったのは約1年前のこと。ロンドンのロック・シーンにおいてハブ的場所となっているライヴハウス、ウィンドミルでの公演をアップしているYouTubeチャンネルで、彼女のライヴを観たのだ。ミリタリー・ファッションを纏った姿はゴシックな雰囲気が目立ち、瞬く間に筆者の興味を引いた。肝心のサウンドも琴線に触れた。演奏スキルは荒削りなところもあったが、ダークな音像とキャッ

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アイルランドからFuck家父長制のポスト・パンク〜M(h)aol『Attachment Styles』

 以前ブログでも書いたように、いまアイルランドの音楽シーンがおもしろい。記事を書いたあとも、ヒップホップ・グループのニーキャップがNYタイムズにピックアップされるなど、その勢いは増す一方だ。
 こうした潮流をきっかけに、M(h)aol(〈メイル〉と発音するらしい)も大きな注目を集めた。2014年にダブリンで結成されたこのバンドを知ったのは、2021年のデビューEP「Gender Studies」を

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なぜ、いまマニック・ストリート・プリーチャーズが求められているのか?〜『Know Your Enemy』リイシュー版がヒットした理由

なぜ、いまマニック・ストリート・プリーチャーズが求められているのか?〜『Know Your Enemy』リイシュー版がヒットした理由

 今年9月、ウェールズのロック・バンド、マニック・ストリート・プリーチャーズ(以下、マニックス)が『Know Your Enemy』のリイシュー盤を発表した。本作のオリジナルは2001年3月に6thアルバムとしてリリースされたが、今回のリイシューは当時と異なる形で世に出ている。内省的で柔和な質感の音が多いディスク1「Door To The River」、激しいギター・サウンドが中心のディスク2「S

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羊文学『our hope』を日本社会の中で鳴り響く音楽として聴いてみる

 最近、仕事以外でよく聴いている音楽のひとつは、3人組ロック・バンド羊文学のメジャー・セカンド・アルバム『our hope』である。理由はいくつもあるが、真っ先に印象深いと感じたのはサウンドだ。これまでの作品よりもひとつひとつの音が作りこまれ、歌詞の世界観と密接な関連性を見いだせる。そこにはこういう音にしたいという羊文学の明確な意志が滲む。

 その意志に攻めた姿勢が窺えるのも良い。『HIGHVI

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生活に潜む病巣を突いた気取らないロック〜Panic Shack「Baby Shack」

 パニック・シャックは、2018年にウェールズのカーディフで結成されたバンド。当初はドラマーも在籍していたが、現在のメンバーはサラ・ハーヴェイ(ヴォーカル)、メグ・フレットウェル(ギター)、ロミ・ローレンス(ギター)、エミリー・スミス(ベース)の4人。
 活動を開始して以降、BBC Radio 6 Musicにプッシュされるなど少しずつ知名度を高めてきた彼女たちは、飛びぬけた演奏力を持たないバンド

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Hatchie『Giving The World Away』

 オーストラリアのアーティスト、ハッチーことハリエット・ピルビームはドリーミーなサウンドを得意としてきた。その音楽性は多くの人々に称賛され、2019年のデビュー・アルバム『Keepsake』はThe Line of Best FitやDIYといったメディアにレヴューで高得点をあたえられた。

 そんなハッチーのセカンド・アルバムが『Giving The World Away』だ。音楽性は前作と地続

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The Volunteers(더 발룬티어스)『The Volunteers』



 韓国のアーティスト、ペク・イェリンは非常におもしろい。2012年にJYPからデビューしたK-POPユニット15&(フィフティーンアンド)の元メンバーとしても有名な彼女は、ソロになってからより才能を解放している。とりわけ、内省的な詩世界を描いたファースト・ソロ・アルバム『Every letter I sent you.』(2019)、ハウスやUKガラージといったダンス・ミュージックの要素を巧み

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Goat Girl『On All Fours』が私たちにもたらす知的興奮



 サウス・ロンドンで結成された4人組バンド、ゴート・ガール。彼女たちが2018年にリリースしたファースト・アルバム『Goat Girl』は、何度聴いても筆者の心を躍らせ、耳を喜ばせてくれる。ロサンゼルスのガン・クラブといったブルージーな色合いが強いパンク・バンド、あるいは13thフロア・エレベーターズやモビー・グレープなどのサイケデリック・ロックを想起させるサウンドが特徴で、多彩なアレンジの引

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Shame『Drunk Tank Pink』に刻まれた生乾きの感情



 サウス・ロンドンの5人組ロック・バンド、シェイム。彼らが2018年にリリースしたデビュー・アルバム『Songs Of Praise』は、あらゆる情動が渦巻くエネルギッシュな音楽でいっぱいだ。性急なグルーヴを生むバンド・アンサンブルはささくれ立った緊張感が漲り、それでいて紡がれるメロディーは親しみやすいものばかり。“One Rizla”や“Friction”などは、ライヴハウスで観客とシンガロ

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James Dean Bradfield『Even In Exile』が歌う分断社会への憂い



 マニック・ストリート・プリーチャーズのヴォーカル、ジェームス・ディーン・ブラッドフィールドが『Even In Exile』をリリースした。ソロ・アルバムとしては、2006年の『The Great Western』以来2作目となる。

 これまでいくつもの名曲を生みだしてきたジェームスのアルバムだけあって、本作はグッド・メロディーの宝庫だ。複雑なコード進行を多用せず、それでいて多彩な曲群を作り

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New Order“Be A Rebel”は反逆者であるための指南書だ



 ニュー・オーダーが新曲“Be A Rebel”をリリースした。新型コロナの影響で人との接触が制限されるなか、リモート作業を重ねて完成にこぎつけたそうだ。

 イギリスのマンチェスターで結成されたニュー・オーダーは、筆者にとって特別なバンドでありつづけている。
 4歳のとき、両親に連れていかれたレコード店で買った作品の中に、“Confusion”(1983)のシングルがあった。ドアーズの『Th

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Kisewa(키세와)『Bullet Ballet』



 最近おもしろいエレクトロニック・ミュージックをリリースしているレーベルは?と訊かれ、No Slack Recordsと答える者は多いだろう。韓国のソウルを拠点にしながら、興味深い作品を積極的に紹介しているのだから。
 2016年に設立されて以降しばらくは、ドイツのレーベルOstgut Tonを想起させるダークなテクノ作品が多かった。しかし近年はベース・ミュージックやヒップホップの要素が強い音

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Fiona Appleは沈黙を良しとせず、服従は沈黙でしかないと歌う



 アメリカのシンガーソングライター、フィオナ・アップル。1996年にデビュー・スタジオ・アルバム『Tidal』をリリースして以降、彼女の存在感が弱まったことはない。

 だからこそ、映画『ハスラーズ』(2019)でも“Criminal”(1996)のメロディーが流れた。この曲は、ストリッパーのラモーナ(ジェニファー・ロペス)が初めてダンスを披露するシーンで使われた。躍るピアノとシンコペーション

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