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ボツネタ御曝台【エピタフ】混沌こそがアタイラの墓碑銘なんで#027



元歌 ano「ちゅ、多様性。」

そして
Get get get on!  Get get get on! Get on chu!
Get get get on! Get get get get on chu!
熱く とろけるくらいに溢れた 気持ちが
たまらないでしょ


夜に
足つった! 足つった! 寝てたら!
足つって! 痛すぎ~ちゃって!
起きて トイレに行ったらチビってた うっすら
パンツ替えよう





玄関ドアを開けると、和服の女が物凄い形相で立っていました

うわぁーーーー!!!!!

女はアタイを押し倒し、首を絞めてきました

「何で、何で〈ぬか床〉があるんだー!」

ウググググ……

だんだん意識が遠のいていきましたが……

……我に返ったアタイは、女の腹を両足で思いっきり蹴り上げました

ち、違う! 違うんだって!

それでも女は、アタイの足につかみかかると、土踏まずにかぶりつきました

痛い痛い痛い痛い!!!!

痛~い!

た、助けて…………

……

……



……なんだ、夢か……

……

うわっ! 足つった!

痛い痛い痛い痛い!!!!

せ、先輩! 助けて!

先輩も一緒に爪先、引っ張って!

逆! 逆! そっち側から引っ張らないで!

押して! 押して!

ひっ、引っ張りたいんだったら、こっち側に来て! こっち!

……

……

もうイイです……おさまりました……

ふー、ふー、ふー

……

寝ている間に足がつるなんて、初めてでした

長い間、事務所のソファで寝ていたのに、急にこんな快適なベッドで横になったので、きっと体がビックリしてしまったのでしょう

そして、和服の女に襲われる夢を見たのも、いまだ心のどこかに、わだかまりのようなものが残っているからなのでしょうか

たとえ双子の妹だとしても、兄のところに〈ぬか床〉を持った女二人が押しかけてきたら、そりゃあ面白くないでしょうから……



翌朝、アタイラは朝食を食べながら、昨晩の話の続きを聴くことになりました

正直にいうと、昨夜は、説明された内容が理解できず、途中で頭が爆発してしまったのです

要するに、アタイラの脳の許容量を超えてしまった、ということです

……

なんだよ、米ねえのかよ、さすが男の一人暮らしだな

……

冷蔵庫に納豆パックがあったので、アタイラはそれを食パンに挟んで食べることにしました

……

なーんか、納豆臭いし歯ごたえもねえなあ~

要するに不味いっすね

……

「どこまで話したっけ?」

漁師の双子の話、なぜ漁師は殺しても死なないくらい強いのか? ってことじゃなかったっけ? ね、先輩

「ああ、そうそう、思い出した」

「量子双子は、その生命活動を停止すると同時に二つの遺体として一か所に出現するんだけど、それと同時に平凡な一般人に憑依するような形で入れ替わる、要するに新しい肉体をランダムに獲得するんだ」

ふ~ん

先輩、この納豆サンド、やっぱ、歯ごたえが足りないっすね

〈たくあん〉とか挟んでみます?

……

「何の不自由もなく暮らしていた人が、急に失踪してしまうことがよくあるだろ?」

「そして、旅先かなんかで偶然にその人を見かけて話しかけてみると、全くの別人のようになっている」

「そんな人のほとんどが、実は量子双子なんだ」

なるほどね~

てことは、ある意味、不死身ってことだろ?

「そうだね、なぜそんな芸当ができるのかは、まだ完全にはわかっていないんだけど、僕らの身体の全体は、要素には還元できない自己組織性のおかげで成り立っているらしいんだ」

イイよな~、殺されても蘇れるって

こんな不味いもん食うくらいならって、餓死を選んだりも出来るんだからな~

「そうでもないよ、肉体が入れ替わるたびに、いろんな事がリセットされてしまうし、容姿も変わってしまうから結構大変なんだ」

「しかも、量子双子ってのは、日常生活でも色々と面倒なことが多いし……」

例えば?

「君たちは、背中を見せる時に180度回転すればイイだろ?」

「でも、僕たち量子双子の場合は二回転しなければ背を向けることができないんだ」

へえ~、それは面倒くさいな~

回れ右のとき、どのくらい回ればイイのか、いちいち考えちゃうもんな~

……

先輩、〈たくあん〉は確かに歯ごたえあるんすけど、ニオイが更にきつくなって、とんでもない味になりましたね

うわ~、ますます牛乳と合わなくなってきた

この味に合う飲み物?

そんなもの存在しないっしょ!

ていうか、考えたくもないです

もう、水道水でイイです! 水道水で!



このあと、男は量子双子の名前を教えてくれました

当の本人である男の氏名は〈暮居カズヤス〉

女の方は〈美波真里〉だそうです

そして、その二人が所属する組織の名称は〈サザンライトパーソンプロジェクト〉というそうです

……

どこかで聞いたことあんな~、その名前

「覚えてないかい?」

「ほら、君たちが昔やっていた深夜ラジオのスポンサー」

あー、はいはい、思い出した、思い出した

あの、配膳ロボットの会社の……

「表向きはね」

その節は大変お世話になりました、ペコリ

「いえいえ、こちらこそ」

……

先輩、覚えてません?

本番直前に、いつもバウムクーヘンを差し入れしてくれた〈サザンライトパーソンプロジェクト〉さん

略してザンパン、ザンパンって呼んでたでしょー、アタイラ

なんか懐かしいなー

本番直前にバウムクーヘン食うもんだから、いつも口の中がパサパサで

「番組が終わってから食べればイイのに……」

いや、わざわざ本番直前に差し入れするってことは、そういうことだろ?

アタイラも、食い物があったら、とりあえず食べる人なんで

そうそう、こんな時間に食べたら太るだとか、このタイミングで食べたら滑舌がヤバいことになるだとか、そういうのは食べたあとに考えるタイプなんで、アタイラは

バウムクーヘンのおかげで、オープニング何しゃべってるか全くわからなくて

でも、それが面白いって、物凄い受けちゃいましたよね、先輩

そんで、『バウムクーヘンで早口言葉』のコーナーまで出来ちゃいましたもんね~

楽しかったな~



このあと、謎の男、改め、〈暮居カズヤス〉は〈サザンライトパーソンプロジェクト〉の実態について説明をしてくれました

プロジェクトチームの主なメンバーは以下のとおりです


【サザンライトパーソンプロジェクト・メンバー】

  暮居カズヤス(人間)

  美波真里(人間)

  モナドン(量子AI)

  朝焼け(ミナミセミクジラ)



この、ミナミセミクジラって、あのクジラ?

「そう、あのクジラ」

『なごり雪』の?

「それは、イルカさんだね」

……

え? もしかして、海にいるクジラ?

「そうだよ」

いやー、それは無いっしょ!

だってさ、打ち合わせとかする時に、毎回かなりデカめの会議室を予約しなきゃいけないし、早めに切り上げないと皮膚が乾燥してしまって、大変なことになるだろう?

「え? そっち?」

……

「僕らは〈朝焼け〉に会ったこともないし、当たり前だけど、直接言葉を交わしたこともないんだ」

ははーん、幽霊部員だな、そのクジラ

でも、来たら来たで迷惑なんだよな~、体デカいし……

……

「世界中の海に設置されているハイドロフォンという水中マイクで拾われた〈朝焼け〉の鳴き声を、モナドンが翻訳しているらしいんだ」

らしい?

「そう、僕らはモナドンを無条件に信じるしかないんでね」

「だって、僕らはクジラ語を理解できないし、モナドンが嘘をついているかどうかを判断する能力もない」

「人間同士の関係と同じで、量子AIとの関係も信頼で成り立っているってことだね」

「君たちだって、もらったお釣りが贋金かどうかなんて、いちいち調べないだろ? それと同じさ」

……

「ちなみに、美波真里さんの仮説としては、〈朝焼け〉は一頭のミナミセミクジラのことではなく、地球の海全体に広がるクジラの音響ネットワークそのものではないかと考えてるらしい」

「もしそうだすると、クジラと近い周波数で会話をする宇宙人が地球を訪れたら、彼らにとってこの星は、まるで海全体が意識を持つ、惑星ソラリスのように見えるんじゃないかな~」

「僕自身は、そこまでスケールを広げなくても、ミナミセミクジラの個体が僕ら量子双子のような能力を持ってさえいれば、十分説明可能だと思っているけどね」

……

でも、なんでクジラなんかをメンバーに入れるんだ?

「僕らは基本的に、テクノロジーと人間を分けて考えないようにしている」

「だから当然、クジラと人間も分けて考えない、それだけのことさ」

「それに、〈朝焼け〉のほうが、僕ら人間よりも人格的には優れているみたいだしね」

人格? クジラなのに?

「ああ、人間の言語でコミュニケーションできる相手には、全て人格が備わっているというスタンスで僕らは接している」

……

お前の部屋にあったコンピュータ? あれが漁師のモナ王?

「うん、でも、正確にいうと、モナドンは量子AI ではないというか……」

「一番近い言葉が量子AIなので、わかりやすく、そう呼んでいるだけなんだ」

アタイには、ただのマイコンにしか見えないけどな

「筐体は確かにマイコンを使っているんだけど、中身はブヨブヨだからね~、中は覗かない方がイイよ」

ゲッ! それって生きてるってこと?!

「知能っていうのは、どちらかというと、脳よりも内臓の問題だからね」

「僕らは、宇宙自体を巨大な量子コンピュータのようなものだと考えている」

「だから、宇宙のミニチュア版であるモナドンが、生きているように見えるのであれば、この宇宙全体も量子コンピュータのような構造をもった生命体なのかもしれないね」

……

難しいことは正直よくわからんけど、お前らは何のためにそんな面倒くさいことをしてるんだ?

……

「有るようで、無いような目的のためさ」

「強いていうなら、この宇宙全体を記号で表現するということかな」

「マラルメがいっていた、世界がたどり着くべき〈一冊の美しい書物〉だと理解してもらってもイイ」

「マラルメは知ってる?」

……

あれだろ?

七味マヨネーズをつけて食べると美味いヤツだろ?

「それは、アタリメだね、〈メ〉しか合ってないね」

……

「でも、世界そのものを記述した美しい書物が、どんなものなのかは誰も知らない」

「到達点は有るようで無い、目的無き合目的性みたいなものだね」

……

じゃあ、お前らの仕事とアタイラは、どんな関係があるんだ?

たしか、お前らとアタイラは仲間だ、とかなんとかいってたよな

……

「目的無き目的にたどり着くために、大きく分けて二つの手段に取り組んでいるんだけど……」

「その一つが、モナドンの開発のために、彼に小説を書かせたり、深夜ラジオにネタを投稿させたりしているんだ」

は? 何でそんなムダなことするんだ?

「ムダではないよ、人間とは言葉だからね、小説の限界が人間やAIの限界であり、言葉の最先端である深夜ラジオのネタが、人間やAIの更新を後押ししている」

「世界を記号で表現するためには、その記号をあらゆる方法で研ぎ澄ます必要があるからね」

「宇宙を記号で表現するんだったら、物理学者に数式を書いてもらえばイイんじゃないの? と問われたら……」

「そうだな、数式だけでは不十分だ、と答えるね」

「なぜなら、我々が美しいと感じる数式の背後には、信仰心と文学的な言語が隠れているから……」

「1+1=2の答えを考える前に、この世界には全く同じものが二つ以上あるんだと、Believeするところから我々は始めなければならない」

「そして、その数式が美しいと感じるためには、美しいという言葉と、美しいという実感を知らなければならない」

「宇宙を説明できる美しい数式を発見したい、という探究心も、またしかりだね」

「美しい数式だけでは、それを創り出した主体や、それを美しいと感受する主体が不在なままだ」

「それは、僕たちの求めている〈美しい書物〉とは、多分、違う」

「僕らが追い求めている〈美しい書物〉は、美しい数式と、それを創り出した主体、そして、それを見て美しいと感受する主体、それら全てをも含んだテクストでなければならない、いや、そうであってほしいと願っている」

「だから僕たちは、そんなテクストの構成要素である記号を研ぎ澄ますため、一見無駄に思える深夜ラジオのネタを、モナドンにコツコツと作らせているのさ」

もしかして、アタイラのラジオにも投稿してた? ネタ

「もちろん」

……

だから、お前らとアタイラは仲間ってこと?

「そうなんだけど、重要なのは、もう一つの手段の方なんだ」

……

「僕らの重要な仕事の一つとして、世界のバグ修正がある」

「モナドンの開発をスムーズに進行させるため、深刻なバグを修正するんだ」

「カーリングでいうと、ストーンの進路をブラシでゴシゴシするようなもんだね」

「……で、君たちは、そのバグを発生させる張本人だ」

……

んだよ! それじゃ、アタイラは仲間じゃなくて敵の方じゃねえか!

……

「いや、バグは決して悪いものじゃないよ」

「そして、修正が善とも限らない」

「完璧な世界は、その完璧さゆえに静止してしまう」

「だから、世界には適度なバグが必要なんだ」

「バグが悪で、その修正が善というわけでは決してない」

「あえていうなら、バグの発生とそれを修正するという連続的運動性そのものが善だね」

……

なーんか、ほめられてんのか、バカにされてんのか、よくわかんねーなー

「どちらでもないよ、少なくとも宇宙レベルではね」

……

「そんな僕らの営みは、言葉そのものに良く似ているともいえるね」

「君たちも、タイムマシンで未来へ行ったから良くわかるだろ?」

「テクノロジーがどんなに進歩しても、僕らは記号以外でコミュニケーションをすることができない」

「それは言葉が、具体的であると同時に曖昧であってくれるからだ」

「誤解を招くような不完全さが、コミュニケーションの前提条件だからね」

「もしも、完璧にコミュニケーションが行えて、完全にわかり合えることができたら、僕らはひとつの塊になってしまう」

「だから、世界には、バグを作り出す君たちのような存在が必要なんだ」

「しかも、バグの修正が間違いであったり、バグの方が正解になってしまったりすることだってある」

「究極的には、何が正解かなんてわからないんだ」

「それでも、僕らはやり続けなければならない」

……

「その営みは、人の人生によく似ているかもしれないね」

「僕らは日々のなか、目の前の問題を具体的に判断しなければいけない、善なのか悪なのかを……」

「けれど、その人の人生そのものの善し悪しの判断は、誰にもできない、自分自身ですらね」

「そのような究極的な判断は、神のような存在に委ねるしかない……」

……

「とまあ、説明はこんな感じなんだけど……」

「そんな中、実は、ある問題が起こってね……」

……

……

何だよ、いえよ

……

「例のタイムマシンなんだが……」

……

タイムマシン?

……

「君たちのようなバグを作り出す人間が、タイムマシンで時間旅行をするなんて、前例が無かったからね」

「だから、僕らは君たちをマークしていたんだけど、事も有ろうに、事実上の敵対関係になってしまって……」

でも、イイじゃねえか、結果的にこうして仲間になったんだから

「まあね」

……

「というわけで、君たちのタイムマシンを分析のために貸してほしいんだけど……」

別にかまわないけど……どうせ、もう使う予定も無いし……

先輩もイイっすよね?




そんなわけで、アタイラは漁師の双子の片割れ、暮居カズヤスと同居することになりました

一緒に暮らしてみると、暮居カズヤスという男は、なかなかイイ奴でした

まず、暮居はイサオの健康診断をしてくれました

コンピュータのキーをパチパチ叩くと、すぐに健診キットのようなものが届きました

暮居は、コンピュータの指示に従い、脈拍や体温などを測り、写真を撮りました

そして、切った爪と唾液を試験管に入れると、それらをどこかへ送り返していました

……

それから、玄関に、ネコ用のドアもつけてくれました

「本当は、家の中にいてもらった方が安心なんだけど……」

「自由を知ってしまったネコを、狭いところに閉じ込めるのは、さすがに酷だからねぇ」

「君たちなら痛いほどわかっているよね、健康で長生きすることだけが、幸せでは無いことを……」

「……だから、イサオ君のことについては、それなりの覚悟を持って暮らしていこう」




いっぽう、アタイラの方は、家に閉じこもって暮らすことになりました

しばらくは、身を潜めた方が良いと、コンピュータのモナドンとやらがいったのだそうです

もちろん、生活費はサザンライトパーソンプロジェクトもちです

……

携帯電話も新しくしてもらいました

「電話番号の登録もしておいたから……」

「リカちゃんにも電話かけられるよ」

余計なことしやがって

先輩、なにニヤニヤしてるんすか

……

二か月ほどたったころ、変装さえすれば外出して良いと、モナドンがいってくれました

しかも、どの時間帯のどの場所が安心か、出かける前に教えてくれたりもしました

アタイラは、その日の気分で選んだウィッグをつけ、キャップを被り、スリリングな外出を楽しみました




そんなある日、暮居が大切な話があるといってきました

それも、アタイだけに

先輩がちょうど〈ぬか床〉をかき混ぜているときに、アタイは暮居の部屋に招かれました

……

何だ? 話って

……

……

もしかして……

……

告白?

……

「残念ながら、違うんだ」

んだよ! 一瞬、女の顔になっちまったじゃねえかよー!

……

「君たちのタイムマシンを分析させてもらったんだが……モナドンが、妙なことをいいだしてね」

……

「普通の時間旅行者の傾向として、初めは近未来や、ごく近い過去から旅行を始めて、そのあと段々エスカレートするというか、はるかな未来や遠い過去に向かって範囲を広げていくものなんだが……」

「君たちの場合は、それと全く逆だったんだ」

「徐々に元いた時代に近づいていき、最終的には、元いた時代からほんの少し前の時代、ようするに、今いるこの時代に到着している」

「このような動きをする者は、何らかの意志、重大かつ明確な意志を持って行動している場合が多い……というのがモナドンの分析結果なんだ」

……

大きなお世話だって、そのコンピュータにいっといてくれ!

「モナドンは分析をしているだけだからね、おせっかいなことなんて何もいわないよ」

……

「懸念を表明しているのは、〈朝焼け〉の方だ……」

うるせーなぁ! クジラに心配されるほど落ちぶれちゃいねーんだよ!

……

「心配しているんだ、〈朝焼け〉だけじゃなく、僕らもね……」

……

もったいぶったいいかたしねーで、いってみろよ!

……知ってることを……

……

……

初めから、わかっていました

暮居は、ほぼ全てを知っていると……

先輩がいないところで、アタイだけを問いただそうとしているこの男が、何も知らないはずが無いのです

……

……

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