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【読書ノート】「エネルギー危機の深層 ――ロシア・ウクライナ戦争と石油ガス資源の未来」 原田大輔(著)

著者はJOGMEC(エネルギー・金属鉱物資源機構)の調査部課長で、長年ロシアのエネルギー問題を研究している専門家。本著はウクライナ侵攻を機に「前例なき対露制裁」を受けているロシアをエネルギーの視点から徹底的に読み解く試み。石油・天然ガスをめぐる最新地図の膨大な情報が記載されており、ロシアのエネルギー問題の現在とその「深層」が良く理解出来る内容。
● ダニエル・ヤーギンが「新しい世界の資源地図」で述べていたのと同様、著者も「化石燃料需要は減少するにしても、少なくと中長期にわたって、調達が必要なエネルギー源」と結論づけている。自然エネルギーや水素などの脱炭素の動きがどれだけ加速しようとも、化石燃料は人類にとって当分必要とされると言える。
● 制裁によってロシアは長期にわたって弱体していく孤立していくと筆者は結論付けているが、私はむしろ非欧米圏(独裁政権国家群)が自分たちでエネルギーを回し自給自足できる体制に変化しつつあると感じる。ウクライナ戦争を機にロシア・中国・インドなどの国々の結束が強化され、力をつけて欧米圏から完全に自立していく速度が加速するのではないだろうか。

序章 激変するエネルギー資源情勢
第1章 エネルギー問題としてのロシア・ウクライナ戦争
第2章 前例なき対露制裁―実態とその効果
第3章 制裁の応酬と加速する脱ロシア
第4章 エネルギー危機はいつまで続くか
第5章 脱炭素とエネルギー資源の未来
終章 日本の選択


以下、気になった個所を抜粋


欧米企業の撤退

  ロシアによるウクライナ侵攻を受け、ロシアで活動する外国企業はレピュテーション(評判)・リスクの回避を目的に撤退する企業と、戦況を見つつ残留することを選ぶ企業とに分かれた。欧米石油メジャーでは前者はロスネフチの大株主であるBPサハリン1のオペレーターであるエクソンモービルサハリン2のシェル等が挙げられる。後者では ロシア第2位の天然ガス生産を誇るノバティックの大株主であるフランスのトタル(現トータルエナジーズ)が代表であり、サハリン、東シベリアおよび北極圏に権益を有する日本政府および企業も後者選んでいる。118

  BP、エクソンモービルおよびシェル等の撤退を選択した企業の判断は、ロシアに対する制裁にはなり得ず、あくまで自社のレピュテーション・リスクと株価の下落回避を考慮したものであり、企業が自らの株価を守りたい、株主の利益を守りたいというある意味では利己的な動機が背景にある。また、これら企業はロシア事業でこれまで投下したコストの回収をすでに終えており、今ここで撤退したとしても損はないという判断も働いているだろう。ノバティックに出資するタトルが撤退の判断をしないのは、同社社長が言うように欧州へのLNGの安定供給を確保するという理由もあるが、出資したノバティック株式、ヤマルLNG、そして北極LNG-2等の各プロジェクトにおいて、まだコスト回収が終わってないという事情もある。
  重要な点として指摘しなければならないのは、企業としては自社の利益を追求するので当然だが、これら撤退した欧米企業の姿勢には、需要者の視点、生産操業の維持による需要者への安定供給の観点が抜けてるという点である。 権益を手放せばロシア政府が接収し、「友好国」へ再配分するカードをプレゼントすることになるのも問題だが、ロシアにはない技術やノウハウを有するメジャー企業の撤退によって、それぞれのプロジェクトの操業が不安定になる可能性が高まる。生産停止にまで至れば、誰が最も影響を受けるかと言えば、そこから石油ガスを輸入してる需要者であり市場、つまり、サハリンのプロジェクトであれば日本を中心としたアジア諸国となる。彼らの撤退の判断が中には、レピュテーション・リスクの回避と自社株の維持だけが優先され、ロシアを利する「友好国」への権益の再配分問題やプロジェクトから生産させる石油ガスを長年購入してきた重要者に対する範囲が抜け落ちてしまっている。119-120

新規のLNGプロジェクト

 ・・・欧州最大のエネルギー需要国であるドイツは、ハーベック経済・気候保護相がロシア産化石燃料の輸入を削減し、2024年半ばまでに同国産ガスへの依存からほぼ完全に脱却する計画について明らかにした。
・・・実際短期的な天然ガス需要見通しを見ると、2024年から2027年にかけて、新規のLNGプロジェクトが北米、カタール、アフリカで立ち上がる。その積算合金は日本LNG需要の2倍に匹敵する1.5m億トン(LNG換算、204 BCM相当)、うちロシアのプロジェクトである北極LNG-2を除いても1.3億トン以上と見積もられ、ロシアの天然ガス輸出量を超える規模である。 受け入れターミナルの問題もあるもの、欧州のロシアガス代替は不可能ではない。他方で、それまでロシア産ガスの不在・不足によって今後数年にわたって、欧州ガス市場は綱渡りが続くことが予測される。137

欧米のLNG製品禁輸措置

 ブチャでの虐殺事件を受け4月8日に発動されたEU制裁第5パッケージには、 目玉となった石炭禁輸措置の陰で、きわめて重要な輸出管理規制が盛り込まれていた。先にも触れたLNG関連6製品である。
 欧米企業の特許を有し、ロシアではまだ黎明期のLNG技術が制裁対象となれば、ロシア政府が目指す2035年に向けたLNG拡張計画が大きく狂うことは確実となる。それは将来の話だけではなく、ドイツのLINDE社の技術を採用している日本政府・企業も出資する北極LNG-2(年間LNG生産量1980万トン)およびバルト海ウスチ・ルーガルLNG(1300万トン)プロジェクトにも既に直接影響を及ぼしている。
 ロシアは2019年時点で中規模・大規模LNGプラントで使用する極低温温熱交換器の100%、極低温ポンプの95%を輸入に依存しており、EUの制裁では2022年2月26日より前に締結された契約は2022年5月27日までにウィンドフォール(猶予)期間が1ヶ月余り設けられていた。しかし、北極LNG-2については、3つ建造される液化系列(トレイン)のうち1トレインしか設備の調達はできてない。ウスチ・ルーガルLNGに至っては調達の目途すら立っていない状況に追い込まれている。 
・・・世界のLNG需要の今後の上昇と、現在計画されているLNGプロジェクトの供給見通しを見ると楽観はできない。EU制裁によって、北極LNG-2について1トレインしか稼働しないという前提では、2025年から2026年にかけて世界のLNG需要が逼迫することが見通しされ、もし1つも稼働しなければショート(供給途絶)を起こす可能性もあるからだ。
欧州はなぜドイツ企業が技術供与し、フランスのトタルを中心に中国及び日本も参画するプロジェクトに影響を与えるようなLNG製品禁輸措置を盛り込んだのか。自らもロシア産LNGの大顧客であり、天然ガス禁輸に踏み込めない理由を理解していながら、自らの首を絞めるような措置を盛り込んだ真意は未だに分からない。151-153

LNGの禁輸措置は欧州制裁のみであり、米国や日本、英国は現時点では行っていない。・・・当該LNG機器の輸出は事実上可能である。
 しかしながら、これらプロジェクトに問題が生じた場合に、プラントを建設した日本企業が欧州に断りなく、日本政府が制裁を課していないという理由だけでLNG機器をロシアへ輸出するとは考えにくい。そのようなことをすれば、世間の耳目を集めることになり、レピュテーション・リスクや報酬地域での企業活動への影響出てくる可能性もあるからだ。つまり、これらプラントに問題が生じた場合に、 欧州制裁によって生産復旧に向けた即効性のある対応ができない可能性が生じてるのが現状であり、このこともエネルギー危機を長期間にわたってもたらす要因になっている。 178-179

水素

  戦略の中で注目されるのは、ロシアが水素を石油天然ガスに置き換わる敵というよりは、石油天然ガスに加わるプラスアルファの商機として捉えており、欧州の動きを見極めながら、石油天然ガスより高く売れ、彼らが望む気候中立な水素を生産するプロセスの研究を、そのソースとなる天然ガスを保有するガスプロムに(ブルー水素・ターコイズ水素)、水素生成の方法である水の電気分解について、二酸化体操を排出しない電源である原子力発電を司るロスアトムに(イエローまたピンク水素)、それぞれ進めさせようとしていることである。この方針は長年の原料輸出経済から脱し付加価値を加えた製品輸出による国益の最大化を図ろうとしているロシアの方向性にも合致する。189

ロシアのLNG

 パイプラインだけではない。独占企業ガスプロムに対する批判をかわしながら、欧州諸国から親露国を抽出し、さらにロシアにはまだない技術として天然ガスの海上輸送を可能にし、世界市場へそのシェアを拡大できるLNG分野と莫大な天然ガス資源が眠るロシア最後のフロンティアである北極域開発への足がかりも得るという一挙四得の手として、2011年にフランスの石油メージャーであるトタルを(純民間でガスプロムに次ぐ生産量を誇る)独立ガス生産企業ノバテックの大株主として迎え、ヤマルLNGプロジェクトを実現している。
 このように欧州連合においては、欧州レベルではロシアリスクを盾にその政策権限の強化を図る一方で、各加盟国にはロシアから安価な天然ガス調達、ビジネス促進、供給ソースとルートの多様化も進めてきた。ロシア外しをすると見せかけながら(実際その方向は維持してる)、その競争環境を整えることで最終的には安価な天然ガス資源確保を実現してきたとも言えるのである。216 - 217

ダイベストメント

  さらに事態を深刻化させる可能性があるのが、 脱炭素の世界潮流の中で生まれた化石燃料上流投資に対する回避行動「ダイベストメント」の動きである。化石燃料投資からの撤退と自然エネルギー投資を促すダイベストメント運動は、2011年から米国の大学の学生運動から始まったと言われている。気候変動問題がクローズアップされる中、世界的に広まり、脱炭素に向けた各国の意志表明がピークを迎えるCOP26では、米国を含む20カ国と欧州投資銀行の5機関が2022年末までに国外の化石燃料事業(対象は排出される二酸化炭素に対する対策を施していない)への直接的な融資を全面的に停止することに合意している(日本は参加せず)。これまでダイベストメントを表明した年金基金や大学、自治体等は世界で1591に上がり、5年間で2倍に増えてるほか、運用資産額は約41兆ドルに上るとも言われています。221

エネルギー安全保障を高める3つの多様化

   そもそもエネルギー安全保障とは、その国に「必要十分な量のエネルギーを合理的・手頃な価格で確保するとともに、その確保に当たってはその国家や 経済主体が意思決定や外交などの自由度を失わないこと」とされる。そして、その実現は①エネルギー自給率の向上、②エネルギー供給限の多様化、③供給者との関係安定化、④緊急事態対応能力の強化、⑤産業競争力の強化、⑥供給チェーンの安全確保で6つの政策を通じて達成されていく。
   1913年、チャーチル海軍大臣(当時)が自国産石炭から石油へと海軍艦隊の動力源を移行する決断した際に語ったという金言「石油の安全性と確実性(安全保障)は、 多様性と多様性だけで決まる」に表れているように、エネルギー安全保障強化の根幹に多様化が不可欠であるということは論を俟たない。具体的には3つの多様化、すなわちエネルギー供給源の多様化(自国産エネルギー開発や供給国との緊密な関係強化、国内備蓄も包含する)、エネルギー供給ルートの多様化、そして合理的な価格での資源調達と産業競争力の強化にも資するエネルギー取引の多様化である。231-232。

制裁と日本

・・・ロシアによるウクライナ侵攻は石油市場と天然ガス市場それぞれに激震を引き起こすトリガーとなった。石油市場では欧米制裁によるロシア産石油禁輸措置の発動であり、日本はロシア産石油について、LNG供給途絶を回避すべく、サハリン2が輸出する原油「サハリン・ブレンド」以外については2022年5月に年内の石油禁輸を表明し、12月5日から禁輸を発動した結果、その輸入量は2021年の3.6% から22年の1.5%に減少している。天然ガスについては欧米の禁輸対象にはなっていないが、・・・2021年の輸入額に比べ、 2022年は約1.8倍の6776億円(同シェア9.5%)を記録している。
 結果として、日本は原油調達では中東依存をさらに上昇させ、天然ガス調達総額においては、東日本大震災に伴う原発停止とLNGの大規模調達により過去最大に膨らんだLNG輸入額(2014年7.9兆円を記録)をさらに更新し、2022年2月には 8.4兆円となった。このことは、脱炭素が進もうとも化石燃料がある一定のシェアを占めていくことが予想される中で、資源高に起因する貿易赤字拡大を抑成し、国富流出を防ぐべく、早急に対応策を練り、実行していく必要があることを示している。237

日本の方向性

ロシア・ウクライナ戦争の勃発を受けて、日本は国際社会の一員として欧米諸国と迅速に足並を揃え、侵攻から3ヶ月後にはロシアの財政の本丸である同国産石油の禁輸措置にまで踏み込んだ。そこには日本が原因エネルギー安全保障におけるロシアの重要性を理解しながら、国際法を無視するロシアの暴挙に対して、毅然とした態度を世界に示すことが国際社会における日本の国益を守る上でより重要だとする判断がある。・・・一方において、やみくもに欧米制裁に追従するのではなく、制裁の効果と実効性、日本への影響分析は不可欠だろう。例えば、日本企業が保有するエネルギー権益については、撤退すれば、その権益がロシアやロシアの「友好国」に再分配されるだけであり、逆に権益を死守することこそがロシアを利さないということもありうる。こうした冷静な分析が書かせない。247

(2024年3月19日)


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