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【頂を目指した戦士】『逃げずに向き合い続けた先の成長』~柳育崇~

柳育崇、29歳。熱血漢の進化が止まらない。

彼の今季のハイライトは、第36節・ホーム磐田戦だろう。前節・アウェイ山形戦はクラブ新記録の5連勝が懸かっていた。しかし、チームに体調不良者が続出。主力を欠いた状態で懸命に戦うも、敗れてしまう。柳も山形戦を欠場した一人だった。仕方ない部分があったとはいえ、ピッチに立てなかった責任と後悔は強かったはず。映像で見ることしかできない。今季から主将に任命された柳は、もどかしさを人一倍感じていただろう。

だからこそ、磐田戦では気迫がみなぎっていた。7分に先制を許す苦しい状況でスタートするも、柳はディフェンスラインの真ん中で力強いプレーを見せる。マッチアップするジャーメイン良に対して、激しく厳しく体を寄せて起点を作らせない。ロングボールが飛んでくると、圧倒的な高さで跳ね返す。地上戦でも、空中戦でも自由を与えず仕事をさせない。大きな声を張り上げて、味方に指示と檄も飛ばした。

彼の熱いプレーが呼び水となった。ファジアーノ岡山は攻守両面で磐田を押し返していき、37分に鈴木喜丈のゴールが決まる。同点で後半を迎えると、76分だった。右CK、仙波大志が滞空時間の長いボールを蹴り込むと、ファーサイドで背番号5が跳んだ。本山遥と木村太哉のブロックもあり、マークを完全に振り切った柳が頭でジャストミート。ヘディングシュートはGKの手を弾き、ゴールカバーに入っていた相手選手も諸共しない。真骨頂とも言える強烈なヘディングシュートがネットを揺らし、シティライトスタジアムが揺れた。

さらに90+1分だった。磐田の猛攻を受ける中、PA内で完全に揺さぶられてジャーメインにシュートを許す。GK堀田大暉は懸命に体を広げて防ごうとするも、シュートがすり抜けていく。

「終わった。同点だ」。

手のひらから勝利がこぼれ落ちることを覚悟した次の瞬間、柳が食い止めた。ゴールラインの手前でシュートを足で掻き出す。ボールから目を離さず、足を止めない。最後まであきらめない姿勢が勝点3を死守した。勝ち越しゴールを決め、同点ゴールを防ぐ。主将の値千金の活躍が、チームを今季初の逆転勝利に導いた。

シーズン終了後に柳の印象を聞かれると、チームを勝たせる絶対的なディフェンスリーダーで、チームに欠かせない大黒柱と答える。

しかし、柳にとって今シーズは決して順風満帆ではなかった。

チームが自陣からつなぐプレーを取り入れたことで、あまり得意としないビルドアップへの関与が増えた。相手FWに競り勝って跳ね返すだけでなく、奪ったボールを味方につながないといけない。ゴールを守ることに加え、守備から攻撃の切り替え時にも神経を使う必要がある。

また、チームとしてゴールキックを後方からつないで相手陣内に入っていくことを目指した。昨季は前線のターゲットを狙ったロングボールを蹴り込めば、ボール保持時の役割はほぼ終わっていた。しかし、今季は違う。CBの柳は相手のプレッシャーを受けながらプレーすることになり、その状況でもパスを味方に届けなければならない。さらに横パスやバックパスだけでなく、相手のプレスを掻い潜る縦パスも求められる。プレシーズンからパス練習やパス回しの練習に真剣に取り組んだ。第1節・磐田の前半に鋭い縦パスを打ち込んで相手のプレスを空転させたことが今も印象に残っている。得意ではないプレーに背を向けない。ひたむきな姿勢が実った瞬間だったから、うれしかったんだと思う。

柳が背負っていたものは、それだけではなかった。J2優勝とJ1昇格を掲げたチームの主将を任されたのだ。チームの先頭に立つ役割は、岡山に来る前、2021シーズンに栃木SCでも経験している。しかし、2023シーズンの岡山は大きな期待に囲まれていた。昨季を歴代最高の3位で終え、昇格プレーオフでは苦杯をなめるも、主力が残留したことで「今年こそ!」という思いを強く感じた。意気込んでいたのは監督、コーチ、選手、クラブスタッフだけでない。ファン、サポーター、スポンサーをはじめ、岡山県全体が悲願達成を願ったし、J1昇格を成し遂げられると信じていた。

期待と重圧は表裏一体だ。期待されると励みになるし、期待に応えようと頑張る。原動力になることは間違いない。しかし、期待が膨らんで受け止められないくらい大きくなると、重圧に変わる。期待されているからミスはできない、失敗は許されないという心理が働く。期待に応えようというプラスの方向ではなく、期待を裏切りたくないというマイナス方向になってしまう。もちろん、今季のファジアーノに対する期待が過度なものだったとは思わない。だが、柳が腕章を巻いていた栃木は残留争いをしていたチームで、プレッシャーの種類が違う。今まで味わったことのないものに直面して苦しむ。そういう経験をしたことのある人もいるのではないか。

今季の柳にはいろんな負荷がかかっていたのだ。得意ではないプレーを向上させて成長すること。大きな期待を浴びるチームの先頭に立って目標達成に導くこと。そのうえで、強みである力強いプレーでチームの勝利に貢献すること。いろんなものを背負いながらプレーしていた。

スポーツのパフォーマンス向上に必要な要素として、心技体が挙げられる。精神力(心)、技術(技)、体力(体)のの3つのバランスが整った時、最大限のパフォーマンスを発揮できる「フロー状態」に入るという。柳の立場になって考えると、心と技に負荷がかかっており、それが体に影響する。特に序盤戦は負の循環に入っていたように思う。

第7節・ホームいわき戦では、9分に右サイドからドリブルを仕掛けてきた相手選手に簡単にカットインを許して先制点を献上し、両手を広げながら天を仰いだ。第8節・アウェイ藤枝戦では22分に河野諒祐のCKを豪快なダイビングヘッドで合わせて先制点を奪ったものの、77分にはPA右に抜け出されて同点弾を許して頭を抱えた。第11節・ホーム山口戦では1‐0で迎えた17分に相手のミドルシュートが体に当たってネットに吸い込まれてしまう。自分に当たってしまったことで、シュートがゴール方向に飛んでいき、堀田大暉の手をすり抜けた。地面に倒れ込んで失点に直接関与してしまったことを悔やんだ。

極めつけは第18節・アウェイ栃木戦。古巣戦に気合十分だった。しかし、67分に飛んできたロングボールを見送ると、ボールの落下地点は予測よりも短い。最後まで走り続けた相手FWにバウンドしたボールを流し込まれて、勝ち越しゴールを許した。広げた両手を強く振り下げ、またしても悔しさを露わにした。

柳は苦しい時期を過ごした。勝点3が1に、勝点1が0になる。勝ちきれない試合が続きく。DFとして、主将として、その責任を感じずにはいられなかった。プレシーズンや開幕直後はうまくいっていたのに、なぜこんなにも勝てないのか。意図しない形で引き分けが積み重なる。なかなか勝利を手にできない。

チームがうまくいかなかった時期は一つの明確な理由があったのではなく、負傷者の続出や相手の対策、コンディション不良など、いろんな要素が複雑に絡み合った結果だっただろう。チームを引っ張る立場だからこそ、悩んだ。苦しんだ。もがいた。練習場では金山隼樹や濱田水輝と一緒にジョギングをする姿をよく目にした。経験豊富な彼らに相談し、意見を求めたのだろう。逆にベテランの2人が悩める背番号5を気にかけていた行動だったのかもしれない。

今季は本当に難しいシーズンだった。しかし、柳は逃げなかった。直面した困難と向き合い続けた。すると、彼のひたむきな姿勢が徐々に結実する。

基本フォーメーションが3バックになったこと、両脇にプレス耐性の優れた本山遥と鈴木喜丈を擁したことで、担っていたビルドアップの負担が軽減された。プレスを掻い潜る作業の大枠は本山と鈴木に任せつつ、機を見て縦パスをズバッと差し込む。構造上の役割過多から解放されただけでなく、一生懸命に日々のパス練習に打ち込んだ賜物でもある。インサイドキックのパススピードが上がったことは僕の目から見ても明らかで、スムーズに芝生を走るようになった。

引き分けの山を築いたことでJ2の頂という目標は難しくなった。それ自体は残念ではあるものの、逆転でプレーオフに進出するというチャレンジャーの立場が明確になると、プレッシャーから解放されたのか、パフォーマンスがさらに上がった。終盤戦は存在感がより一層大きくなり、毎試合でマッチアップする相手FWを完全にシャットアウト。得意の空中戦だけでなく、3バックの中央でプレーするようになってから磨かれた的確なカバーリングでもピンチを防ぐ。贔屓目なしにJ2で5本の指に入るCBへと成長を遂げた。その頼もしさは、欠場した第35節・アウェイ山形戦、第41節・秋田戦、第42節・金沢戦から強烈に感じた。

「ヤナがいれば、防げていたんじゃないか」。

序盤は失点に直結するミスを重ねた背番号5は、いつしか最も頼れるDFとなっていた。

得意ではないプレーと向き合い続け、大きな期待を背負い続け、チームの先頭に立ち続けた柳はプレーヤーとして、人間として大きく成長した。それでも、個人として掲げた10ゴール、チームとして掲げたJ2優勝とJ1昇格は達成できなかった。

柳は来年、30歳になる。サッカー選手として最も脂の乗った年齢だ。リーグ屈指の選手になったことで、他チームからオファーが届いても不思議ではない。しかし、まだやり残したことがある。来季も一緒に戦いたい。岡山で悲願達成の瞬間を共に味わいたい。柳は結果を残して、のし上がってきた選手だ。これからも成長を追い求めるだろう。ハングリー精神を持つ柳と目標に向かって走る。その先に、笑顔でシャーレを掲げる姿が見たい。


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