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路上ものがたり

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路上で撮った写真から物語を考えます。
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玄関ツイート

※「路上ものがたり」シリーズ。路上で撮った写真から物語を考えます。 SNSではいつも大人しいあの子も、家の玄関の扉で行う短文投稿で思ったことをそのまま発信する姿で印象が変わってしまうことがある。 イエロー1色のアイコンで、その日に食べたおやつや好きな映画やドラマの話、道で見かけた猫のことをSNSに投稿する彼女。おやつは上げるが食事は滅多にあげない、好きな映画やドラマの話はするがおもしろくなかったものや物議を醸した作品の話はしない、猫は遠くに写したものか横向き、寝ている姿の

ある日。

ある日、私は自宅の家の壁に針金で縛りつけられていた。 そこから毎日、家の前で遊ぶ子供の姿、買い物へ出かける妻の姿、そして、何の用があるのか、朝だったり夕方だったり、家を出入りしている自分の姿を眺めていた。 こういうことがあった。 子供がチョークで地面に絵を描いているとき、近所の少年たちがやってきて何を描いているのかと尋ねた。 「父ちゃん」 そう答えた子供は、立ち上がると、地面に描いた横たわる白い棒人間の絵を少年たちに見せた。私もそれを見た。 少年たちが、お前の父ち

ソーシャルディスタンス配達

彼は配達員だった。勤続3年目の社員だ。名前は後藤という。 ピンポーン...... 10秒...... ピンポーン...... 5秒......7秒......いないのかな...... 「ちょっとお兄さん!郵便屋さん!」 振り向くと、数メートル先、開いたエントランスの自動ドアの向こうで花柄のマスクをした女性が彼に向かって「ダメダメ」と手を振っていた。 「ここの住人はね、みんな荷物は受け取らないから。置き配でいいの!ソーシャルディスタンス!」 彼が返事をする間

透明人間はいる!

「じゃ、じゃあ、これはどうでしょうか」 テーブルに並べられた写真はもう10枚目になっていた。どれもこれも、いじるにしてもインパクトが薄すぎて編集に手間がかかりそうな代物ばかりだ。 「これは、何が写っているんですか」  スタッフの白井君は席を外してからもう15分戻ってこない。 「ここ見てください、靴だけ写ってるでしょ。透明人間です。もしくは透明マント。靴が見えてしまってるんですよね。裸足じゃ歩きにくいですから、靴だけ履いてる透明人間なんじゃないかというのが僕の説です

再会

夜勤の長い一晩が明けて、駅までの道を歩いているといつもの派手なゴミ捨て場に見覚えのあるぬいぐるみが居た。 たぬきのぬいぐるみ。 そうそう、どこにでも売っているものではないはずだ。彼に間違いなかった。 ぽんすけ。 僕が4歳の時、そのぬいぐるみは叔父の彼女がプレゼントしてくれたものだった。 僕はその人とは二回だけ会ったことがあって、ぬいぐるみを貰ったのは最初に会った時だった。 叔父が遊園地のストラックアウトで高得点を出して手に入れた景品だった。それを彼女へプレゼントし

幸子とはっちゃん

二人は今朝から、妙に口数が多かった。 「今日もいい天気だねぇ。雨降ると錆びちゃうからありがたいわぁ!」 「錆びるくらい何よ、向かいの看板見てご覧なさいよ割れちゃって中が丸見え、グロテスクよ。私たちって恵まれてるのよ」 「ねぇ今日何曜日だっけ」 「ねぇチー坊、どうしたのよそんなに暗くなっちゃって」 幸子とはっちゃんは、生まれてこのかた15年、いっときも離れることなくずっと一緒に居た仲間である。私たちは、3人1組のバックコーラスとしてカラオケ りっちゃんのお客さんたちを盛り上げ

透明の住宅地

知っている人は少ないが、この街には透明の住宅地がある。 雑居ビルに挟まれた雑草も生えてこない、砂利だらけの地面の硬い空き地。ここには透明の住宅と、そこに暮らす人たちがいる。 ある夏の日、私が暑さに朦朧となりながらその街を歩いていると、道に横たわる人に行き合った。酒を飲んで伸びているようであった。通り過ぎるのには嫌な感じがした。声をかけようか迷っているうちにその人は起き上がり、私に気がつかないような素振りで、例の空き地へ入っていった。そして、その人の姿は消えてしまった。

スーパーモグラ登場

給湯室に置いてあったお土産の草加せんべいを見て、 「誰のお土産ですか煎餅って......渋いな。人に貰って要らないから持ってきたんじゃないですかね(笑)」 と、軽い気持ちで言ってしまったが、あれは白田さんのお土産だったらしい。 そう言われた白田さんの顔は青ざめていたし、あとで人に聞いたところ白田さんは無類の草加せんべいマニアで、なんと深夜番組にも「365日草加せんべいを食べる女」として出演したことがあるらしい。 話すきっかけを探しただけだったのに、とんでもない地雷を踏んで

待ち合わせの相手

ネットで最近、やりとりしている人がいる。 ハンドルネームは「も」さん。以前、女性限定のトークイベントに参加した時に同じ会場にいた人で、共通の趣味は酒場巡り。留学生だそうなので、おそらく同世代。行動範囲も似ているので、今度日の出町で一緒に飲みましょうということになった。 当日を迎え待ち合わせ場所に着いたが、「も」さんはまだ来ていないようであった。 五分過ぎた。 DMを見るとメッセージが来ている。 「もう着いてます!黒いコートですか?」 「そうです!もさんどこいらっし

都庁職員はつらいよ

※この内容は完全にフィクションです。 これで135箇所目だ。 都庁職員となって2年目の私は、今年から都内の違法広告殲滅事業のメンバーに加えられた。繁華街を中心に、電柱や使用されていないシャッターに無断で貼られる広告に対し警告を行うのが私の現在の主な仕事だ。 特に多いのは電柱だが、ガードレールや街路樹も次いでその被害に遭うことが多い。求人広告、不動産広告、迷い猫の捜索、手袋や家の鍵など落とし物がビニールに入れられて直接貼られ「落とし物、お心当たりの方お持ちください」な

「前」と「し」を集める女

角の八百屋には娘がいる。彼女は木曜日と金曜日だけ店に立つ。顔立ちがよく愛想もいい文字通りの看板娘だ。 しかし、私は必ず木曜日と金曜日を避けて野菜を買うようにしている。私には彼女の習慣がどうしても苦手なのだ。その習慣のことを思うと、まるで常人然として「今日はブロッコリーが安い」だの「八つ頭が入っている」などと野菜を勧めてくる彼女の姿が異様に思え、いや、それだけではなく野菜を買っている主婦たち、ひいてはこの街の住人全てが異様に思え、たかが野菜を買うのに余計な脂汗をかく羽目になる

野良サラリーマンを逃した

野良サラリーマンを逃してしまった。彼を見つけたのは昨晩だ。コンビニの前で横になっていたところを通りがかりのおじさんにいじめられていたので助けたのだ。おじさんはこちらが傘を振り上げると走って逃げていってしまった。 「もうつかまるんじゃないよ。ここは危ないからあっちへ行くんだよ」  どうやら彼はこちらの言葉がわかるようで名刺入れから自分の名刺を渡してきた。でも私が受け取る前に引っ込めて気まずそうにした。野良だから、いろいろあるだろうと察してそのときは何も聞かなかった。そのまま