見出し画像

創作SS『卒業写真』#シロクマ文芸部


十二月。今年最後の月。
あなたのことばの群れが
わたしから離陸してゆく

 出勤前、iPhoneに着信があった。視線をMac book から、iPhoneへとスライドさせる。いつもの番号が点滅している。かけ直そうとして、手を制止する。深呼吸して、スタバのトールのカップと相談する。もうソイラテは冬の傾斜の角度に負けて、冷めてしまっている。昨夜の出来事をひとり検証していた。

 最近、同棲中の彼氏とは、喧嘩けんかばかりしていて、空港の夢をよく見る。長い春。私は今年、30代のトンネルに突入する。そろそろ親も安心させてあげたい。1つ年下のKは、売れない芸人だ。最初は炭酸水を飲むような日々だった。女芸人の友達に紹介されて、すぐにしゅわっと弾けて、意気投合した。話は面白いし、そこそこ格好いいし、何しろお笑いが大好きな私とディープなお笑い談義ができる。ゴミ出しも料理も掃除も率先してやってくれる。ただひとつ稼ぎがないことだけが悩みの種だった。

『いつまで待てばいいの?私、今年、30だよ』
『またその話かよ。俺だって、頑張ってるよ。もう少し、もう少しだけ、待ってくれよ。絶対、来年こそブレイクするから』
『もうそれは聞き飽きたって。いい加減、きちんとしてよ』 

(バンッ!)

 Kが怒って、マンションの部屋を飛び出してゆく。そして酔っ払って、ぐでんぐでんの赤いたこになって、芸人仲間に介抱されながら帰宅する。毎回、同じ繰り返しのメリーゴーランド。

 冷め切ったソイラテを一気に飲み干して、スタバを出る。iPhoneを気にしつつ、怒ってるぞの意思表示。すぐにかけ直さない。本当はすぐにかけ直したいけれど、ぐっとブレーキをかける。急いで会社に出勤して、慌ただしく仕事をこなしてゆく。時折、iPhoneに着信があったので、電源を切っていた。お灸を据えたつもりだった。

 部屋に帰ると、明かりはしずかに死んでいた。どうせまた飲みに行ったんでしょ、とため息をつく。キッチンに黄色い向日葵みたいなオムライスと置き手紙。Kの得意料理のオムライスが私は大好きだった。半熟卵がとろとろで優しい味で、半人前のKらしかったからかもしれない。

(今までありがとう、さようなら)

 Kの下手くそな文字が滲んでいる。一瞬、手が地震を起こした。今年こそ独身を卒業したかったのにーーー次の日も、また次の日も、またまた次の日も、Kが扉を開けることはなかった。真っ暗なメリーゴーランドの終着駅。そして滑走路。あなたがわたし、から離陸する。重い鉛の飛行機はとうとう重力から解き放たれて、雲の上に出てゆく。おおきな夢を乗せて、私から離れてゆくのだ。そしていつか誰か別のひとの記憶に着陸するのだろう。

 私は真っ暗なつめたい部屋にぺたん、と座り込んで、泣きながらユーミンの「卒業写真」を口ずさんだ。 

『卒業おめでとう、K』


photo:見出し画像(みんなのフォトギャラリーより、Wさん)
photo2:Unsplash
design:未来の味蕾
word&story:未来の味蕾

#シロクマ文芸部
#十二月

この記事が参加している募集

スキしてみて

眠れない夜に

サポートを頂けたら、創作、表現活動などの活動資金にしたいです。いつか詩集も出せたらいいなと思います。ありがとうございます!頑張ります!