LSD《リリーサイド・ディメンション》第13話「百合世界《リリーワールド》と薔薇世界《ローズワールド》の関係について」

  *

 オレがアスターと東の森――イーストウッドで訓練をして、しばらくしたころ……オレは「漆黒《しっこく》の君《きみ》」と呼ばれるようになった。

 理由は「例の温泉事件」での出来事が原因だ。

 いちいち説明するまでもないが、オレは「特別扱い」を撤廃した。

 それが理由かフランクに話しかけてくるふたりの女の子から話しかけられるようになった。

 ミチルド・ハイルートとケイ・ホークナンである。

 彼女たちはふたりで(順番に)「タチ」と「ネコ」の関係だ。

 つまり、百合《ゆり》カップルである。

 だからオレのハーレムに所属することは一生ないだろうが、そのほうが気兼ねなく話せる……のかもしれない、お互いにね。

 彼女たちがオレに話しかけたきっかけは、オレが「例の温泉事件」のあと(マリアンから強制的に圧をかけられ)女装するようになってしまったからである。

 そのあとにオレの所属したクラスに昔からいたのが彼女たちだった。

 今、目の前にいるふたり曰く――。

「――ミチルドが思うに、昔のチハヤは近寄りがたかったっていうか、神さまだったじゃん」

「そうだよ。『チハヤさま』なんてマリアン女王さまに言われてさ、神託《しんたく》の間《ま》に予言された未来の勇者さまだなんて……そんな存在がケイたちのクラスにいるなんて普通ありえないじゃん」

「そうなのか。まあ、そうだよな。オレの格好も騎士学院の人たちには不思議に思えただろうし……」

「ミチルド的には、あの格好はよくないよ」

「ケイもそう思う。あの格好は、この世界の人間らしくないよ。今の格好のほうが素敵。『漆黒《しっこく》の君《きみ》』と呼ばれるだけの美貌を持っている」

「ちょっとケイ、チハヤに『衣替え』しないでよね。ミチルドとケイはふたりでひとつなんだから」

「大丈夫だよ、ミチルド。所詮『お世辞』だから」

「あの……オレの前でイチャイチャしないでくれますかね……」

「ホントですわ。わたくしの『タチ』になればイチャイチャできるというのにイチャイチャしないなんて……愚かな主、『愚《ぐ》主《しゅ》』ですわ」

「マリアン、ナチュラルにスッと現れるのやめてくれませんかね……温泉の件といい、今回といい……」

「なにを言っていますの。わたくしはあなたの後ろにスッと現れるのが得意なだけですわ」

「それ、ストーカーの発言だよ……」

「はーい、授業を始めるよ。みんなのスカーレット・バックスミス先生だよー。今から二千年前、百合世界《リリーワールド》がどうやってできたのか復習しようじゃありませんか。そこのイチャイチャしている四人、私語は慎むように」

  *

 この世界には、ふたつの世界があります。

 光の世界――百合世界《リリーワールド》。

 闇の世界――薔薇世界《ローズワールド》。

 元々ふたつの世界は、光と闇を内包したひとつの世界でしたが、闇の力が強大になってしまったため、光の世界の神たちは世界をふたつに分けました。

 その、世界をふたつに分けた神さまがリリアさまなのです。

 リリアさまは、この世界に指輪の形をした心器《しんき》――五光《ごこう》の指輪《ゆびわ》を、地《アース》・水《ウォーター》・火《ファイア》・風《エア》・空《エーテル》の属性に分割し、それぞれの属性に対応した五人のエルフに託しました。

 五光《ごこう》の指輪《ゆびわ》を託されたエルフは対応した心器《しんき》を覚醒させ、この百合世界《リリーワールド》を守り続けると誓ったのです。

 その年、XX《ダブルエックス》年から二千年の時が流れました。

 五人のエルフは、どこかへ消えてしまい、薔薇世界《ローズワールド》の百合世界《リリーワールド》に対する侵略が進もうとしている現在、五光《ごこう》の指輪《ゆびわ》を再び覚醒させる必要が出てきました。

 神託《しんたく》の間《ま》の予言通り、リリアさまに変わる新たな主――チハヤ・ロード・リリーロードさまが世界を変革させる存在になるのかという状況が、この世界の今なのです――。

 ――今の説明はオレが授業内容を要約した内容だ。ざっくり、こんな感じだったと思う。この神話的な物語は最近アップデートされたのか。だから復習が必要だった、というわけだな。

「――百合世界《リリーワールド》の神話について説明しましたが……どうでしょうか、ユリミチ・チハヤさん……あなたには、この世界を救う覚悟がおありですか?」

「もちろん。オレは最善を尽くします。そう心に決めている。だからオレは、この世界を救う後宮王《ハーレムキング》になるために、この世界に来たのだから」

「よろしいです。ならば、この世界……ぜひ救っていただきたい。授業は以上です。これより訓練に入ります……皆さま、席をお立ちください」

 それから、オレたちは訓練に訓練を重ね訓練をした。

 雨の日も風の日も休まずに訓練した。

 オレのステータスはMAXレベルだけど、この世界での空想力《エーテルフォース》の制御がうまくいかない。

 まだまだ鍛錬が足りないってわけだ。

 何度だって訓練をしてみせる。

 最強の騎士に、最強の勇者になるんだ。

 オレはアスターを連れて魔物退治にいそしむ。

 アスターのレベルは順番に九十、九十一、九十二、九十三、九十四、九十五、九十六、九十七、九十八まで上がった。

 MAXレベル九十九まで、もう少しだ――。

「――チハヤ!! アスターが……アスターが! …………倒れましたの」

  *

 騎士学院に所属する四分の一の女の子たちがめまいで倒れたのだ。

 いや、正確にはめまいではない――……のちに重大な事実が明らかになる。

「おそらく、これは二千年前の再現……『風帝《ふうてい》』が出現したと、わたくし、マリアンは感じます」

「風帝《ふうてい》って、あの四帝《してい》の一体の?」

「ええ、風を自在に操る、あの風帝《ふうてい》ですわ。だから風《かぜ》の民《たみ》のアスターたちは倒れたに違いありませんわ」

 マリアンは昔の伝説を教えてくれた。

「帝《みかど》が侵略を始めるとき、同じ属性の民は影響を受けてしまう。風帝《ふうてい》は風を自在に操る。風《かぜ》の民《たみ》は空気中に含まれる風素《エア》を利用して生命力やエネルギーに変換しますの。つまり、風素《エア》に意図的に悪意のある異常が発現することで風《かぜ》の民《たみ》は自身を保てなくなる」

「その風《かぜ》の民《たみ》ってのはなんだ?」

「風《かぜ》の民《たみ》はエンプレシアの……ここ、中央都市であるセントラルシティから東の方角にある森――イーストウッドと呼ばれる地域で出生した者が得る属性が由来ですの。東の方角は風を司る……わたくしたちは自動的に、いつの間にか誕生してしまう。そういう人間の集まりですのよ」

 NPCが誕生するのは、そういうシステムのせいなのかもな……ますますゲーム的。

「チハヤには説明していなかったですわね。いや、この世界について勉強していらっしゃるから理解はしているかもしれませんが……あえて、改めて説明しますわね」

 マリアンは「こほん」と咳払いをし。

「東の方角の地域――イーストウッド……風を司る民が誕生しますわ。

 西の方角の地域――ウエストレイク……水を司る民が誕生しますわ。

 南の方角の地域――サウスキャニオン……火を司る民が誕生しますわ。

 北の方角の地域――ノースマウンテン……地を司る民が誕生しますわ。

 中央の首都――セントラルシティ……めったにありえませんけど、空を司る民が誕生しますわ。要するにチハヤのことですわね」

「へえ、なるほど……ちなみにマリアンたちは?」

「わたくしは地《ち》の民《たみ》ですわ。メロディは火《ひ》の民《たみ》、ユーカリは水《みず》の民《たみ》……ですわね」

「ふーん……マリアンは空《そら》の民《たみ》じゃないのか」

「わたくしは主《ロード》を支える存在。『天と地』って言うくらいですからね」

 なんか納得した……よくわからんけど。

「まあ、理解は……できたな。マリアン、ありがとう」

「あなたは神託《しんたく》の間《ま》に示された勇気ある者……わたくしはできる限り、あなたを助けます。なんなりと命令してください」

「わかった。これは、この国を背負う初めての戦いとなる。オレに、この世界に存在する、あらゆるデータをくれ……いや、ください。どんな手を使っても後宮王《ハーレムキング》になるために――」

 ――オレはベッドで寝ているアスターに「ある呪文」をかけた。

 そのあとに「ある箱」をプレゼントした。

「今、唱えた呪文は効果があるかどうかはわからない。だけど唱えないよりはマシだと思いたい。……これは、もしもの時があった場合を予想してのことだ。アスター……今は戦闘に参加できないかもしれないが、少しでも……少しだけでも体調が改善したら……この国を守ってくれ」

 オレは「ある箱」にメッセージを添付して、部屋を出た。

 この国を救う最初の戦いが始まる。

 それと……アスターには、まだ秘密があった。

「アスターは、どちらにせよ休みが必要だったのかもしれませんわ」

「どういう意味なんだ……マリアン」

「わたくしは、今までのアスターを見てきましたわ。わたくしが生まれる一年前、アスターは病弱な体で生まれてきたのですわ。ですが、アスターは努力しましたわ。エンプレシア最強の騎士として。それはアスターが神託者《オラクルネーマー》という選ばれた存在だったからではありませんわ。彼女は多忙な訓練、魔物退治を積み重ねたからこそ、レベル九十までアップできたのですわ。それからチハヤとの訓練でレベル九十八までアップして……本当に努力してきたのですわ。病弱な体は今も変わらないはずですわ。病弱でなければ騎士学院でも飛び級できたはずですのに」

『いいえ。私は……不出来なので』

 ――図書館でオレがアスターに飛び級のことを聞いたとき、アスターは不出来だと言った。

 それは頭が悪いってことではなく、病弱な体だったからというわけか。

 ちょっと失礼なことを思ってしまった……すごくわびさせていただきます。

「わたくしたちは二十の年齢になってしまうと、この世界からいなくなる……死んでしまうのですわ。アスターは今年で十八……あと二年しかないのですわ。すべては薔薇世界《ローズワールド》の魔物が百合世界《リリーワールド》に侵攻してくるからですわ。百合世界《リリーワールド》の人間は邪気に弱いのですわ。だからこそ『四帝《してい》』を倒さなければいけないのです……わ」

「つまり……今しかチャンスがないってわけか。わかった。早急に対処しよう」

「わたくしたちはチハヤに付いて行きます。それは心器《しんき》を持つ神託者《オラクルネーマー》だからではなく、この世界を救うために……わたくしは世界を知りませんわ。ノースマウンテンで生まれたわたくしは『出生《しゅっしょう》時《じ》転送《てんそう》機能《きのう》』で、すぐに中央都市――セントラルシティに転送されましたわ。そして先代である女王たちが名乗った、マリアン・エンプレシアの名を引き継ぎ、神託名《オラクルネーム》――恩寵《グレース》を受け取りましたわ。わたくしは先代までの罪を解決しなければならないのですわ。それに、エルフのような亜人《あじん》たちが断罪《だんざい》の壁《かべ》の向こう側へ追放された理由は、わたくしたちの先祖が、この世界の伝説を信じ切れなかったせいでもありますわ」

 城の上から民衆を見渡せるベランダのような場所で、オレたち四人は民衆に向かい、話をする。

「かつての女王の罪……それはヒューマンしかセントラルシティに入れない法律をつくったことです。エルフを含む亜人《あじん》を追放したようなもの……わたくしたちは本来、同じ人間であるにもかかわらずに、そんな法律を作ってしまったのです。その法律――亜人類追放令《あじんるいついほうれい》は撤廃しなければいけないのです……わ」

「撤廃しよう。ただし、その罪を忘れるなよ」

「ええ、忘れませんわ。そして、エルフのような亜人《あじん》たちにも亜人類追放令《あじんるいついほうれい》によって築き上げた『断罪《だんざい》の壁《かべ》』の門をくぐれるようにします。そうでもしなければ、わたくしは……一生、後悔します。ずっと、あの『断罪《だんざい》の壁《かべ》』を越えることができなかった未熟なわたくしを恨むはずです」

「そっか、そうだよな……強くなりたいよな」

 オレは民衆に向かって。

「皆々様《みなみなさま》、オレたち神託者《オラクルネーマー》は、この百合世界《リリーワールド》を救うため、『四帝《してい》』の一体……『風帝《ふうてい》』をブッ倒そうと思います。この箱庭の世界を解放するためにオレは東の森を越えて、エルフ等デミ・ヒューマンが暮らすイーストウッドへ向かいます。だから、もしもの時のために、このセントラルシティを守ってくれ。美しい騎士たちよ。共に戦い、共に守り、共に救おうぜ」

 オレは道を示す。

「オレは、この世界の部外者だ。百合百合しいこの世界を滅ぼす間男に過ぎない。だが、オレは百合を殺す存在にはならない。なにもしない。なぜなら、オレは百合の道を歩む独り者だからだ。百合百合しい、この世界を守って救う世界最強の間男、後宮王《ハーレムキング》になるために、オレは……オレたちは百合暦《ゆりれき》二〇XXにせんダブルエックス年五月五日を、この世界を救う始まりの日として行動を開始する!!」

 オレ、マリアン、メロディ、ユーカリはイーストウッドへと歩み始めるのであった。

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