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my favorite stories

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これまでnoteで読ませていただいたみなさんの物語を、お気に入りとして束ねました。基本的に一人一遍です。
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記事一覧

赤い実

赤い実

東京の深夜
コンクリートの白い壁に手をあてる
その冷たさに心がすこし痛んだ

ルイボスのティーバックは
乾燥が進んだと或る日、粉々になって
僕の頭上にぱらぱらと降ってきた
アパートは朝の6時を過ぎた頃だった
手でルイボスの残骸を払い落とすと
そこらじゅうから饐えた草の匂いがした

シャワーを浴びてすぐに仕事へ出る
恋人は近所のファミレスで勉強をすると言った

「湖」を貸してあげるから合間に読んでよ

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東京ネイビーコレクション

東京ネイビーコレクション

「東京ネイビーコレクション」―――私の部屋のクローゼットの名前だ。

小さい頃から、好きな色は?と聞かれたら「ネイビー」と即答してきた。だから、私の部屋のクローゼットの中身は、東京中のネイビーを集めたかのように、微妙に深味の異なるワンピースやニットが、グラデーションを描いている。

「女の子なんだから、もっと鮮やかな色を着たらどうなの?あなたの恰好は、まるでスクールガールじゃないの」と、40を過ぎ

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夏の名残り、野ばら (4286字)

夏の名残り、野ばら (4286字)

一時非公開とさせていただきます。2018年中に再公開します。

はしる

ぼくとあたしはけんかした
あたしはいかりにわなないて
ぼくのそばにいたくなくて
ぼくのかおをみたくなくて
ぼくにくるりとせなかをむけると
はしってぼくからとおざかった
ずんずんはしった
ひたすらはしった
ちのはてめざして
どこまでもはしった
はあはあ
たったっ
はあはあ
たったっ
はあはあ
はっはっ
はっはっ
はっ……
いきがきれて
たちどまったそこには
おいてきたはずのぼくのすがた
ちきゅうをい

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燃える街路樹をぬけて

1990年代初め、グルジア内戦の
ニュース映像に触発されて作った歌
(だったと思います)。

ある意味、自分の原点のひとつ
かもしれません。

当時のカセットテープの音源に
去年、版権フリー動画素材をコラージュして
一本の映像に仕立てました。

日々之雑感 28

日々之雑感 28

迷子になるのが平気な子どもだった。
知らない場所へ、まだ補助輪のついた自転車に乗ってどんどん行ってしまうような子どもだった。

家から少し離れた場所に踏切があった。
「1人であの踏切を越えて行っちゃダメだよ。車もたくさん走ってるし、ずーっと行ったらどこに行くのかわからないから、絶対に行っちゃダメだよ」
母は私に何度もそう言い聞かせた。私にそれを言うのは完全に逆効果だ。

踏切の向こうに行ったことは

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Ever losing memories.

Ever losing memories.

彼女と別れてから、3年近く経った。

「別れても、友達だからね。多分、映画とか、音楽の趣味があなた以上に合う人なんていないから、これからも付き合ってね、友達として。」と、陳腐な台詞を言い放ったのは彼女の方だった。

僕は正直なところ、会えば、抱きしめたくなるだろうし、キスだってしたくなるだろうし、それに言うまでもなく、それ以上のことを望んでしまうだろうし、無理だよ、無理!って、思ってた。

国語の

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寝ちがえる

さびしさを夢見ました
寝ちがえたせいか
めざめたのはわたしではなく
あなたで
光が影をいじめるから
みんな箱を愛してしまうのだ
なんてつぶやいていました
どちらかといえば挑んでいるまなざしで
ふわふわのカルテばかり食べている
お医者さまのつむじはロールケーキ
フォークを持つより希望のほうが軽い
みたいな顔していました
存在してないほうへ飛び立った青春も
すっかり年老いて
照れ笑いで
まだバカンスの

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路地の思い出

路地の思い出

由衣が四年生まで住んでいた町には、空き地がたくさんあった。廃墟とも呼べそうな工場跡もあった。かつて病院の庭だったという荒れた公園などもあり、すべてが子供たちの遊び場だった。大人たちは、このさびれた工業地帯に時代の疲れを見ていたが、由衣たち子供にとっては生まれ育ったジャングルだった。
それぞれの遊び場へ行くには、好んで路地裏を歩いた。
古い木造家屋の狭い暗い隙間を、体が小さいがゆえに楽々と、時には迷

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窓という窓を曇らせて

どうかそれぞれの扉から旅立ち
ぼくの雪を降らせ
ぼくの雪を融かしてほしい
水蒸気となって浮遊するあなたのために
どうか水晶の静寂を揺るがし
窓という窓を曇らせてほしい

それぞれの言葉がすれ違う午前二時に
どうか明滅する信号機よりも彼方から
あなたの季節を届けてほしい
受け取り主のない配達物よりも彼方へと
あなたの翼は放物線を描いて去っていくだろう
真冬の真横から射す陽光のように
なにひとつ温めな

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Malta Experience

Malta Experience

逃れるように日本を離れた。

夏菜子に何も言わずに日本を離れたのは初めてのことだ。面倒でも何処に行くか、いつ帰るかぐらいは伝えるのが彼女に対する礼儀だと思っていた。

会社では少し時期外れの年次休暇の消化という名目がすんなり通ったので少し気が楽になったけど、状況としては仕事からも夏菜子からも完全に遮断のみの理由で衝動的に行動したことには間違いがなかった。

行き詰まりを感じ始めていた頃、行きつけの

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誰も彼も優しさなんて持ちあわせてないよ

誰も彼も優しさなんて持ちあわせてないよ

或いは此処は、地獄の七時間半に違いない。パソコンが人間の数より並んで、足音ばかりが立派に響いて、お茶は無料だなんて言う。私は地獄で昼間を過ごし、夜は地獄とは少しだけ程遠い東京の端っこで恋人と丸くなる。

地獄の七時間半で、君は私に小さな手紙を書いていた。汚い字で書きなぐった紙の数は八枚ぽっちで、君と私の時間を埋めるには足りないけれど、でもインクの滲みや擦ってしまった跡だとか、いたるところに君が

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見えない境界

「大丈夫、気にしてないよ。」 最初は嘘だった。

でも、いつからか 使いすぎたその言葉を 自分の中で 嘘か本当か見分けられなくなっていっ た。

そのまま、たくさんの時間が過ぎて その言葉は本当になった。 何も気にならなくなった。

何処か無関心な自我の完成。

それは敵を作らない。 でも、本当に大切な人も作らない。

ひどく孤独な世界の完成。

自分だけが、とても気味悪く感じる そんな世界の裏側

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