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カフェレストラン・ミステリー

いつもと違う道を選んで帰っていると
今まで気がづかなかった細い路地を見つけた
その奥にあるレンガ調の外観の店が目に入る

チカチカと点滅する看板には
カタカナで「ミステリー」の文字
どうやらカフェレストランのようだ

時代が止まったようなそのお店
多少入りずらいが興味をそそられ重い扉を開けると
湿ったベルの音がカランと鳴った

店内は薄暗く他に客はいない
なんとなく、その名の通りミステリーの匂いがして
思わず刑事か名探偵にでもなった気分になる

奥から出て来た若い店員は
「いらっしゃいマセお好きな席へドウゾ」と
サイケ柄のエプロンで手を拭きながら出迎えた

窓際の奥の席を選んで座って店内を見渡す

カウンターに並べられた海外の小物に
抽象的な絵画やボタニカルな装飾
ウィスパーボイスのボサノヴァBGM
統一感の無いあれこれが不気味さを演出していた

「こちらメニューになりマス」

水と一緒に運ばれてきたメニューには
ミステリーランチとミステリーディナー
その二種類だけが大きく書かれていて
あとは小さな文字で簡単なドリンクがいくつか

料理の内容は書かれておらず
何が出て来るのかわからないまま
これもミステリーの醍醐味だと

「ではこれをお願いします」と
謎のミステリーディナーを指さした

ミステリーと歌っているからにはきっと
出て来るまで中身を聞くのはご法度なのだろう
、と思ったのだが

「今日のディナーはオムライスでス」

と店員は丁寧に教えてくれた
心を読まれたのか裏をかかれた気がして
負けじとコーヒーも追加した

待っている間に他のミステリー要素を探してみる

机の配置がどこか儀式ぽくはないか?
メニューに描かれた店のロゴが
どこぞの秘密結社に似てはいないか?
一部だけ色が変わっているあの壁に
実は隠し扉があったりするのかもしれない

壁に飾られた髭を蓄えた外国人の写真と
日本人離れした顔の店員に関係はあるのだろうか?

そんな事を考えていると
「お待たせしまシタ」と
オムライスが運ばれて来て

それはデミグラスソースが存分にかけられ
とても美味しそうではあるが
どこにもミステリー要素は見受けられない

真っ赤なケチャップで暗号でも書かれているのなら
そこから何か考察のし甲斐もあるのに
いや、ミステリーがそんなにわかりやすかったら
それはそれで拍子抜けか
普通に今日のオススメ的なやつなのだろう

店員はカウンターの奥へと消え
誰もいない店内で一人、ボサノヴァを聞きながら
もくもくとオムライスを口へと運んだ

なんなんだ!?
この店の何がミステリーなんだ!?

食べている間もそればかりが気になって
店内のどこかにまだ見逃しているミステリーが?
店員の制服にヒントでもあったのか?
オムライスの中に何か入っているのか?
いろいろと考えるが答えは見当たらない

「なぜミステリーって名前なんですか?」
と聞きたくなるが
さすがに聞いたら元も子もない

何度か通ってようやく気づく物かもしれないし
常連になってようやくわかるのかもしれない

それとも本当に何も無いのか?

オムライスを食べ終え水を飲み干した
閉店時間まで30分を切っているようだし
次回また挑戦しに来るかとレジでお会計を済ませる

「変わった店名ですね」
と、遠回しに聞いてみた

「でも近いうちに変えるんですよ」
と店員は薬指にはめた指輪を見せた

湿ったベルの音と同時に
「ありがとうございまシタ」と聞こえて来る
気にならない程度のたどたどしい日本語

店を出て改めて外観を改めて眺めていると
チカチカと点滅していた看板が
小刻みになり、灯りは消えた

家路へと向かう自分の中に残ったのは
満たされた空腹と
満たされないミステリーだった



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