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【短編】『尾行族』(完結編)

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尾行族(完結編)


「間宮くん、左利きだったっけ?」

「あ、いえ。席が狭いので滝本さんに肘が当たらないようにと」

「そうかそうか」

間宮くんは気の利く人だと思いながら、今し方自分のしたその質問が妙に頭に引っかかった。そういえばあの夜、犯人の男は崖の上で社長の胸ぐらを掴もうとした際に左手を先に出したのだ。その瞬間、僕の思考は急速に回転し始め、暗闇に隠れていた犯人の姿をありありと頭の中で具現化させた。その顔は、白石という男の顔だった。その答えに辿り着いたのも、間宮くんが話したとある物件で起こった家族内殺人事件が、偶然にも社長の死と重なったためだった。つまりは、社長が反感を買っていたのは社外からなどではなく、社長と極めて長い時間を共にし社長の本性を目の当たりにしてきた社内の人間からであったのだ。そして、白石の小柄な体格や左利きという特徴、そして普段何を考えているのかわからないといった異質性が、彼を犯人と決定する判断材料となった。僕は間宮に感謝しなければいけなった。彼のおかげで僕の捜査は大きく前進したのだ。

「間宮くん、ありがとう」

「何がですか?」

「何もかもだ」

「いいえ、大したことないですよ」

と間宮はあたかも自分がいつも相談に乗っていることを感謝されたと勘違いをしたばかりにはにかみを見せた。それからのこと、僕は白石一人に狙いを定めて四六時中彼の観察を試みた。時に阿久津さんから進捗を聞かれることもあったが、あえて白石のことは伏せてもう少しで手がかりを掴めそうだと曖昧に答えた。白石は普段通り、何を考えているのかわからないといった表情で仕事をしていた。あるいは仕事をしているフリをしていた。昼食の時間になると、彼はいつものようにスローなペースで歩いては途中でどこかの電柱の側で立ち止まり携帯電話を眺めた。

 僕が白石の変わった日常生活の中にとある一貫性を見出したのは、一日の長い退屈な勤務を終えてからのことだった。白石が荷物をまとめるなり、僕も彼に気づかれぬようこっそりと会社を出る支度をした。その日は妙に仕事を上がる時間が早かったため、何かが起きそうだと僕の勘が働いたのだ。外勤でほとんどの人が会社にいないことをいいことに、僕は白石を尾行することにした。駅までの道中、等間隔で立った電柱の影に身を潜めながら、白石も同じく自分の身を潜めて携帯電話をいじっていた。彼はすぐさま顔を上げて、数メートル先の電柱まで慎重に足を進めた。そして僕もゆっくりと足を進めると、白石の前方に阿久津さんの姿が映ったのだ。阿久津さんはベージュの通勤バッグを肩にかけ、グレーのスカートを揺らしながら薄いグリーンのハイヒールでカツカツ音を立てて歩いていた。彼女は後ろを見る素振りすら見せずまっすぐと駅の方向へと向かっていたため、白石の存在には気づいていない様子だった。僕はここぞとばかりに白石が阿久津さんを追う姿をこっそりとカメラで押さえた。これは白石が阿久津さんに対してストーカー行為を行なっているれっきとした証拠になることは間違いなかった。そしてこの事実は自ずと僕の頭の中で彼を社長殺害の犯人として結びつけるに至った。白石という人物はつくづく心の読めない人であったが、ここに来て彼の本性が顕になったのだ。というのも、実は彼はひどく阿久津さんに惚れ込んでおり、阿久津さんの行く先々で姿を現したのだ。彼は遠くからじっと阿久津さんのことを見つめては、何かを企んでいる様子だった。しかしいつもならば阿久津さんの隣には社長の姿があった。そこから分かることは、阿久津さんを愛人のように扱っていた社長を白石はひどく妬んでいたということだった。社外でも一目置かれた存在の社長が殺される要因として、社内からの個人的な恨みがあったとするならば自ずと辻褄が合った。もう少し決定的な証拠が得られるまでは、警察にも阿久津さん自身にもこのことを伏せておこうと僕は思った。

 翌日も、早く仕事から上がる白石を追いかけて僕も会社を出た。しかし、今回ばかりは白石の歩く先に阿久津さんの姿はなかった。ただの早退であったかと、まんまと騙されたことに腹立たしさを覚えながらも、一旦会社を出てしまったために特にすることがなくなってしまい、仕方なく白石の尾行を続けることにした。すると白石はとあるカフェの中へと消えていった。僕はすぐにカフェの中を外から眺められる場所まで移動してカメラを構えた。白石は中に入るや否や特定の席に座り込むと、その向かい側には阿久津さんの姿があった。僕は動揺せずにはいられなかった。阿久津さんはなぜ白石と共にカフェにいるのだろうか。いつの間に会社を抜け出していたのか。しかし、彼女の表情を見るからに、そこには暗く悲しみにうちひしがれた目が呆然とテーブルを見つめていた。僕はなんとなく事態を把握した。しばらく遠くからガラス越しに映る二人の様子をうかがっていると、思った通り白石は椅子から立ち上がり、阿久津さんに向かって怒鳴り始めた。彼らの話の内容を聞き取ることはできなかったものの、おおよそ阿久津さんが自分に振り向いてくれないことに白石がやきもちを焼いているといったところだろうと僕は推測した。僕はすかさずカメラのシャッターを切った。ここまで押さえれば、あとは本人の聞き苦しいであろう会話の内容を録音すれば、証拠としては十分だった。しかし、それには盗聴器が必要になるため今日のところはこれくらいにして一目散に退散した。一晩中どのように会話を盗聴しようかと思案した挙句、ペン型の小型盗聴器を白石のカバンにでも入れようと盗聴器の購入まで至ったものの、その計画はまんまと失敗に終わった。翌日を境に、白石と阿久津さんは会社を休むようになったのだ。白石は、ストーカーやセクハラ行為が彼女にバレたことが原因で会社に来なくなったのだろうか。阿久津さんの方は、白石のせいで心を病んでしまい会社に来れなくなってしまったのだろうかなどと、あれこれ推論を立てていた時のことだった。突然目の前に河本が現れ、いつもの険しい目つきで僕のデスクに新聞紙をぽんと置くと自分のデスクの方へと去っていった。僕は彼の行動に怪しさを感じながらも、置かれた新聞紙に一度目を通した。見出しにはこう書かれていた。

《某不動産会社、度重なる悲劇。社長の死に続き、セクハラ受けたトランス男性の正当防衛により加害男性死亡》

その記事の隣には、なんとあの白石の顔写真が載っていた。僕はデスクから顔を上げてすっかり空になった阿久津さんのデスクの方を見やってから再び推測に耽った。

 月日が経ち、遂には合併に踏み切った日の丸地所は新たな社長を迎えるために準備を進めていた。僕は新社屋の高層ビルに出向いて、今まで取り扱ってきた案件の資料を一通り自分の新たなデスクに整理整頓した。すると、どこからか新社長が現れ、だだっ広い開放的なオフィスの中央に立ち止まって語り始めた。

「こんにちは。本日より日の丸地所との合併に際して新たに社長に就任しました戸高と申します。今は亡き旧日の丸地所の社長は互いに切磋琢磨し合ったライバルでもあり、私の一番尊敬する友でもありました。今後は彼の意志を私が引き継いで精一杯会社の成長に尽力していこうと思います。どうぞ宜しくお願いします。では皆さん、本日も精一杯業務に励みましょう!」

という言葉とともにスピーチが終了すると、社長はすぐ隣にいる女性秘書に何かを話し始めた。女性秘書は阿久津さんとはまた違った魅力の持ち主だった。在籍年数が浅く不慣れなせいか初々しさを感じた。服の着こなし方もどことなく新入社員といった様相で、むしろそれが可愛らしかった。自然とこれからの新しい会社生活に期待が持てた。すると社長は話を終え、秘書の目を見て愛想を良くするかの如く一瞬ニヤリと笑みを浮かべた。


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