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こと葉の蔵

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あの時、あの場所で。記憶の断片を時々取りだしては日差しの中で干し、しまう場所「こと葉の蔵」をつくりました。むかしに書いた「ことの葉」も堂々と主役。
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記事一覧

55.  執着の裏側

55. 執着の裏側

 2018年の正月をよく覚えています。東京に就職していた娘のNの帰省したのに合わせて、実家の母を誘い、久しぶりに家族でのんびり温泉三昧としました。

 有馬は六甲山系の谷筋にある温泉場。谷崎潤一郎や志賀直哉など文人も愛されたという謂われがあるだけに、どっしりとした赤褐色の湯には鉄分や硫黄分も豊か。太古の地層に蓄積した海水がエネルギーを含み、高濃度の源泉となってシューと噴き出した良泉なのです。
 母

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54.  琥珀色のバーボンに酔う

54. 琥珀色のバーボンに酔う

 惚れっぽい? と訊かれれば、そうでもないと応えるだろう。この人のこの部分に惹かれるというのはあるが、その人の人間をまるごと受け止め、不覚にも恋に落ちてしまうという場合には、好む好まざるや、動物的本能の臭覚みたいものが重要であって、なぜこんなことになってしまったのだろうと、考えあぐねても永遠に核心のところに行きつかない、そういうものだと思う。

 先日仕事を一本提出し、カフェに入った。ホッとした安

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27.  レギーナ・アルテール(Regina Altherr)さんのこと

27. レギーナ・アルテール(Regina Altherr)さんのこと

ことしも残り1カ月と少しのところまできた。
10月 緊急事態宣言解除になってから、急に、自分をとりまく世界が、少し広がったように思える。それまでが閉鎖的すぎたから。

ことしは、レギーナ・アルテールさんに会えたことも有意義だった。

外国人たちが話す集団の中で、奥側のデットスペースに消え、再び現れたレギーナさんと眼が合った。「あ、」白いマスクと、刺繍をした布マスク。一瞬、誰だったかな? という表情

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6.  突然の外傷と3日間の眠りの狭間で思うこと

6. 突然の外傷と3日間の眠りの狭間で思うこと

それは、あまりに不意をつかれた感じで引き起こった。

5月のある日(2021年5月9日・日曜日)。実家からの帰り、わたしの心は清らかな水のようで自由な心持ちだった。西宮の自宅へ帰ってきながら、途中で買い物を2軒もはしごし、五分づき米にフルーツや野菜や山菜や、百日鶏やらを買い、夕ご飯は9時までに準備して、ゆっくり純米吟醸の「香住鶴」を飲み、食事をする。確か、メニューは、宇和島のタイの刺身、タケノコの

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8. 父の三十三回忌の法要で感じた一陣の風

8. 父の三十三回忌の法要で感じた一陣の風

わが家の墓地は、思いのほか、敷地が広すぎる。春のお彼岸に、家人と墓掃除をして雑草を抜いたばかりだというのに、もう膝位置くらいには伸びていた。敷地いっぱいのドクダミと竹の根、ツタ科の雑草が多い。中央の先祖代々の墓。石碑の隣には、わずか2歳で地蔵の姿になった姉と、土葬のままで埋まっている6体の故人の墓。全員に、まず花を供えた。

母(今年89歳)を、栂尾山・高照寺の境内に待たせているのだし、はやく

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