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ある町の、ある恋人たちの恋の終わり

ある町の、ある恋人たちの恋の終わり

叶わない夢、癒えない傷、戻れない過去、消えない記憶。そういったものが年齢を重ねるほどに増えていった。始まりがあるものには、いつか終わりが来るということを分かっていても、ぼくらは始めずにはいられなかった。

夢のような時間を過ごして、現実を突きつけられて「これが夢ならいいのに」と願っても、時間は止められないし巻き戻ってもくれない。小さな選択を繰り返していくうちに、いつの間にか遠くに来てしまっていて、

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アマレットソーダ

アマレットソーダ

 一人でいることの良さを僕は知っている。誰にも邪魔をされずに、好きなことを好きなようにできる。最近は、バーで酒を飲むことを覚えた。今日も若いマスターは、爽やかな笑顔を見せながら僕に言う。

「アマレットのソーダ割り?」
「はい。それとミックスナッツもお願いします」

 先に出てきたミックスナッツの中からピーナッツを一つ手に取り口に運んで、カラカラとお酒を作るマスターの手元を眺める。氷の音と流れるよ

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春、きみを思い出す

春、きみを思い出す

「桜でも見にいこうよ、カメラでも持ってさ」
 寝起きの人に対する第一声がそれ? と心の中で思いつつ「んん〜」と、片目でスマホをいじりながら『はい・いいえ』のどちらとも言えない返事をする。そんなぼくをきみは、ただ黙ってじっと見つめ続けた。無言の圧力に負けたぼくは、のそのそと起き上がって洗面所へ向かう。適当に着替えて、寝癖は面倒だから帽子で隠した。
「じゃあ、行こうか」

 色違いのケースに身を包んだ

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けれど恋は、ゆっくりと、そして自分でも気づかないうちにぼくの心を侵略していった。

けれど恋は、ゆっくりと、そして自分でも気づかないうちにぼくの心を侵略していった。

念願だった。いまこうして、きみの隣にいることが。はじめてきみを見たとき、きみみたいな人と恋に落ちれたらいいなと思った。同時に、ほんとうにきみと恋に落ちるなんてありもしないことだとも思った。けれど恋は、ゆっくりと、そして自分でも気づかないうちにぼくの心を侵略していった。

何でもない大衆居酒屋の二人がけテーブル席に座る。一週間前から約束をしていたはずなのに、いま目の前にきみがいることが信じられない。

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さよならビターチョコレート

さよならビターチョコレート

仕事終わり、閉店間際の百貨店へ足早に向かう。毎年この季節になると、バレンタインフェアの催事が行われる。店内は、過剰なくらいに暖房が効いていて、チョコレートが溶けてしまうんじゃないかと心配になる。人気のチョコレートはすでに売り切れていたけれど、一つだけ4個入りの小さなチョコレートボックスがこちらを見ていた。

「これ、ください」

店員さんの「ありがとうございました」に「ありがとうございました」で返

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