見出し画像

子供のウエイトリフティング選手における障害予防の考え方:03[怪我予防の視点]

アスレティックトレーナーのあおしまです。02に続き、小中学の成長期にあたるウエイトリフティング選手や、初心者を対象とした怪我予防のポイントについて考えていきます。



1.突発性外傷と慢性の怪我

ウエイトリフティング競技では怪我発生の機序は、競技経験の長さ(量)によって異なる傾向があります。

初心者や小中学生の選手に起こる怪我の特徴は、突発性の外傷が多く、重量の選択と操作技術のミスマッチによるものが多くみられます。

一方、高校生以上の競技歴を重ねてきている選手は、突発的な外傷だけでなく、慢性的な怪我を抱えている場合が多くなります。

これは、選手個別の問題と練習環境ならびにトレーニング量の要因が複雑に関係しますが、概ね、技術の習得が進むにつれて、操作ミスによる突発的な外傷は減る傾向にあります。

その代わりに、重量への挑戦や反復練習の量が増えていくことから、慢性的な怪我の素地を作ることになります。

こうした怪我を未然に防ぐためには、やはり「正しい動作技術」の習得を鍛錬することに他ならないのですが、そうは言っても怪我の起こりやすい箇所にねらいを絞って予防することが大切です。


2.怪我の多い部位

ある高校生のウエイトリフティング部(全国大会出場レベル)に行った障害調査アンケート(通常練習における部位ごとの痛みとその状況 n=20)を見ると、痛みを感じながら練習をしている部位の多くは膝と腰が多く、続いて肩・肩甲体のトラブルを抱えている選手も多くいます。

選手の多くは、膝・腰・肩部位に痛みや不具合を感じながら練習をしている(2023 aoshima)

この結果は、このチームに限らずウエイトリフティング競技に励んでいる高校生以上の選手が似た症状を話していて、挙上時の力発揮と、キャッチ時の衝撃処理に直接関わる関節が大きなストレスを受けている事がわかります。これらの部位に、重量と操作技術のミス、疲労の回復不足が加わると、怪我の可能性が急上昇することになるのです。

また、関節を動かすのは筋肉だとすると、この関節に関わる筋肉へのストレスを早期に解消する事が必要になります。

3.筋肉の収縮パターンと疲労の関係

筋肉には、力を出すために幾つかの運動パターンがあります。錘を引き上げ、目的の高さまでバーベルを挙上させる力の使い方(短縮性筋収縮)と、上方に跳ね上げたバーベルを落下させないよう支えるブレーキ力(伸張性筋収縮)を発揮する筋肉の使い方は、異なる運動パターンに分類されます。 また、バーベルを静止させて姿勢を保つよう耐える使い方(等尺性筋収縮)も先の2つとは異なる力発揮のパターンに分類されるのです。

ウエイトリフティング競技は、これら3種類の力発揮パターン(筋収縮タイプ)が連続して使われながら動作をするため、疲労や怪我のきっかけを発見するのに重要な視点となります。

とりわけ多くの選手が、身体の不具合を訴えるのは、短縮性筋収縮による筋肉の過活動が発生した時です。 同じ動作・技術を反復するのが練習スタイルであることから、強い筋収縮をしながらバーベルを加速させる動きで、筋肉は疲労していきます。

短縮性筋収縮による疲労の特徴は、挙上速度が低下することに加え、筋肉が「張る(パンプ)」感覚が生まれます。疲労が増えれば関連する関節の可動域に制限が生まれます。

可動性の低下は、動作の崩れ、別の関節・筋肉に代わりの動き(代償動作)をさせる事になります。

加速動作を強調するウエイトリフティングでは短縮性筋収縮が中心

多く起こる部位としては、腰部(背部)、前腕などが症状を訴えやすく、前腕筋群の過活動は肘の不具合を生み、腰部・背部の不具合は脊柱の姿勢保持を難しくします。

これは、骨盤帯にも影響を及ぼすことから、デッドリフト実施時の円背・骨盤後傾を見かけるようであれば、一旦中止して、重量設定の確認と腰部・背部筋群の緊張緩和を試みる事が必要になります。


上記の他、伸張性筋収縮のパターンで怪我につながる場面は「キャッチ動作」が多くなります。 理想を言えば、バーベルを瞬間挙上した際に発生する慣性の力が終わり、落下を始める瞬間に手を差し伸べてバーベルを支える動作をします(キャッチ動作)。

しかしながら、実際の練習ではこのタイミングを合わせることが難しく、支えの瞬間が遅れれば、その分加速度を帯びたバーベル重量を筋肉と関節で受けなければならなくなります。

伸張性筋収縮はブレーキの働きをする

この時筋肉は引き伸ばされ、関節は伸長と圧縮を前後で同時に受けてしまいます。手首や肘、膝関節がこれらのストレスを受けやすく、筋腱の損傷や関節内での炎症が発生します。

筋肉痛も起こるのですが、それ以上の不具合や関節の痛みが3日以上、1週間を越えて継続するようであれば、器質的な破損もしくは、怪我としてのトラブルが考えられるので、無理せず、医療機関での画像診断を検討するのが良いでしょう。


4.筋肉痛を信じすぎてはいけない

筋肉の疲労を考える時、筋肉痛を一つの目安にする事があろうかと思います。新しい種目や、久しぶりの動作を行う際に経験しやすいのが筋肉痛です。正式には、遅発性筋痛(Delayed onset muscle soreness, DOMS)という筋肉内で起こっている生理学的な反応の一つです。

トレーニングを行うと、誰しもがこの筋肉痛を発生し、感じ方の強弱でトレーニング負荷の良し悪しを判断してしまう場面を目にします。
しかしながら、この判断は正しいものではありません。

なぜなら筋肉痛の発生は、先に説明した伸張性筋収縮を初めて、もしくは久方ぶりに強く実施した場合に、顕著に発生するものだからです。 

一方、短縮性筋収縮や等尺性筋収縮で動きを行った場合は、ほとんど筋肉痛が出ないで翌日をむかえることになります。

遅発性筋痛だけを疲労の尺度にするのは正しくない

これは、外力に対する筋線維の働き方が異なるためです。伸張性筋収縮は、外力に対して筋線維が引き伸ばされながらも力を出し続ける、という難しい運動を強いられます。 

この働きをすると、筋肉内では筋線維そのものを含め、筋膜や神経繊維、力を入れている範囲の結合組織に炎症とともに複数の生理反応が生まれます。この一連の過負荷に対する反応が、翌日の筋肉痛になるのです。

この点から考えると、日常のトレーニングを同じ時間行ったでも、内容(伸張性タイプが優位なのか?短縮性タイプが優位なのか?)によって、筋肉痛の出やすい日とそうでない日がある、ということになります。

また、同じ伸張性筋収縮でも、同部位で、前回と同様のエクササイズをした場合は、初回ほどの筋肉痛が出ないことも知っておく必要があります。

詳しいメカニズムは今後の研究に委ねますが、少なくとも筋肉-骨(関節)間では、初回の伸張性筋収縮を行った後に、該当する筋肉と脳を含めた神経機能に適応が起こり、筋損傷を予防するような力加減を調整できるようになります。

こうした一連の情報を整理すると、筋肉痛は、伸張性筋収縮(ブレーキ系の力発揮)をした事の一つの目安になる程度と考えつつ、実際には操作する際のフォームの崩れ具合に注意して観察をし、実際に挙上できる重量から疲労度と調子を考えていくのが現実的なのかと思います。



(参考文献)
・公社)日本ウエイトリフティング協会指導教本2022
・日本トレーニング指導者協会トレーニング指導者テキスト(実践編・理論編)大修館書店
Olympic Weightlifting: A Complete Guide for Athletes & Coaches (English Edition):英語版/Greg Everett
・NASM ESSENTIALS OF SPORTS PERFORMANCE TRAINING 2nd edition
・NASM Essentials of Corrective Exercise Training: First Edition .2013
・ゆ~っくり座って健康に! 60歳からはじめるエキセントリック体操 2022 :
野坂 和則 (著), 稲見 崇孝 (著), 桂 良寛 (著), 野坂和則 (監修)
・エキセントリック運動の理論と実践:エキセントリック運動の特徴と効果:JATI東北支部WS野坂氏提供資料:2023


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?