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マリトッツォとは自由である

悠々自適にUX研究していくことにした私(詳細を知りたいって人は第32Qを見て)。初回ではまず一世を風靡したあの『マリトッツォ』について書いていく。「マリトッツォのUX?」私も今の今までよく分かっていない。

どうなることやら

まずはじめに、マリトッツォというものは人間の欲望を引き出すのに最適な形をしている。パンとクリームが1:2:1の割合で綺麗にツライチになったその姿を前に、いったい誰が平常心を保っていられるだろうか。生クリームをひっそりと中に忍ばせてしまうようなシュークリームにはない貪欲さ。『甘味』を前面に押し出し、日々頑張る私たち=糖質中毒者にダイレクトメッセージを送ってくる。活力あふれる私たちであれば間違いなく「カロリーが怖いから」とすぐ手を引っ込めてしまうのだが、洋菓子店のあまい匂いにまんまと誘われているような中毒者には到底そんなことは考えられない。どことなくあのパ○クマンに似ているのも、忙殺され何かと癒しを求める私たちにクリティカルヒットしている。電話口で注文する時も「あのパ○クマンみたいなやつ」といえば外れないので頼みやすい。ちょっとしゃくれててこっち向いているように見える。寂しい私と向き合ってくれているのか?そんな形をしている。

雪のように積もる粉砂糖も私の心に光を宿すレフ板みたいなもの

マリトッツォの語源はイタリア語で夫と言う意味の “marito(マリート)”。古代ローマでは男性が甘いドルチェを婚約者にプレゼント、時には指輪をなかに入れて渡すこともあったらしい。マリトッツォは指輪のケースに見立てられてこうなったのか(何故かイタリアの本場のマリトッツォよりも、日本のマリトッツォの方がそれっぽい)。ただのお菓子でしかなかったのにいつの間にかそんな重い十字架を背負わされてしまったマリトッツォ、それゆえか東京で見るソレはとても綺麗な身なりをしている。苺やらマスカットやらが均等幅で断面に埋めつけられ生クリームから顔を覗かせている。日本の京都では"鴨川等間隔" という風習?があるらしいが、愛の軌跡は全世界共通「等幅で」がマストなのだ。

人の顔の形を模したマリトッツォ。その形と甘味で私たちの心と体を癒し、流した涙もそのしゃくれた下顎で受け止めてくれる。愛の軌跡はしっかり等間隔で埋め込まれており、これを愛と呼ばずしてなんと呼ぶのか。もしかするとマリトッツォは愛の形を見える化した世界で初めてのスイーツなのか?むかし、マリトッツォをひたすらつくるバイトをしたことがある私。ベルトコンベアに永遠と列を成すマリトッツォ。あの時は、こんなにも世の中にマリトッツォ需要があるのかと驚愕したけど。今ならその理由もすこしは分かるかもしれない。

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