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仲間意識が差別を生む。映画『グリーンブック』が映す人種差別の本質

本年度アカデミー賞作品賞、助演男優賞、脚本賞に輝き、満を持して公開した映画『グリーン・ブック』。

人種が入り混じることがなかった島国・日本、特にその時代を生きていなかった私たちの世代にとって、黒人に対する人種差別はどこかフィクションのように感じるが、紛れもなく存在した社会問題である。

今でこそ、政治やスポーツ、スクリーンにおいて、白人と対等に渡り合う彼らだが、そこに到るまでにどれだけの人の血と涙が落とされ、踏みにじれたかは計り知れない。

本作の舞台は1962年のアメリカ。まだ人種差別が色濃く残る時代に出会った白人と黒人の友情物語である。と言うと、あたかも白人が黒人に歩み寄り、手と手を取り合ったように聞こえるかも知れないが、そうではない。

本作が、評価されるべきは人種差別が生まれる本質を捉えたことである。

なぜ、白人は黒人を忌み嫌うのか。
肌の色が違うから?
事実、そうだろうが、本質ではない。

答えは明快。

怖いからだ。

同じ動きをするが、自分たちとは肌の色が違う、得体の知れない人種。黒人にはじめて会った白人は、そのようなことを判断したのだろう。

怖いから、先手を打って虐げる。その先手が後世まで引き継がれ、彼らは見下し、粗雑に扱っていいという常識を生み出したのだ。

さて、ここで思うことがある。白人が黒人を怖がって嫌ったように、黒人も白人を恐れて避けるようになったのではないかと。つまり、黒人も白人を差別していたに違いないということだ。

差別とは、強者が弱者に対して行なうことだという固定観念を持っている人は少なくないだろう。私はそうであった。

本作の興味深いところは、この時代の一般的な主従関係とは異なり、「黒人が主人で、白人が従者」である点だ。決して、映画『最強のふたり』の二番煎じなどではないから、ご安心いただきたい。

前置きが随分と長くなってしまったが、いつものように本作のあらすじを映画.comより抜粋する。

1962年、ニューヨークの高級クラブで用心棒として働くトニー・リップは、粗野で無教養だが口が達者で、何かと周囲から頼りにされていた。クラブが改装のため閉鎖になり、しばらくの間、無職になってしまったトニーは、南部でコンサートツアーを計画する黒人ジャズピアニストのドクター・シャーリーに運転手として雇われる。黒人差別が色濃い南部へ、あえてツアーにでかけようとするドクター・シャーリーと、黒人用旅行ガイド「グリーンブック」を頼りに、その旅に同行することになったトニー。出自も性格も全く異なる2人は、当初は衝突を繰り返すものの、次第に友情を築いていく。
映画.com

※以降、ネタバレを含むことがあるので、あらかじめご理解いただきたい。

ドクターは有名な才あるジャズピアニストであり、富裕層であり、気品もあり、知性もある人物だ。白人も彼のコンサートにこぞって参加する。けれど、それは彼を認めたわけではない。才能を認められた彼の音楽を、文化として享受しようとするのみである。

ドクターがコンサートで素晴らしい演奏を披露すると、観客はスタンディングオベーションで賞賛する。彼を笑顔で迎え入れる。しかし、彼が屋敷のトイレを使用しようとすると、主催者はニコニコしながら止め、屋敷の黒人の使用人が使う庭のオンボロトイレを使うように説得する。主賓であるドクターに対して、失礼極まりないことは明白。しかし、それがその時代の常識だったのだ。黒人には、許されない暗黙のルールが存在していた。

さらに、黒人であるドクターは同じ黒人からも一線を引かれていた。白人を従え、綺麗な服を着て、たくさんのお金を持っている彼に対して、優しい視線を送る人物は一人もいない。断っておくが、ドクターは傲慢な男ではない。紳士でいて、気概のある男だ。しかし、彼は一人だった。黒人の仲間もいない。唯一の肉親である兄とも疎遠になっていた。

彼の元で運転手兼ボディーガードとしてドクターに雇われたトニーもはじめは、黒人が差別されることに何ら疑問を抱くことはなかった。

しかし、ドクターとともに過ごすトニーは、彼の人柄や知性、品性、才能に触れ、少しずつ彼に対して好感を持ちはじめる。

すると、彼が受ける差別や不当な扱いを目の当たりにしたとき、どうしようもない怒りと悲しみがこみ上げる。

トニーはなぜ、そのような感情を抱いたのか?

それは、ドクターのことを“仲間”だと認識したからだ。守り、愛すべき仲間だと。

私は、本作を通じてこの“仲間意識”が人種差別を生む源、つまり本質であると感じた。

先述の肌の色が異なることも仲間ではないという認識、同じ黒人が異なる身分を持つドクターに冷たい視線を送るのも仲間ではないという認識がそうしている。

一方でトニーは知った。ドクターが仲間であることを。

この仲間意識は、現在も世界の至る所で大きなものから小さなものまで存在する。いじめもそのひとつかもしれない。きっと、世界から消えてなくなることはない。けれど、仲間意識が大きなものになればなるほど、差別は少なくなっていくのだろう。そう想いを馳せた。

ドクターも心のどこかで差別していたのだろう。周りの白人や同じ黒人に対して、心のどこかで仲間ではないと。しかし、雪解けは近い。

旅の終わりに、トニーはドクターにこう伝える。

「寂しい時は、自分から先手を打つんだ」

トニーの言葉がドクターにどのような行動をさせたのか。

答えは劇場でお確かめあれ。

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