アスペ先輩、仕事辞めるってよ #4話

第4話 先輩は飛び石のような会話が好き

※この小説は実話です。


入社して1ヶ月ほど経った。まだまだ覚えることは多い。ただし人間関係は少しずつできてきて、たいていの人とは気兼ねなくおしゃべりができるようになった。カラサワ先輩を除いては…。

僕は技術営業なので、お客さんからの相談を聞いて「その仕様はできる(できない)」とか「できるけど技術的にこんな制限がある」といったことを回答していく。お客さんはそれを聞いて「じゃあここの仕様をもっと優しくすれば制限は緩くなりますか?」と聞いてくるので、僕は「そうです。その制限が緩くなるとさらにここがこうなるので、一旦はこの内容で進めるのはどうでしょうか?」とお互いにwin-winになる落としドコロを提示する。この落としドコロを提示するためには、設計者から詳しく話を聞いて、技術的に問題ないか確認する必要があるのだ。設計の責任者は、カラサワ先輩だ。

その日、お客さんからDC48Vの対応できますかと質問された。一旦確認して折返し連絡しますと僕は伝えた。確認しようと過去の図面を漁ったがDC48Vに対応した履歴が見当たらない。DC24Vはたくさん出てくる。「もしかして対応できないのかな?あるいは48Vは珍しいのだろうか?」と思い、カラサワ先輩に聞いてみることにした。

「カラサワ先輩、いま少しいいですか?」
「なんや」
相変わらずぶっきらぼうだ。

「うちの製品はDC48Vに対応してますでしょうか?履歴を探したのですが、そういった図面が見当たらなくてですね…」
「探し方が悪い」
「え?!去年の図面すべて確認したんですけど…」
カラサワ先輩はPCの画面を見ながら答えた。
「厚みやな」
「え?厚み?」(何の厚みだ??)
「厚みを変えなあかん」
「なんの厚みですか?」
「絶縁」
「ということは、対応できるんですね?」
「知らん」

知らんってなんなんだ…あなたが先に言い出したんじゃないか…。僕はイライラを我慢して聞いた。
「絶縁物の厚みを変えると対応できる、ということでしょうか?」
「そういうこともある」
カラサワ先輩はPCの画面を見たままだ。なかなか結論を言わない。
「じゃあ、DC48Vは特注対応ということですね?」
「ケーブルかな」
「今度はケーブルですか?ケーブルをどうすればいいんでしょう?」

話が飛びすぎてだんだん意味がわからなくなってきた。まるで飛び石である。電圧の話をしてたら急に何かの厚みの話になり、今度はケーブルの工夫の話だ。カラサワ先輩が飛び石をジャンプして、僕が石と石の間を舗装して道を作るようなイメージである。飛び石をぴょんぴょん飛び回る方は自由気ままで楽しいかもしれないが、飛び回った跡を舗装する側はたまらない。僕はくたびれてしまった。

僕は「はいはい、あーそうなんですね、わかりました。ありがとうございます」と言ってカラサワ先輩との会話を切り上げて、湯浅さんを探した。湯浅さんはよく一人になってサボっている。嫌がる湯浅さんを捕まえて、同じ質問をするとすぐに答えがわかった。

「DC48V?対応してるよ。別に特注にしなくていいし」

なんてシンプルな回答なんだ!
カラサワ先輩との目的語がない会話に苦しめられたあの時間は何だったんだ!

僕はお礼を告げて席に戻った。


昼休みが終わるなり、カラサワ先輩がズカズカとこちらに向かってきた。体が大きいので怖い。
「ミトくん、オレに聞いた質問、湯浅くんにもしたやろ?」
「はい…(バレた)」
「それやめや。気悪いわ」

同じ質問を湯浅さんに聞いたことに腹を立てたみたいだ。確かに、気分が悪いだろう。これは僕が悪い。「あなたの回答がわからなかったので他の人に聞いたんですよ」とはさすがに言えないので、わかりましたすいませんでしたと謝った。でも、いつか、「あんたの説明がわかりにくかったからや」と言ってやりたいな〜…とも思うのであった。

つづく

(カラサワ先輩が仕事を辞めるまであと1年)

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