マガジンのカバー画像

短編小説、エッセイなど

5
運営しているクリエイター

記事一覧

【短編小説】散歩というには

【短編小説】散歩というには

朝のルーティンをひと通り終え、すっかりぬるくなったコーヒーを飲みながらスマホの追跡アプリを起動する。そろそろだ。丸い点が動きはじめた。うなるようにため息を吐く。息苦しく、背後から追い立てられる焦燥感に思わず唇を噛み締めた。

浮気がバレた時、妻は声を荒げるでも、取り乱すでもなく、ただ淡々と事実確認をしていった。そして最後に貴方はこれからどうしたいのかと聞かれた。

もとより、妻に不満がある訳ではな

もっとみる
名前も知らない同性に告白した話

名前も知らない同性に告白した話

付き合っている男性がいるのに、同性の女の子に告白したことがある。

夏の避暑地で開催されたアート系イベントのボランティアで会った彼女は、緑色のショートボブにメガネをかけ、私とは違う方言を使っていた。見た瞬間からなぜだか心惹かれて、仕事そっちのけでいつも目で追っていた。

私たちボランティアは首から下げた名札にニックネームだけ書いていた。だから本名も年齢も住んでる場所も知らないままだった。

ろくに

もっとみる
【掌編小説】かにぱん

【掌編小説】かにぱん

幼馴染のミオに好きな先輩がいると打ち明けたのは新学期が始まってすぐの頃だった。

先輩とは夏合宿で少し仲良くなり、様子を伺いながらなら、ふざけたり出来るようになった。

そして文化祭翌日の今日、先輩に告られたとミオに言われた。「ごめんね、ごめんね」と泣くミオをおいて学校を出た。

そんな訳で家からも学校からも遠い公園のベンチに座ってかにぱんを食べている。

何かをはじめるのはいつも私だけど、最後に

もっとみる
140字小説 2月お題「分」

140字小説 2月お題「分」

ほしおさなえさん主催「星々」への参加作です。

No.1
繁華街の煉瓦塀に寄り掛かっている男を見た瞬間、私は一目で彼が人ではない者だと分かった。街行く人は気づいていないのか、誰も彼に気を留めない。私が見ていることに気づいた彼が笑顔でこちらに向かってくる。「騙されないぞ、私には分かってる!」そう叫んで目が覚めた。いつもの悪夢だった。

No.2
大通りを脇に入った先に雪野原が広がっていて、満月の今夜

もっとみる
【ss】 49

【ss】 49

幼い頃の姿をした妹がプレゼントを持ってやってきた。妹は今17歳のはずだから、ああこれは夢なんだとわかった。

おかっぱ頭に不揃いなガタガタの前髪だから幼稚園の頃だろうか、母が散髪していたあの当時の私たちの前髪はいつもガタガタだった。幼い姿をしているクセにやけに大人びた口調で、「私にはもう必要ないものだから、お姉ちゃんにあげるね」と黄色いリボンのかかった包みを渡してくる。

リボンは指先でそっと触れ

もっとみる