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美術館のすすめ

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美術館の展示レビューです
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旅に出て、そして日常に戻るということ(中之島美術館にて)

旅に出て、そして日常に戻るということ(中之島美術館にて)

帰ってきた。東京に。
私も夫も、東京生まれではないのにすっかり東京がホームになっていることにふと気付く。私はしょっちゅう実家が引っ越していたこともあり、あまり「地元」という感覚がないまま大人になったのだけれど、社会人になって自分で選んだ街に住み、家族ができて初めてようやく東京の片隅に「自分の居場所」ができつつあることにちょっと嬉しくなる。

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旅から帰ると毎回数日間はふわふわした気持ちで過ごす

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8年という時の流れを感じながら(国立西洋美術館にて)

8年という時の流れを感じながら(国立西洋美術館にて)

とある秋晴れの日、私は国立西洋美術館に向かっていた。現在開催中のキュビズム展に行くためだ。ちょっとまだ紅葉には早いものの、ちょうどよい気候と少しだけ色付いた葉に秋の始まりを感じた。

今回のキュビズム展はパリのポンピドゥーセンターから50点以上が初来日しており、日本では50年ぶりとなる大キュビズム展だそう。

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ポンピドゥーセンターと聞いて思い出した展示がある。2016年に東京都美術館で開催さ

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実はずっと前から始まっていたのかもしれない、旅のこと(DIC川村記念美術館にて)

実はずっと前から始まっていたのかもしれない、旅のこと(DIC川村記念美術館にて)

「行きたいなぁ、でも遠いしなぁ」
「行きたいなぁ、でも仕事があるから」

人は、つい行動しない言い訳を作ってしまう。そして、今日も昨日と変わらぬ1日を過ごしてしまう。もし、あのとき、あの日、行動していたら。そんな瞬間は誰にでもあるものなのかもしれない。

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繁忙期真っ只中の前職での昼休み、サンドイッチを片手にスマホでとある美術館のHPを眺めていた。

「明日、有給を取れば行ける、、、。でも無理

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『アートとは「二度出会う」』(ポーラ美術館にて)

『アートとは「二度出会う」』(ポーラ美術館にて)

どうやら5月は私にとって旅の季節のようだ。旅をすることで、自分の中の何かがくるくると新しく変化している気がする。非日常を経験することで、日常も少しずつ変わっていくのかもしれない。

先日も長野へ行ったばかりだけれど、今回は夫と一緒に東京駅へ向かった。

夫と私は、ほとんど背格好も一緒だし、顔が似てるねと友人や両親に言われるし、誕生日もかなり近いし、家族でもあり恋人でもあり親友でもあるような不思議な

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深い深い青に魅せられて(長野県立美術館にて)

深い深い青に魅せられて(長野県立美術館にて)

ゴールデンウィーク、街はいつもより行き交う車の数が少なく、のんびりとした雰囲気が漂っている。反面、東京駅はものすごい数の人が行ったり来たりしていた。

みなトランクや大きな荷物を抱えて改札口を通っていくけれど、私は小さな鞄一つ、一人で新幹線のホームへ向かう。

このタイミングで新幹線のチケットを取っておいて良かった、と思う。今後のキャリアやプライベートのことなど、ゆっくりと一人で考えたいことがたく

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春はあっという間に手からこぼれ落ちていく

春はあっという間に手からこぼれ落ちていく

桜の季節が終わった夜の上野公園は、お花見のときの人混みが嘘かのようにひっそりとしていた。人も少なく、美術館だけが明るい。静かな上野公園もいいな、と思いながら国立西洋美術館に向かう。

ひっそりと暗い闇の中、ロダンの≪地獄の門≫が煌々と光に照らされていた。

夜に見る彫刻は、不気味なほどの美しさを放っている。

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そして、4月がやってきた(東京国立近代美術館にて)

そして、4月がやってきた(東京国立近代美術館にて)

3月31日、夜。
私は竹橋の東京国立近代美術館にいた。絵の前で頭を空っぽにして息を吸う。
絵と向き合うときだけは、今日の晩御飯のことも、仕事のことも、週末のことも、出さなければいけないゴミのことも全て忘れて、今ここに集中している気がする。

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3月31日は、社会人になってから何度

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「I'm in the pink.」忘れられない絵

「I'm in the pink.」忘れられない絵

忘れられない出会いは人生で何回あるだろう。
私の人生に影響を与えた人はたくさんいて、それは友人だったり同僚だったり夫だったりするのだけれど、忘れられない絵との出会い、というのもある。きっとそれは誰かにとっては音楽だったり、本だったり、映画だったり、スポーツだったりするのだろう。

いくつかの記憶に残る絵があり、今でも追いかけ続けているいくつかの絵がある。ある日、あの時、あそこにいなければ出会えなか

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東京駅とアーティゾン美術館と自画像の話などを

東京駅とアーティゾン美術館と自画像の話などを

天気の良いとある日、私は東京駅にいた。東京駅にはいつだってたくさんの人がいる。ここからどこかへ行く人、ここへ帰ってくる人。東京駅にいると、まるでちょっと空港にいるかのような非日常感がある。私以外の全員がものすごいスピードで動いていくような、自分だけがここに取り残されているような不思議な感覚に囚われながら仕事へ向かった。

仕事を終えて、あまりにも天気の良い日だったのでそのまま帰宅するのがもったいな

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一瞬のきらめきを掴む

一瞬のきらめきを掴む

いつからか、私のスマホのメールボックスは仕事関係か、あるいは銀行やカード会社からのお知らせのメールだけになった。大抵の友人とはLINEでつながっているし、メールの受信トレイを開くのが楽しみなんてことはもうないのか、と思うとちょっと切ない。

私はあえてこの時代にポストカードやクリスマスカードを書くことが好きなのだけれど、久々にメールなるものを書いてみてもいいかもな、なんて思う。

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金曜の夜の贅沢(三菱一号館美術館にて)

金曜の夜の贅沢(三菱一号館美術館にて)

金曜日の夜、仕事を終えて、いつもと違う電車に乗り、私は東京駅へ向かう。

東京駅で降り、帰宅するために駅へ向かう人々と、逆方向へ私は歩いていく。

東京駅から歩いて5分ほど。赤いレンガ造りの建物が見えてくる。そう、三菱一号館美術館だ。

華金、なんて言葉があるけれど、私はどちらかと言えば、金曜日の夜は飲みにいくよりも、ゆっくり美術館で過ごす方が好きだった。大学4年生の頃、アートにハマり始めた私は、

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厳しい冬を乗り越えて(東京都写真美術館にて)

厳しい冬を乗り越えて(東京都写真美術館にて)

星野道夫さん、というと私が思い出すのが現代国語の教科書だ。内容はあまり覚えていないが、当時私が読んでいた国語の教科書に星野道夫さんの文章が掲載されていた。教科書のプロフィールに記載されていた、彼が数多くの動物や自然の写真を撮っていたこと、そして取材中にヒグマに襲われ、急逝されたことを覚えている。

当時の私にとっては、国語の教科書は癒しだった。幼い頃からたくさん本を読んできたからか、国語は得意でど

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人生、ずっと考え中(国立新美術館にて)

人生、ずっと考え中(国立新美術館にて)

六本木で降りたのは久々だ。前に来たのはいつだっけ、と記憶をたどる。いつだかの夏、幼馴染と六本木の国立新美術館に来た。カフェのテラスでお茶をしたのがとても気持ち良かったことを覚えている。青々とした夏の緑と夏の風。夕方になってもまだ明るい空。

もうあれから何年経っただろう。ここ最近の私は、記憶とその頃に見た美術館の展示が結びついていることが多い気がする。まるでそれは、高校生のときに散々自転車に乗りな

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「才能がある?それどころか、ありすぎる」(東京都美術館にて)

「才能がある?それどころか、ありすぎる」(東京都美術館にて)

自分の人生はあと何年くらい残されているのだろうか。

たまにふと考えるけれど、現代の日本に生きる我々は事故とか、病気とか、天災とか、何か自分ではどうしようもないことに巻き込まれない限りはおそらくあと50年くらいは生きることができるのではないか、と当たり前のように明日があることを考えている自分がいる。まあ、なにせ人生100年時代である。とはいえ、何が起きるかは誰にも分からないけれど。

そんなことを

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