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連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その56


56.    部長と平社員と私


自分の部屋に帰っている。
度数のなくなったテレホンカードは左のお尻のポケットに入れた。
記念に取っておくつもりだ。



もちろん手にはコンビニの袋をぶら下げている。
袋の中には祝うためのビールが6本入っている。
今日はいつもより多めだ。
多めに決まっている。
あんなに素晴らしい奇跡が起こったんだ。
祝わずにはいられない。
6本で足りるだろうか。



着いた。
たまにはポストでも覗いておこう。
おわっ。いっぱい溜まっていた。
ほとんど不動産のチラシだ。
あれ、封筒だ。誰からだろう?
オカン!
母からの封筒だった。
まあ問題はないだろう。あとで読むとしよう。
その白い封筒も左のお尻のポケットに入れた。



砂利を踏んだあと、階段の下で靴を脱いだ。
階段を登る足取りが軽い!
自分の体ってこんなにも軽かったっけ?
不思議だ。
まるで体の重さを感じさせない足取り。
背中に風船を付けられているよう。



上まで登りきった時、
なんとなく下を見た。
階段の下を。
汚い靴たちが不揃いに置かれている。
三人分。
坂井と竹内と私の分。



ふたりが居るおかげで全然さみしくならない。
みんな各自、自分の部屋で過ごしてはいるが、
同じ時間に
同じテレビを見て
同じタイミングで笑う声が
薄い壁の向こうから聞こえたりする。


4月には裏返っていた坂井の歌声も
だいぶ上手くなってきた。



竹内は建築士の学校に通っているのに、
今では私のおかげでオベーションのリーフトーンが特徴の
青いアコースティックギターを購入して練習している。



「真田くん。ちょっと聞きたいんだけど。」

「なんや?」

「ギターを始めようと思うんだけど、どんなギターを買ったらいいと思う?」

「ギター?サグラダ・ファミリアにブッ刺す用のギターか?」


「ちがうよ!ちょっと弾けるようになったらカッコいいかな〜って。」


「分かったぞ。単純な男やな竹内は。
この前やってた映画『リアリティ・バイツ』のイーサン・ホークみたいにしゃがれた声でギター弾いてウィノナ・ライダーをゲットしたいんやろう?」


「う!・・・」


「図星やな・・・でも気持ちはすごく良くわかるぞー。俺もあの映画は借りて何回も見た。かっこええよな、イーサン・ホーク。」


「いやさぁ、ウィノナ・ライダーってすんごく可愛くない?」


「うん。可愛いなぁ。たまらん可愛いなぁ。」


「あんな可愛い人、見たことないよ。」


「へぇー。よっぽどタイプなんやな。優子さんに言うとくわ。」


「なんで?優子さん関係ないじゃん!」


「あー。これや、これ。」




ちょうど私が持っていた楽譜の尾崎豊が弾いているギターを指差した。



「これがかっこいいねん。ギターの音が出る穴の部分が落ち葉みたいになってるやろ?」


「へぇ〜、かっこいいねぇこれ。青ってのがまたいいねぇ〜。」


「そうそう、尾崎はいつもライブではこのギターや。
そういえば竹内の部屋って青色ばっかやな。」


「うん。青好きなんだよねー。」


「ホンマや。よく見たらカーテンも絨毯も・・部屋中青色だらけやんけ!・・・寝ションベンとかせーへんのか?」


「ネショーベント??ギターのテクニックか何か?」


「いやいや・・・おねしょのことや!おねしょ!」


「し、しないよ!イメージ悪いなー!癒しの青だよ!安らぎの青!」


「わかったわかった。俺の部屋も青いで。一緒に溺れよう。」


「えっ?真田くんの部屋?青かったっけ・・・確か緑だったよね・・
緑のことを青って・・・じいちゃんかよ!」


「じいちゃんはもう疲れたから部屋戻るわな。
ギター買ったら俺のと交換してくれな。」


「なんで!やだよ!」



竹内も坂井も素直なので話していると面白い。



色々あったな。
半年経ったのか。



階段の上で色んなことを思い出して
泣きそうになる。



いかんいかん。
まださようならは早い。
しっかりと作戦を立てなければ。
カナダに行く作戦だ。
今後の人生のプランもだ。



自分の部屋に入って電気を点けて
さっそく買ってきたビールを冷蔵庫に3本だけ直した。
2本はこたつの上に置いた。
1本はもう帰り道で飲み干したので空だった。
やはり6本で足りるか心配になってきた。



ビールをさっそく1本開けて持ち上げて、
窓の方に向かって乾杯した。



もちろんひとりである。
もちろん窓がどちらの方角かなんて知らないで。



作戦はこうだ。
まずは将来なりたいイメージを作ってから
具体的にそれに沿った作戦を立てていこう。



立派な作戦会議になるだろう。
『一人作戦会議』ほど楽しいものはない。
こたつに手を伸ばして、次のビールを開けた。
そしてずっと開きっぱなしのノートに書き込んだ。


・イーサン・ホークになって
・ギターで曲作って
・カナダに行って
・英語ペラペラになって
・英語で曲作ってたら
・人気が出て
・全米デビュー
・モテモテ
・お金持ち
・世界の男になる



これだな。OK。
イメージが出来上がった。
あとは具体的に何をするかだな。



えーっと、まずは、

・美容院に行く → イーサン・ホーク化
・学校に1年間で辞める旨を伝えて手続きをする
・ワーキングホリデービザを確実に取得する
・取得後に採用してくれた女の人に電話する
・お金を貯める
→ 飛行機代(8万円くらい)と最初の生活費(10万円くらい)
・スーツケースを買う
・お店に言う
・みんなに言う
・親に言う
・カナダに行く
・あとはなんとかなる


これでOK!
バッチリだ!


来年の4月に出発するとして
あと何ヶ月あるのだろう?



今9月だけどもう下旬だから
10月からお金を貯めたとして
10、11、12、1、2、3 。



6ヶ月か。
20万円くらいは必要だから6で割ると・・・
月々3万円か。
・・・・
・・・・
・・・・
なんで今まで貯めなかったんだ?
毎月9万円ももらっているのに、
なんで1円も残っていないんだろう。




やっと問題が明らかになった。



私は何にお金使っているのか
自分でさっぱり分かっていないのだ。




家賃も食費も払っていない。
光熱費として5千円くらいは引かれている。
あとの手元に残った8万5千円を何に使っているのだろうか。




ここは助っ人が必要だ。




「おい。真田君。」

「はい!真田部長!」

「先月の収入に対する支出を洗い出して紙にまとめて提出したまえ。」

「あい!かしこまりました!」

「提出できたら褒美にもう1本ビールで乾杯だ。」

「あいあいさー!」




さて、
私は買い物をすると言ったらコンビニくらいだ。
あとは本屋さんと、たまに楽器屋さん。
ビールと本で8万5千円も使っているのか?



1日何本飲んでいるんだろう?


朝刊終わってから3本くらいかな。
夕刊終わってからも3本くらいかな。
私は甘党なのでツマミにお菓子を食べる。
1回のコンビニの買い物で千円使っているとして
それが1日2回。
2千円掛ける31日で・・・
ろ!6万円!
もう6万円も使ってしまったではないか!
ビールとツマミで月6万円!
なんてことだ!
あと2万5千円はどうした平社員?




思い出した。銭湯代だ。
370円掛ける31日だ。
なんと!11470円!
しかも牛乳もたまに飲む!
1万5千円を引くと・・・



残り1万。



本や漫画もたまに買う。
ギターのタブ譜も。
買っただけで満足してしまう例のアレだ。
練習しないくせにアンプを買ったり機材を買ったりもしている。



これで大体、収支は合った。
では部長に報告といこうか。




「部長。『お給料使い切り案件』まとまりました。」

「ごくろう。ふむ、どれどれ?」



真田部長に紙を提出した。




「な、なんだこれは!ひどいじゃないか!」


「す、すいません部長!」


「ここからどうやって月々3万円貯めていくか考えるんだ!真田ヒラ社員!」


「えーっとですねー。もう寒くなって参りましたのでお風呂を2日に1回にすれば、銭湯代が浮きますので、これで5千円・・・」


「そこか!そこは最終手段だ!ヒラ社員。」


「では・・・本代。」


「ずっとヒラで居たいようだな。」


「いえ、出世したいです。」


「では真田ヒラ社員。
お前が今、手に持っているのはなんだ?本か?ギターか?」



「いえ、キリンの一番搾りです。」


「よくぞ、銘柄に目を付けたな。素質は認める。」


「ありがとうございます。」


「それは1本いくらだ?ヒラよ。」


「1本218円でございます。」


「もう飲むなとは言わん。飲まなかったら死ぬかもしれんからな。
だから『ホップス』か『バーゲンブロー』に替えなさい。」


「あの最近出た安いビールですね!」


「そうだ!カナダに行きたかったらもう、それしかない。『バーゲンブロー』一択だ。」


「あまり美味しくないと聞きますが・・・」




真田部長はゆっくりと目を閉じて目頭を押さえた。




「ヒラよ。もう忘れたのか。あの『プリモ』事件を。」


「いえいえ、忘れてはいませんし、ついこの間それを思い出したばかり。
しかもその『プリモ』を思い出したおかげでカナダ行きのことを思い出したくらいですから!」



「ヒラよ。『バーゲンブロー』はベルギー産だ。」


「な!なんと!」


「そうだ!輸入物だ!我らの輸入物だ!パツキンだ!」


「やっほーい!」


「味は私たち向きなうえ、値段が激安だ。円高の恩恵だ。」


「おいくらです?」


「イチ・ニ・ッパ」


「128円!!」


「そうだ!どうだ!最高だろう!」


「きゃほーい!!」




一旦自分に戻ってビールをすすった。




「さて。218円から128円の差額90円!
そしてお前が月に飲んでるビールの本数180本を掛けると・・・・」


「1万6千2百円!」


「うむ。これでほぼ解決だな。後は本数を半分にすれば簡単に月々3万円は貯められる。」


「あ、ありがとうございます!真田部長様!」


「ひとつだけ忠告しておく。」


「はい!」


「『バーゲンブロー』は私達の舌には美味すぎる。かえって本数が倍になる可能性が大だ。」


「ありえますぅ〜。グビグビという音しか聞こえてきません。」


「缶を用意するんだ!靴の箱でもいい!お前最近買った靴の箱をまだとってあるだろう?知ってるんだぞ!」


「ば、バレてましたか!」


「その箱に毎月3万円入れて押入れに入れて忘れろ!
幼い頃はそうしてたじゃないか!」


「そ、そうでした!それで行きます!」


「うぬ。そして次のことを肝に銘じろ!」

【実はやることは3つだけだと知るがいい】
・手続きを進める
・お金を貯める
・みんなに言う



「どれが欠けてもカナダには行けん。わかったか?」


「肝に命じますぅ〜お代官様ぁ〜」




だいぶん酒が回ってきたようだった。
私はこうして一人で遊ぶのが大好きだった。



お尻から何かクシャクシャっと音が聞こえてきた。
ついに漏らしてしまったのかと思ってケツを押さえた。


あ、封筒だ。


そうだ。母からの封筒を忘れていた。
使い切った記念のテレホンカードもポケットから出てきた。


ちょうどいい。
ガッチガチに封がしてある母からの封筒を
記念型テレホンカードの角で器用に破いていった。


どれどれ?


なおきへ

元気だろうよ。
連絡がないから元気だとは思うけど、
たまにはこれで連絡ください。

               母より

なんと!
新品の50度数のテレホンカードが同封されているではないか!
2枚も!



素晴らしいタイミングだった。
これでどんどん先に進める気がした。





〜つづく〜

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真田の真田による真田のための直樹。 人生を真剣に生きることが出来ない そんな真田直樹《さなだなおき》の「なにやってんねん!」な物語。

いただいたサポートで缶ビールを買って飲みます! そして! その缶ビールを飲んでいる私の写真をセルフで撮影し それを返礼品として贈呈致します。 先に言います!ありがとうございます! 美味しかったです!ゲップ!