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シン映画日記『ザ・ホエール』

ユナイテッドシネマ浦和にてダーレン・アロノフスキー監督・製作、ブレンダン・フレイザー主演映画『ザ・ホエール』を見てきた。

何と言っても272キロの超巨漢デブ玉男になったブレンダン・フレイザーのアカデミー主演男優賞の演技と特殊メイクに見る前から注目が集まったが、
272キロのデブ玉ネタはそのまんまに、
LGBT、宗教、多民族、ルッキズム、独身中年など、現代のアメリカの取り巻く環境がデブ玉男の家に集中した濃厚なラストデイズを深く味わえる重い重いヒューマンドラマだった。

272キロの体躯を持つチャーリーは、数年前に妻・娘と別れて、アイダホの自宅で大学の国文学の講義をオンライン講義をして生計を立て暮らす。亡くなった最愛のパートナーのアランの妹リズに、看護師の仕事の傍らで身の回りの面倒を見てもらって生活を送るが、チャーリーはアランの死のショックからさらに過食症になり、心不全を引き起こし、余命幾ばくもない状態に。そんな中で、チャーリーは疎遠になっている娘エリーとなんとか再会し、関係修復を試みる。

デブ玉男は己の巨体から歩行も歩行器がないと出来ない程で、日常生活にも支障をきたしているが、ほぼ毎日訪問するリズの助けをメインに、ランダムにやって来る訪問者らにもアシストをしてもらいながらなんとか暮らす。家の中はやや汚いが、リズの訪問のおかげでギリギリ汚部屋を回避している。

とにかく、おデブ過ぎて死にリーチがかかっているが、とてつもない病院嫌いのため、病院にかかることを頑なに拒み、食べたいだけ食べて、後は死を待つのみな感じ。
主食がフルサイズのピザで、毎日宅配で頼み、欲望赴くままに食べる。

まずはこの272キロ男チャーリーの272キロが見事に描けている。
人間、運動なしにひたすら食べまくるとブクブクに太る以外にも、例えば糖尿病とか何処かしらの内蔵病になり、そこから否応なく病院に入院しそうだが、三大成人病や内臓疾患は生まれ持った体質や親からの遺伝もある。
じゃないと、日本のプロの相撲取りの150キロ以上の人が何かしらの疾患持ちになってしまうが、それはそうなる可能性が高いだけで、必ずしもそうとは限らず、例えば、元大関で現・タレントのKONISHIKIは全盛時代275キロあり、プロレス界にも1960〜70年代に活躍したプロレスラー、ヘイスタック・カルホーンも273キロあった。
つまり、ブレンダン・フレイザーが演じるチャーリーは全盛時代の小錦やヘイスタック・カルホーンと同じ体躯をほこるが、
ここに来てようやく上が240の超高血圧と心不全という形で表れる。

いや、普通の人なら150キロ〜200キロぐらいの時から何かしらの体調の変化があり、そこで病院に行くが、看護師のリズのおかげで行かずに済んでしまった。
あと、オンライン講義の大学講師という便利な職のおかげで外に出なくていいし、お金も手に入る。
お金に心配しなくていいが、代わりに食べたい物も食べたいだけ買え、また身体を悪化させ、悪循環になっている。 
ピザも食べ放題、机の引き出しにはお菓子がいっぱいある辺りも272キロ男のリアルだし、
うっかり足元に落した鍵などに悪戦苦闘するのも272キロのリアル。
そんな普通では味わえない272キロ男のリアルを体験させてくれる。

それだけでもごっつぁんな気もするが、
本作にはさらに色々ある。
妻と別れた理由の一つにパートナーとの不倫があり、それがしかもLGBTのG案件だったりする。また、チャーリーの元に訪れる娘エリーもLGBTのLだったりし、本作は性の多様性を見せる映画でもある。
さらには、チャーリーの272キロの超デブ玉なルックスにはルッキズムの一面もある。チャーリーはオンライン講義では一人だけ姿を見せないで講義を行っている。やはり、チャーリーも己の姿を恥じているからであり、終盤にこれに関するある仕掛けがあり、ルッキズム問題の要素もある。

その上、本作には随時、ニューライフというキリスト教の宣教師トーマスが訪れ、その度に何かしらのトラブルに見舞われる。
ニューライフは実際にあるニューライフミニストリーズでプロテスタントになる。
実はアランとリズの兄妹も両親がニューライフの信者で若干関係していて、アランの死因もそこにあるようで、本作は宗教と切り離せない。
考えてみればま連日降る雨も旧約聖書のノアの方舟のようだし、チャーリーが学生らに講義しているのも「白鯨」でこれも旧約聖書に絡む作品だったりする。

つまり、272キロ男のあらゆる取り巻く環境・問題が偶然にも小説「白鯨」を取り巻く状況・問題に重なり合わさり、
終盤、意を決したかのようなラストに向かう。

やや鬱屈した感覚はあるが、
ラストは『レスラー』や『ブラック・スワン』ともダブったりする。
やっぱりダーレン・アロノフスキーらしい。

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