マガジンのカバー画像

わたしとお母さん

10
お母さんについて書いたnoteをまとめています。
運営しているクリエイター

記事一覧

7回目の母の命日のあと、二十歳に受け取っていた手紙を読んだら、人生のお守りになった

7回目の母の命日のあと、二十歳に受け取っていた手紙を読んだら、人生のお守りになった

今年も3月9日、お母さんの命日を迎えました。
私が25歳のときに会えなくなってから、もう7年が経ちます。
享年55歳でした。

20代半ばから30歳が私にとっては激動と激変の時代。そこにはもうお母さんはいなかったということに、未だに不思議な気持ちになります。あれほどロングヘアーを貫いていたのに、さっぱりと髪を短くしては毎月のようにコロコロ色もスタイルも変わっていく時代の私を、一切知らないままなんだ

もっとみる
今年も3月9日を迎えて

今年も3月9日を迎えて

「 3月9日 」

私にとってこの日は、お母さんの命日です。

2016年に他界したので、今年で満6年。
七回忌を迎えました。

もう、そんなに経ったなんて、正直実感皆無。

鶴の2周目の47都道府県ツアーファイナルの大阪公演を観に行って帰ってきた数日後のことでした。懐かしい。

当時は、ほんとうにたくさんのひとに支えてもらいながら、私は日々、ふとしたときに泣き暮れていたなあ。そのころのInsta

もっとみる
母の日ということで、

母の日ということで、

お母さんのことを。

何かなかったかな〜と写真を振り返るけど、
一緒の思い出はもう増えないよね〜
そんな、当たり前のことを思う。

この写真は、生前に、
一緒にいった神社で撮ったもの。
最期の方の写真はお披露目されるのを嫌がってたので載せないけど、お母さんの写真も一緒にあった。


小さいころから、母の日や、お誕生日には、いつもカードを作って贈っていた。そういった行事ごとで、あ

もっとみる
5年が経った私の3月9日。

5年が経った私の3月9日。

約1ヶ月の出張から帰ると、ポストには日々少しずつ重なっていったに違いないチラシが詰め込まれていて、その中から重要な書類を探し出す時間がいつも億劫ながら、家の更新に関する書類を見つけた。

もうすぐ、一人暮らしをはじめて4年が経つのか。
いまだに一人暮らしに慣れた気がしていない私は一体何なんだろう。(出張などを挟むと実質3年間しか住んでいない説は濃厚。)

一人暮らし希望は23歳ごろの頃からあった気

もっとみる
赤いものを贈りたかった

赤いものを贈りたかった

クーラーを付けたまま寝てしまう夜が続いていて、今日はクーラーを消して寝ようと、私としてはとても早く、日を跨ぐ前に就寝。

そして、目覚めた朝4時はとても汗だくだった。

やっぱりクーラーは必要みたいで、扇風機の方がいいのかと思うけど、結局今年もこのまま過ごしてしまいそう。

今日はお休みで、午前中に病院へ。

貧血が発覚してから月に一度は通っている。

今日も採血をして、先生と結果を見てお話し。

もっとみる
4年が経って、いま

4年が経って、いま

昨日、3月9日は、お母さんの満4年になる命日。

4年も経ってしまった。
経ってしまった。

思い出せないことが増えた。
どんどん、私の記憶の中のお母さんの濃度が薄まっているような気がする。
それでも、昨今のコロナウィルス事情もお母さんがいたらどうするかなって思うし、返事のない問いかけをまだまだしてしまう。

お母さんの作る料理がとても美味しくて、大好きだったから、私が作る料理はどうだろう、近づい

もっとみる
遺してくれたもの。

遺してくれたもの。

今日も大阪よりお送りします。

日中にお店にいると、
「え??!!」と声を上げてしまうくらい
びっくりしたことがあった。

私のお母さんが、
私が小学生のころから高校生のころまで勤めていた会社の上司の方が
ニコニコとそこにいたのだ。

もう「え??!!」だ。

全然変わっていなくて、誰だかすぐにわかった。
けどびっくりしすぎて名前が出てこず、
「えーー!!なんで??えー!でも名前出てこないですーー

もっとみる
クリスマスはオーナメントをいっしょに

クリスマスはオーナメントをいっしょに

昨日の夜、外に出ると大阪駅はキラキラとイルミネーションが灯っていて、そう言えば11月1日から点灯しますって、何か広告で見たことを思い出す。

阪急の私たちのフロアにも、オーナメントが飾られ、店頭に並びはじめ、福岡のお店にもすでにたくさんのオーナメントがディスプレイされている。

クリスマスまであと2ヶ月をきりましたね。
去年のクリスマスは、何をしていただろう・・と私ははっきりと思い出せないほど、特

もっとみる

お盆が近くなってもうすぐ誕生日

昨晩もうひとつの家に帰って、たくさん寝て今晩は自分の家に戻る途中。

わたしは「最期、お母さんにやさしくできなかった。」って、ずっと少し心残りがあったのだけど、もしかしたら違うかも、と、いまここに書きながら頭が整理されている。

弱っているお母さんに、やさしい言葉をたくさんかけてあげたほうがよかったのかもしれない。でも、いま思えば、あのときのわたしは、あのときになってやっと「わたしがしたいこと」に

もっとみる

わたしと鶴とお母さんと

先日、鶴のツアーの福岡公演に行ってきた。

わたしの周りのひとは「ああっ」と言ってくれるだろうけど、大半のひとは鶴のことを知らないことが多い。それは、まあ、いいんだけど。ううん、よくはないのだけど、今日はそこを説明したいわけではないので割愛。

一昨年までのわたしはほんとうによく鶴のライブに行っていて、3ヶ月に1回は行っていたかな。
鶴のメンバーや音楽、ライブが好きなのは大前提に、いまでは行くと知

もっとみる