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Mariage Essay

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春と誕生日

春と誕生日

昔から、春がこわかった。

咲き誇る花々も、浮き足立つ人々も、光りかがやく街も。自分と乖離していて、どこか嘘のような季節に感じる。

でもこわいと感じる理由のひとつは、自分が春生まれであることだろう。

私事ながら、先日誕生日を迎え、29歳になった。

20代最後の年。ハタチになったときは20代がいつか終わるなんて1ミリも考えてもいなかった。

あのころは自分の年齢と、生きていたい世界があまりに異

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本と孤独

本と孤独

人生ではじめて読んだ本のことを覚えているだろうか。

絵本をのぞくと、私がはじめて読んだ本は星新一氏の『ブランコの向こうで』だった。

物語の内容は、ほかの人の夢にはいりこんでしまった少年の冒険と成長を描いた長編ジュブナイルファンタジー。幼心にも「切なくてあたたかい」と感じた作品で、この作品と出逢ったその日から、本は私の友人になった。

一人で部屋にいるときも、公園にいるときも、旅をしているときも

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水と言葉

水と言葉

昔から、運動がとにかく苦手だった。

小手先の技術では補えないくらい、こと運動に関してはセンスがなく、小学生のときは体育も運動会も憂鬱で仕方がなかった。

ドッジボールでは逃げ続けて最後のひとりになるし、跳び箱は4段が限界だし、かけっこはもちろん万年最下位だし…

そんななかで「運動会をテーマに作文を書く」という機会が与えられ、運動会に対していい思い出がひとつもない私は「かけっこで最下位になった」

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真夜中とドライブ

真夜中とドライブ

車の中というのは、かなりプライベートな空間だ。

私は自分自身が無免許ながらドライブが大好きで、だからドライブが大好きなひとのこともまた好きだった。

密室の横並びで、前に進んでいく鉄の塊の中にいると、向かい合わせで話せないことがなぜかすらすらと話せた。

ドライブの思い出を振り返ると必ず中学生と高校生時代の記憶が蘇るので、今回はそのふたつの思い出に触れてみる。

中学生のころ、夜に家にいるのがこ

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雨と香り

雨と香り

外で雨が降っている。

部屋で雨音を聞いていると必ず思い出す情景があって、その情景は必ず、とある香りと音楽と共に鮮明によみがえってくる。

自分の意思に反して永遠に記憶されるということは、甘やかな思い出などではなく、むしろ呪いの部類に入るのではないかと思うのだけれど。

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恋とビール

恋とビール

ビールを好きなひとに聞きたいことがある。
好きな理由は?

ビールを苦手なひとにも聞きたいことがある。
苦手な理由は?

きっと好きなひとも苦手なひとも、その理由のひとつに「苦味」を思い浮かべるかもしれない。最初からビールを「おいしい」と感じるひとは少ないように思う。

人間は「苦味」を感じるものに対して本能的に避けるようにできているため、「まずい」と感じるのは正常な反応なのだそう。

それならど

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海と珈琲

海と珈琲

冬の海が好きだ。

冷気をはらんだ空気から伝わってくる波の音。
夏に多くの人が駆け抜けていった気配のある砂浜。

くっきりとした輪郭から、ぼんやりとした輪郭に変わる水平線。

冬の海にはなんとなく行きたい、というより「行かなくては」という気持ちにさせられる。

だから毎年寒くなってくると12月31日の大晦日に、始発で海へ行った日のことを思い出す。

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星と芸術

星と芸術

ヨーロッパで美術館を巡るにあたり、事前に『モチーフで読む美術史』という本を読んだ。

犬や猫といった動物から、パンやチーズなどの食べ物。向日葵や薔薇の花に慈愛や夢などの抽象的なモチーフまで、絵画を読み解くヒントとして取り上げられていた。

中でも私の興味を引いたのは「月」と「星」のモチーフについて書かれた項目で、やはりキリスト教においては“女神”や“神性さ”を表すという。

そういえば、私の好きな

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月とカクテル

月とカクテル

「秋の月を見ていると色々な思いが頭をよぎり、何もかもが悲しく感じられる。私ひとりだけに訪れた秋ではないのに」

共感で思わずうなずいてしまうこの歌は、今から1200年も前の平安時代に歌われ、令和にまで届いている和歌である。

昔から平安時代の和歌や文学が大好きだった。もし生まれる時代を選べるのなら平安時代に生まれてみたかった、と思うほど。

和歌を読んでいると、現代と変わらずに自然を愛し、四季の移

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森とウイスキー

森とウイスキー

「アイラウイスキーはひと口目飲んだ瞬間は『なんだこれ、こんなものもう2度と飲まない』って思うんだけど、1杯飲み終わるころには気になっていて、2杯飲むころには忘れられなくなっているんだよね」

20歳だったころ。吉祥寺のジャズバー「more」で、ストレートのラフロイグを慈しむように舐めながら、目の前のその人はつぶやいた。

ひと口試しに飲ませてもらった琥珀色の液体はひどく苦く、複雑で、舌の上がびりび

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花とショートケーキ

花とショートケーキ

花を、自信を持って「好き」だと思い買うようになったのは、ここ数年のように思う。

昔は花がなんとなく苦手で、その理由のひとつに華道の存在があった。

私の通っていた高校は「華道」「茶道」「書道」「香道」「日本舞踊」と、日本の伝統芸能が授業で学べる学校で、海外への興味と同時に日本の伝統についても知りたいという気持ちが芽生えた私は、それらの授業をすべて履修した。

手順や決まりごとがはっきりしている「

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