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(2) 何もしていないのに 黒幕扱いされてしまう、 の巻

1月利用の電気料金が各家庭平均で3割下がったとの報道がされた。実際には太陽光発電比率の高い、九州・沖縄州では昨年同月比で36%減、北海道・北東北州では27%減少と地域差が生じた。20年前まで北海道全体の電力を担っていた苫東厚真火力発電所が石炭火力から新エネルギーのエコ・アンモニア火力発電に転じ、2月から本格稼働を始めたので3月からは全国的にほぼ均等な電力料金体系となると、エネルギー省が補足説明を加えていた。

日本政府は、バックアップ電源として位置づけた休眠中のLNG/天然ガス火力発電所36基を年内中に順次稼働させると明言しており、電力料金が更に15%程下がると想定していた。更に、停止中の50基以上の石炭火力と石油火力発電所を、大規模蓄電システムとアンモニア火力発電所のセットモデルに順次改修作業を行う。その一方で、州政府や各自治体、民間企業、各家庭が太陽光発電などで発電し、電力会社に売電する価格は現状維持とした。この余剰電力状態で、大きく変わったのはPB Enagy社に代表される各州の電力会社が、巨大な蓄電システムをアンモニア火力発電所、水素発電所に隣接するように建設し、余剰電力を無駄にせず、電気自動車や電動バイク・自転車、そしてロボットに今まで以上に格安で提供できる体制を整える為、配給システムが備わったガソリンスタンドを管理する石油会社や、充電装置環境を提供する自治体や民間会社に提供されていった。
また、家電メーカーの春の新製品のラインナップは「大型化、高機能」をウリにしたモデルが販売され、アジアメーカーのエコ・低電力製品との違いを訴求してゆく。          
大量な新電力活用の動きは、日本だけでなく北朝鮮、旧満州経済特区、そして台湾、中南米諸国でも始まってゆく。日本のエネルギー省と経産省による、日本連合内の産業構造推進策がスタートした。日本連合内の電力会社、電気自動車会社、そして家電メーカー等の株価が上昇する。 
中国、韓国、ASEANの電力会社、メーカーの株価は逆に下がった。世界的に電力余剰が進んでいくことが予想され、高機能品を商品ラインナップに加える必要が有ると判断された。日本と中南米諸国が有利なのは、AIを活用できるので「他社が真似出来ない技術」を製品に付加させる事が出来る。    
頓に真似出来ないものの代表として、各国言語翻訳AI機能を内蔵したテレビやラジオ、PC,タブレットだ。世界中の放送局の映像を好きな言語で視聴できる。          
冷蔵庫は格納されている生鮮食品の劣化を映像と発生する微弱なガスを認識すると、アラーム表示がドアの液晶パネルに表示される・・等だ。  

AIの優位性を取り込んだ製品は、必然的に世界中で売れる。洗濯機、照明、エアコン等で汎用品を製造するメーカーとの差が広がり始めると予想された。            
この日本メーカーに代表される商品変更により、打撃を被るのは、汎用品が主力の中国・韓国メーカーになると推測されている。輸出は減少し、景気の冷え込んでいる国内の買い替え需要程度に生産数が落ち込むのではないかと目されていた。 ーーー                     胡仁鍛は精一杯の笑顔を見せる。首相として実質的に党のナンバー2の位置付けとなる。娘と言えなくもない世代の4人を握手で迎えて、会談に集中しようと、年甲斐もなく緊張していた。
ベネズエラ大統領、首相を努めた後、北朝鮮総督に転じた越山氏と中国政府顧問と副総督を兼務する櫻田氏、そして旧満州経済特区の2省の知事、両の目がグレーで、ロシア人の血でも混じっているのかと思えるアイヌ人の芦北氏と、戦国時代の大名家の子孫だという前田氏、それぞれが優れた政治力と行政手腕を持つと評価されている。越山と櫻田に至っては次の日本を背負う逸材だとも言われている。

社会党が政権を担った日本では、女性の政治参加が状態化している。中国共産党執行部も各省の知事も、全員が男性で、高齢者ばかりだ。胡仁鍛も首相になったのは72だ。これが最後の職だと党から言われたようなものだ。         
越山と櫻田の子供たちはモリの子だという噂もある程、常にモリの指導を受ける環境下にあったという。5年前、モリが精神的に追い詰められて休養し、後任の金森大統領が行方不明となってしまい、急遽担ったベネズエラと中南米全体を見事なまでに運営して見せると、モリ-金森に匹敵する鉄壁コンビと評された。  

その2人が、北朝鮮を日本統治から国際法上の独立国への移行を手掛けようとしている。今年から大統領に復帰したモリが、毎週の様に北朝鮮を訪れるという力の入れようだ。統治開始から北朝鮮経済の立ち上げに心血を注いできたモリが、再び関与している状況を毎週の様に報道されると、周辺国も下手に批判が出来ない面もある。追い打ちをかけるように日本人知事を旧満州経済特区に配置して、中国色を払拭するかの勢いで施策を打ち出してきた。正直、傍観せざるを得ない状況になりつつある。この状況下で、彼らから中国が利するような物を引き出してこい、と主席から言われたが果たして出来るだろうか・・。
今後の中日関係に影響が及ぶ相手であるのは間違いなく、重要な相手との大事な初見だった。  

春節明けに就任の挨拶を待ってもらった中国側の意向を詫びてから、「冬のないベネズエラから移られて、大変ですね」と社交辞令のつもりで言うと、4人共日本の降雪地域で生まれ育ったので「雪が少ない地域を担当するだけでも、ありがたいです」と笑いながら返されてしまう。
何故、下調べをしないのかと、胡首相は机の下で隣の書記官の足を蹴る。第一声からして胡仁鍛は外してしまった。 

越山総督が「これは日本とベネズエラからのバクテリア汚染のお見舞いでございます。
火星で採掘されたものですが、お収めください」と言うと、秘書らしき人物がアタッシュケースを出してくる。      
・・今の日本は、こっそりと渡す配慮をしない。必ず公的な記録として残すのを好む。前任者達は日本の政治家や企業人が来ると、結構な賄賂をこっそりと手渡したと聞いていたが・・     

「ありがとうございます。恐縮なのですが中を確認させて頂いても宜しいですか、ここにいるメンバーだけで、一度情報共有して記録しておく必要が有りますから、後で私が一部をくすねたと言われないための措置なのです。当方の事情でご容赦頂きたいのですが・・」

「ええ、どうぞ、ご覧になって下さい」
越山が笑顔で応えて、胡仁鍛が隣の書記官に目配せして、書記官がチタン製のアタッシュケースを開ける。秘書官が中身を見てなのか、眩い光が目に入ったからなのか、思わず感嘆した声を出してしまい、慌てて口を紡いだ。

「このようなものを頂いても宜しいのですか?」胡も驚いた顔のまま、越山の顔を見ると、笑顔のままゆっくりと頷く。・・これが火星の金か。総額でどの位になるのだろう・・
「いや、驚きました。誠に有難うございます」と中国首相が言うと、向かいに座る中国側が一斉に頭を下げる。

総額が頓に分からないが、次回はこちらも相応の品を持って行かねばならなくなる。
北朝鮮が高麗国に転じたときに品を渡せば、中国が高麗国を認めた事にもなってしまうので、中南海で協議する必要が有る。これはこれでヤヤコシイなと胡仁鍛は頭の片隅で考えていた。一体誰の発想だ?と考えると、どうしてもモリの顔が浮かんでしまい、心のなかで苦虫を噛み潰す。

中国が日本連合を羨むものの一つが、火星や月から持ち運ばれている資源だ。運び入れているのはベネズエラだが、日本にも提供されている節がある。
北朝鮮の中国大使館員からの報告では、北朝鮮の資源採掘が鉄鉱石と石油、LNGだけになったと言う。つまりレアメタルも含めた鉱物資源を、宙から運び入れている事になる。その一つが、アンモニア精製で水分解時に触媒となるサナトリウムだ。中国はボッシュ方式で二酸化炭素を排出しながらアンモニアを製造しているので、環境団体から問題だと指摘されている。しかし、肥料生産国でもあるので尿素肥料の原料となるアンモニア製造を止める訳にはいかない。
火星から運び入れたサナトリウムを触媒として使い、CO2を排出しない製法を可能とした日本連合は、フィリピンの工場で燃料用途のアンモニアを大量生産を始め、世界各国に供給を始めている。
どこかの国が尿素肥料の製造を始めると、生産コストで敵わなくなる。例えば肥料製造大国のロシア、ウクライナあたりがボッシュ方式のアンモニア製造を止めて、エコ・アンモニアをフィリピンから調達し始めると、肥料事業はロシア圏に取られてしまうかもしれない。
資源採掘事業を軌道に乗せ、しかも昨年から活用し始めるとは誰も予測もしていなかった。宇宙資源の確保をいち早く実現させた事で、勝敗を決したと言っても過言ではあるまい。前北朝鮮総督の柳井治郎が、3日間の宇宙空間滞在を終えて帰ってきて、兄と共に会見に応じていたが、52名の合同訓練が一度に出来る状況にただ驚く。日本は全長50mの輸送機をブースターを使って、いとも簡単に大気圏離脱できるまでに至った。
もはや高額なロケットを打ち上げる必要が日本には無くなってしまったのだ・・。    

「金塊を渡して、受け取った相手の表情をよく見てきてね」モリは越山と櫻田にそう言って笑った。もう一つの金塊入りアタッシュケースを持参してきており、胡仁鍛首相に「こっそり渡せ」とも言われている。
モリは中国政治の内情を知る、日本でも数少ないスペシャリストでもある。櫻田もそうだが、前任の阪本首相も柳井治郎も、中南海で機密文書に触れる機会は無かったが、モリは半年に満たない期間で中国の公文書を見まくっていたらしい。
中国語が読み書きできるから、とも言えるのだが、今の中国以上に困窮していた時期で、モリが打ち出す数々の政策を率先して採用した経緯がある。
中国による日本、米国の分析から、今は破綻した「一帯一路計画」「発展途上国融資プログラム」から、漢族の人口増大策に至るまで読み耽ったモリが、幾つもの中国の弱点に気付くのは当然とも言える。
一番レベルの低い内容が、昭和・平成の日本政府の賄賂だ。袖の下に寛容な中国の大臣に心付けを渡しながら、尖閣問題、南シナ海資源開発には触れず、中国の物であるかのように訪中時は振舞い、アメリカには尖閣諸島で有事が生じたときは安保体制が稼働するかを確認し続け、防衛費を増やし続けてきた。これが「官房機密費」であり、「使途不明金」として処理されてきた。アメリカに対しても、ロシアに対してもそうだが、カネをばら撒いて関係を維持せざるを得ない、外交力ゼロの外交に終始してきた。カネをばら撒くだけなら、誰にでも出来る。警察官僚だろうと、たとえマヌケで無教養な政治家であろうとも。

12年間、鳴りを潜めていた賄賂を、コストは殆ど掛かっていない「火星の 金」でポイント的に復活させる。皇族の外遊時の土産や、今回の様に「籠絡するかもしれない政治家」に提供する。半年という限られた時間でも、モリが「同僚」として接した中で、「敢えて組むならば、この人」とリストアップされた御仁達が居る。相応の地位と影響力を兼ね備えていて、共産党内での意見を調整する能力を有している人物が居たとする・・、例えばの話だが、今回の金塊供与・・どう見ても賄賂にすぎないシロモノの見返りに、中国内に於ける経済活動推進に対する認可を得て、提供した金塊の想定価格以上の利益を、中国内での経済活動で巻き上げてゆく・・というシナリオを掲げて見た・・。           
賄賂を受取って意を汲んで党内で動いてくれれば、日本側にとって胡首相は格好の内通者となり、中国側にこの暗躍が露呈すれば、胡仁鍛は「売国奴」と罵られる事になる。   
70歳を越して、中国ナンバー2まで登り積めた成功者にとって、数百億の金塊を手にして良いものかどうかの、何らかの葛藤が生じる。受け取ってこのままナンバー2に留まり続けて引退するか、更なる金塊を得て、日本と言う後ろ盾を得て売国奴になりながらもナンバーワンの座を目指すか、といった分水鏡、胡仁鍛にとっての人生最大の選択の場面を迎える事となる。モリは、胡仁鍛は後者だと見ていた。だからこそ、本来なら禁じ手である賄賂をこの場面で使う決断をした。    

因みに、ベネズエラの公文書には、金塊の供与先は「2040年2月北韓総督府向け、金塊加工価格10万ペソ分」としか残らない。ベネズエラ大統領の機密費として10万円程度しか掛かっていない。しかし、貰った相手には数百億の価値がある。賄賂としては破格の内容だ。手渡すのが現金ではなく金なので、胡仁鍛にとっても「足」が付き難い。何処から入手したかは分からない。金塊にはロットナンバーや刻印が全く入っていない。どの国の民間企業でもいい、闇の世界でもいい、金塊を一つづつ換金すれば 対価を足が出ることも無い。 ーーーー
北朝鮮統治の長と旧満州の2つの省の知事が、北京を訪れて会見を行ったとAngle社の北米向けニュースが報じ、同じ映像を使ってアメリカのメディアも評論家を呼んで、持論を展開していた。

「会見の和やかな雰囲気から、中国政府は日本人知事を最初から許容していたと判断できます。また、北朝鮮統治政府が国民投票を経て、独立国へ転ずるのも容認していると見ていいでしょう。北朝鮮の越山総督はこの後、韓国を訪問し独立への経緯を説明するそうですが、中国が折れた格好になれば、韓国が独立に反対したところで大勢は変わらないでしょう」ハーバード大のアジア政治の教授が発言する。

「北朝鮮総督府は、自前の軍隊を持つ意向を掲げて国民投票に臨みます。軍を統括予定の櫻田首相が、陸海軍共に自衛隊の規模を上回る規模の軍隊となり、中南米軍から空母、各種戦艦・潜水艦、戦闘機、戦車等の兵器を買い入れて、旧満州と北朝鮮の国防を担う方向で計画していると発言しています。自衛隊を上回る規模の軍隊が隣国に出現する、これを中国政府が容認していると考えていいのでしょうか」キャスターが問い掛ける。

「空母は追加配備となりますが、それ以外は既に北朝鮮内に中南米軍が配備している兵力です。中国は警戒はしているのでしょうが、北朝鮮側も過度に中国を刺激しない内容にしたのでしょう。今回の議題に上がっていたのかは、会談の内容が公表されていないので分かりませんが、会談の議題で論じていれば、この和やかな雰囲気は中国が「許容した」となりますし、議題になっていなければ、中国が「容認した」と考えていいでしょう」

「なるほど、許容もしくは容認ですか・・そうなると韓国も北朝鮮の軍事力保持を認めざるを得なくなりますよね」

「韓国も、この4月から中南米軍との間の防衛協定を開始します。北朝鮮軍と言っても元は中南米軍ですし、友軍でもあります。対峙する構図としては中国と同じです。現状と比べて、明らかに異なる追加配備が無ければ、許容すると見ていいでしょう。それに韓国は中南米軍の庇護下に入るのですから、中国以上にハードルは低いと考えられます」

「なるほど・・それでは平壌大学のリージェンツ・パーク教授にも伺いましょう。リージェンツ教授は、ワシントン大学のアジア政治学の教授職から5年前に、平壌に拠点を移されてアジアの政治を引き続き研究されています。教授、早朝にも関わらずご出演頂きありがとうございます」

「いえ、こちらこそ宜しくお願い致します」ハーバードの教授の凡庸な出で立ちに比べて、平壌大の教授は品のある高級感溢れるスーツを纏い、精悍な面構えで鍛えているのが推し量られる。自室と思われる書斎は重厚な出で立ちで、相応の邸宅の居室であることが分かる。相手の階級に関心のあるアメリカ人にとっては、平壌の教授の方が明らかに高給取りだと見ていた。実際、そうなのだが。

「教授は、今の東アジアの状況をどのように考察されていらっしゃいますでしょうか。平壌にいらっしゃるので肌感覚的に受け止めていらっしゃる部分があれば、伺いたいのですが」キャスターが、どちらを好意的に受け止めているか、仕草と表情で分かってしまう。そんなアメリカ人らしさを視聴者が求めるので、キャスターも意図的に振る舞う。ハーバードの教授からすれば面白くない構図だが、リージェンツ教授を相手にすると勝ち目は薄いのは、出演のオファーが来た時点から分かっている。それでも曲がりなりにも専門家だ。出し抜く場面を虎視眈々と狙っていた。   

「米英露、そして中国が統治から退き、北朝鮮統治を最終的に担う格好となった日本は、ここで総督と体制を一新して来ました。国民投票を行うにあたり、ベネズエラ大統領としての実績を上げた越山氏を筆頭に、有力な経験者をトップに据えてきました。北朝鮮の人々にすれば大きな安心材料となります。日本側は更なる安心材料として、北朝鮮の国家顧問としてベネズエラのモリ大統領を据えています。モリ氏は毎週の様に数日間北朝鮮に滞在し、積極的に北朝鮮内、旧満州内で活動しています。モリ氏の活動と北朝鮮首脳部の動きを様々なメディアが追って報じています。北朝鮮に居て痛感するのですが、北朝鮮のベネズエラ化、日本化に向けて北朝鮮首脳部が動き出しているような錯覚を覚えるのです。勿論、政治家は誰もベネズエラのようにするとは発言はしていませんが、モリ氏や越山氏、櫻田氏のこれまでの実績が、人々に期待を持たせてしまうのです。日本、ベネズエラ、どちらの国の経済も順調漫歩です。もしここに、嘗ての日本とアメリカの首脳が映像に出てきたらどうでしょう? 中国を牽制するかのように煽り、インド太平洋諸国と吊るんで数で包囲しようとするでしょう。しかし、彼らは単独で直接、中国政府の要人と対峙してしまうのです。嘗て北朝鮮や韓国、日本、台湾に訪問した米国大統領は、中国には足を踏み入れもせずに、自分達の同盟関係だけを優先していました。時代も変わり、状況も異なりますが、アジアの問題は当事者だけで解決する姿勢を貫き、外交力を発揮しています。その姿勢が垣間見れるので、こちらに住む人達は安心するのです。20年前、アメリカがアジアの西側諸国の守護者でいた際は不安を掻き立て、明るい未来を想像することはできませんでした。中国との覇権争いにアメリカが終始していたのですから、仕方がないとも言えます。今は、日本連合がアメリカを上回る力を得ているので、アメリカが関与する余地すらありません。アジア人同士で話し合い、未来を創造しています。対立軸を作り続けていた過去は、完全に払拭され、アメリカがアジアから去ったことで明るい未来を想像できるようになったのです。至極、残念な結果なのですが」

「未来を展望できるアジア、中国を除けば経済成長を続けている地域でもあります。もはや外部が参画する余地もありそうもない・・ということなのでしょうか」                    「ええ、そうです。繰り返しますがアメリカはアジアの成長の恩恵を受ける事ができません。対立関係が無いのですから、軍事力も必要とされません。経済協力を求められる事もありません。我が国が嘗て誇った軍事協定や経済支援も日本、韓国、フィリピンから撤退し、今また太平洋諸島部でも権益を失いつつある中で、アメリカの存在意義は無くなったのです。元より、力そのものを逸した状況ですので、更に何もできなくなったのですが」            
諦めたような顔をして教授が笑う。その仕草にキャスターがカチンとした。

「アメリカはこれまで戦勝国としてアジアに多額の支援をしてきました。本当に何も残されていないのでしょうか。例えば穀物や医療の支援などはどうでしょう?」

「これまでの経緯に関しては長くなるので割愛しますが、ベネズエラが中南米諸国を一つに纏めました。これがアメリカの戦略ミスの始まりとなります。アジアとの輸出入にアメリカが傾注したあまり、裏庭としていた中南米を失ったのです。中南米と日本連合、そしてASEANが共通の経済圏を構築し始めて、アフリカと繋がっていきました。この過程で日本が力を付けると、日本だけでなくアジア全体の食料自給率も上がり、農産物対アジア輸出の機会を逸しました。一時的に中国がアメリカの農産物の受け入れを始めましたが、近郊のアジア産の作物に代わってしまいました。日本の農業指導とAI農法が浸透し、収量増と不作率の減少が齎されたのです。医療に関してもAIが使われ、医師のレベルも製薬の安心度も日本の方が上回ります。ご指摘された農と医療の分野も、参入は極めて難しいと考えています」

「リージェンツ教授、こんにちは、ハーバード大のクロムウェルです。中南米の権益を失なった事が、失敗だと教授はおっしゃいました。アジアに傾注し過ぎていたというご指摘もありました。しかし、当時は中国が世界の工場と呼ばれ、実質的なアジアのリーダーでした。その中国を独走させない為に様々な政策をアメリカは掲げました。傾注するのも仕方がなかったでしょうし、中南米を疎かにしたのも仕方がなかったのではないでしょうか」 
      
「クロムウェル教授、ご無沙汰しております。そうですね、当時は民主党政権でしたが、今もそうなのですが複眼的な視野無き政権でした。短絡的で短視眼的な大統領がミスを重ねて自壊しました。先の共和党大統領の辞任も正に似通っています。           
では、嘗てアメリカ軍庇護下にあり、経済的にアメリカより格段に下位にいた日本はどうでしょうか。金森元首相に転じてからの日本は、アメリカの支配下を脱して成長国家に再度転じていきます。日本とベネズエラで役割分担して、先進国としての役割を果たしていきました。経済規模の劣る国がですよ。何故、アメリカには出来なかったのでしょう。軍です。軍事的な対立軸を求めて経済が絡んでいく、そんな産業構造になりつつありました。湾岸戦争以降、アフガン侵攻までの間に、軍産複合体制が確立されようとしていたのは間違いありません。一方の日本は政府が防衛も経済も福祉も行政も全て一括管理できる体制を作り上げていました。少ない官僚体制に変更しても、統合管理できたのはIT化の推進と、AIの浸透でした。日本の政治力、行政統治能力の高さは、北朝鮮とベネズエラ、ハイチ、パナマなどでのモリ氏が顧問を努めた国々のケースでも明らかになっています。どの国もアメリカが匙を投げた国々を一人の日本人が次々と復興させて行ったのです。北米ではこの事実を誰も評価していませんが、少なくともモリ氏の部下だった国連職員は見ていました。今年、多くの国連職員がベネズエラに転籍していきました。国連にいるよりも国際貢献が出来る組織だと分かってしまったからです。今後も数百人単位の国連職員がベネズエラを目指す事でしょう。国連に魅力が無くなったのですから仕方がないのですが。              金森氏が不明であることを除けば、モリ氏は大統領として復帰し、中南米諸国、日本連合、そしてアフリカを束ねています。彼の後継者、日本の首相候補は次々と生まれています。方やアメリカ経済は衰退し、誰も前任者の負債を担ごうともしない。押し出されるように候補者になり、大統領になっても、誰もリーダーを支えようとしない・・この差は一体何なのでしょうか。嘗ての日本の与党はアメリカの言い成りで、実に扱いやすかった。しかし、我々の方が嘗ての日本のようにリーダーをコロコロ変え、後任者が見当らないのです。それはそうでしょう、失脚して行く御仁を慕う政治家は同じ穴のムジナなのですから。モリ氏、金森氏を慕い集まってくる政治家が次々と生まれる理由は、ポリシーがはっきりとしており、国が国家と国民が相互に機能しているからです。そこに住まう人々が安心して暮らせる、簡単でいて実は難しい、一見平凡と思われるようなレベルを国民に遍く浸透させる事に心血を注いでいるのです。結果的にサスティナブルな社会となり、環境問題に関心を持ち、地球保全的な発想を内々に秘めてゆくのです。            
日本とモリ氏はベネズエラを手にしたことで、夢の実現に近づいてしまいます。最貧国を先進国まで引き上げた力量は誰もが賞賛しますが、更に地球の裏側にある日本とベネズエラを、同じ経済圏にしてしまいつつある現実を世界は認識すべきです。         
One Earthという枠組みに、日本連合も、中南米諸国も、インド周辺国を含めたアジアも、アフリカもシフトしています。残念ながら、この枠組で語る権利を米英仏、そして中国は有しておりません。未だに第二次大戦の戦勝国のつもりでいるのです」                   放送局のディレクターが平壌との回線を切るぞと言うのをキャスターがサインを送って止めていた。何故だ。こんな大事な話を何故打ち切ろうとするのか? クロムウェル教授も言い澱んで、どうすべきか判断できずに居る・・。     

「リージェンツ教授、いい機会です。先程から発言されたい事項がお有りでしょうから、そうぞ遠慮なくお話しください。ここは誰が何と言おうとも、我がアメリカ合衆国なのですから」    

「ミスター、アントニー・ビーヴァー!ありがとう。あなたのようなアンカーマンがまだ残っていたことを神に感謝します。私は祖国のメディアの現状を憂いています。アメリカ国内の惨状や政府の失態の数々を報じず、議会の模様も伝えないで、権益を失った海外のニュースを伝えて、評論をし続ける。これでは潰れてしまった日本の公共放送と右傾メディアと同じです。政府のプロパガンダ機関に成り下がったメディアに、未来はありません。政権がコロコロ変わっている状況を直視して下さい。そんないつ潰れるか分からない政治に媚びを売る必要はありません。アントニーさんであれば、どのメディアに行かれても立派に勤め上げるでしょう。どうか、アメリカを去っていった1000万人を越える人々の事を伝えてください。なぜ彼らがアメリカを捨てる決心をしたのか、また捨てざるを得ない理由を報じて下さい。そしてその事実を封印しようとしている政府に関しても報じて下さい。アメリカを救うには、まずはそこから始めましょう。自由で闊達なアメリカを取り戻すのです。そうすれば必ず道は拓ける。今の政府の対応では、国際社会が到底容認してくれません!」 
      
アメリカ政府の報道規制に近い意向を強いられており、外部の人間に発言して貰うことで「仕方がなかった」としたかったのだが、アンカーマンとして最低限の誘導をするしかなかった。リージェンツ教授が示唆してくれたように、仕事は何処にでもあるだろうと信じたい。名アンカーと言われるビーヴァー氏を降板させるかどうかは、局のお偉いさんが判断することだ。どこまで政府の意向が反映するのか分からないが、事の次第によっては就職活動で、降板に至った内情を暴露するつもりだ。局もどう判断するか、暫く静観していよう・・。                  ーーーー                     青瓦台、韓国大統領府は慌てふためいていた。北韓総督府から連絡があり、越山総督は体調を崩して訪韓中止し、訪韓団代表代理としてモリを当てさせて欲しいと言う。噂されていた北京入りはせずに、モリがソウルにやってくる。北京は面白く思わないだろう。

マスコミもモリのソウル入りを報じ始める。大統領復帰後の公式会談の相手が韓国となった。「モリがタクトを再び振るうのはソウル!」今回は裏方役に徹して殆ど関与していないモリに注目が集まるのも、「裏で采配を取っているのではないか?」と勝手に邪推されてしまうのかもしれない。各メディアの政治部エース記者達の訪問先が、北京からソウルに変更される。モリの北京訪問の情報は実態のない噂に過ぎないものだったが、各メディアの北京行きのチケットは前日キャンセルとなった。中国の航空会社には前日キャンセルなので、多少のプラス収入になったのではないだろうか。              

平壌空港に到着したモリと外相兼国防省のタニア・ボクシッチは驚いた。数多くのメディアが待ち構えていたからだ。

(つづく)

纏めて、殺ってオシマイ
Hey, bro!


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