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ポーランドはおいしい

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2002年から自分のウェブサイトで書いていたエッセイを順次再掲載いたします。食べ物飲み物を糸口に当時の生活事情やポーランド語やポーランド文学についてなど。
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記事一覧

[ポーランドはおいしい] 第16回 クリスマスを過ぎて思うこと

[ポーランドはおいしい] 第16回 クリスマスを過ぎて思うこと

文:ボグダン・ザヴァツキ 訳:芝田文乃

以下は隣人と話したことだ。彼は私よりかなり若いのだが、昔の様子を憶えていて、私と嫌悪感を共有している。

かつて私たちが子どもの頃は、12月6日の夜中にミコワイのプレゼントをもらったものだった。[訳註:12月6日は聖ミコワイの日。ポーランドの聖ミコワイはサンタクロースのモデルとなった聖ニコラウスにあたる]枕の下の(靴下の記憶はない)聖ミコワイからのプレゼン

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[ポーランドはおいしい] 第15回 トンカツ東西比べ

[ポーランドはおいしい] 第15回 トンカツ東西比べ

スワヴォーミル・ムロージェクの短篇「請願書」で、「私」が給仕人に請願するのは、ロースカツレツ数量一個である。そして可能であればロースカツレツのわきに、できれば出来たての煮込みキャベツを添えてほしい、それとは別にジャガイモもお願いしたいと付け加える。

ロースカツレツ(kotlet schabowy コトレト・スハボーヴィ)はポーランド料理のなかでもポピュラーなメニューだ。しかし日本のトンカツとは食

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名前の力 [ポーランドはおいしい]番外編

名前の力 [ポーランドはおいしい]番外編

 ポーランドの作家スワヴォーミル・ムロージェクの短篇にこんなのがある。
 作家らしき主人公の「私」が何もせず、窓際に座っていると、
「ヴワアアデク、ヴワアアデク!」
 という呼び声が聞こえてくる。が、呼んでいる人の姿は見えない。その声があまりにしつこいうえ、ヴワデクはいっこうに現れる気配がない。しびれを切らした私はヴワデクという名前ではないが、誰が呼んでいるのか確かめようと外に出る。中庭にいた人物

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[ポーランドはおいしい] 第14回 ホウレンソウ

[ポーランドはおいしい] 第14回 ホウレンソウ

子どもの頃、テレビでアニメのポパイを見ていて毎回腑に落ちないことがあった。ポパイがピンチになると取り出す缶詰の中身はホウレンソウと呼ばれていたけれど、その緑色のペンキのようなドロドロしたものが、私が知るホウレンソウとはどうしても結びつかなかったのだ。

うちでは、ホウレンソウはたいてい「おひたし」にして出された。ゆでて、ぎゅっと絞って、かつおぶしをのせて、お醤油をつけて食べる。ところがポパイは缶詰

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[ポーランドはおいしい] 第13回 あこがれの漢字

[ポーランドはおいしい] 第13回 あこがれの漢字

最近(※本テクスト執筆は2004年)、吉本ばななの『キッチン』のポーランド語版が出た。表紙にでかでかと縦書きで「台所」と書いてあるので苦笑した。ちなみにポーランド語のタイトルは「調理場、台所」を意味する「kuchnia」である。「キッチン」と「台所」ではイメージがまったく違う。しかし日本語が読めない人にそんなニュアンスの違いはわからないし、そもそも彼らには「台所」という漢字が何を意味しているのかさ

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[ポーランドはおいしい] 第12回 瓶詰めの魔法

[ポーランドはおいしい] 第12回 瓶詰めの魔法

ポーランドではちょっと前まで、保存食料を作ることが主婦の重要な仕事の一つだった。冬になると新鮮な野菜や果物がほとんど手に入らなかったため、出盛りの時期に瓶詰めにして食料貯蔵室にためておくのだ。食料貯蔵室というのは、瓶を置くための棚がある、納戸のような狭い小部屋。民主化前の食料品店の棚には紅茶と酢とマスタードしかなかった、とは年輩者がよく話すことである。

食料貯蔵室(1995年8月撮影)

数年前

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[ポーランドはおいしい] 第11回 鳴く虫

[ポーランドはおいしい] 第11回 鳴く虫

ポーランドには蟬がいない。

と、いきなり書いてしまったが、念のため百科事典を見ると、ポーランドに蟬は2種類いるがきわめてまれ、とある。

クラクフでポーランド人といっしょに日本映画を見にいったことがある。映画の中ではアブラゼミがじわじわ鳴いていた。それだけで日本人には夏だとわかる。じっとしていても汗が滲み出てくるあのむっとした暑さが伝わってくる。けれどもポーランド人にはそれがわからない。夏だとい

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[ポーランドはおいしい] 番外編 ポーランド人民共和国における外貨両替とその様々な側面

[ポーランドはおいしい] 番外編 ポーランド人民共和国における外貨両替とその様々な側面

文:ボグダン・ザヴァツキ 訳:芝田文乃

戦後ほぼ半世紀の間、外貨の所有と取引はありとあらゆる嫌がらせと結びついていたが、同時にまた特権とも繋がっていた。年とともに規則が変わり、「外貨」所有者の扱いも変わった。 個人同士、あるいは「国内人」と「外国人観光客」間の、ついには「所有者」とPKO[ペカオ]銀行(株)間でのドル、マルク、フランの売買問題に対する政府の態度も変わっていった。

戦争直後の数年

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[ポーランドはおいしい] 第10回 綿毛降る

[ポーランドはおいしい] 第10回 綿毛降る

初めてポーランドに行った1992年の夏、ワルシャワのオケンチェ空港に着いてみると、手違いで私の機内預けの荷物が届いていなかった。モスクワに置き去りにされているという。今日泊めてもらうことになっているクラクフの知人に電話しようとするが、空港内の公衆電話は具合が悪く、近くの郵便局から掛けると留守である。どうしていいか不安になり、日本の友だちが教えてくれたワルシャワ在住ポーランド人の番号に2、3掛けてみ

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[ポーランドはおいしい] 第9回 桜咲く国

[ポーランドはおいしい] 第9回 桜咲く国

ポーランド国内の旅行代理店のショーウィンドウに、めったにないけれど、たまに日本ツアーの広告が出ていることがある。東京、京都、奈良、8日間とかで、キャッチコピーはたいてい「桜咲く国へ」である。

「桜咲く国」というのは、ポーランドでは「日本」の同義語としてよく使われる。日本で、スペインに必ず「情熱の国」とつけるようなものだ。

こういう紋切り型の文句によってその国に対する先入観が植え付けられ、本当の

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[ポーランドはおいしい] 第8回 脂の木曜日にはポンチキ

[ポーランドはおいしい] 第8回 脂の木曜日にはポンチキ

ポーランドでは脂の木曜日にポンチキを食べる習慣がある。

といわれても、「脂の木曜日」って何? ポンチキって何? と思われる方が大半であろう。

まずポンチキの説明を。ポンチキ pączki はポンチェク pączek の複数形。ポンチェクはポーランド語辞典によると、
1. 外皮に守られた葉や花の芽(つまり芽吹く前の芽や蕾)
2. 詰め物をした丸形の揚げ菓子
3. [生物学]芽生生殖における芽体、

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[ポーランドはおいしい] 第7回 「ビゴス」と「おじや」

[ポーランドはおいしい] 第7回 「ビゴス」と「おじや」

「ビゴス」というのは、キャベツとザワークラウトと肉類を長時間煮こんだもので、ピエロギと並んでポピュラーなポーランド料理である。スーパーでは瓶詰めや冷凍食品も売られている。

昔は各家庭でひと樽も煮て、冬の保存食にしていたそうだ。

基本的な材料はキャベツとザワークラウト(酢漬けキャベツと訳されることもあるが正しくない。キャベツを塩漬けして発酵させたものである)、ソーセージやベーコン、玉ねぎ、きのこ

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[ポーランドはおいしい] 番外編 ワールドカップに見るポーランド性

[ポーランドはおいしい] 番外編 ワールドカップに見るポーランド性

以下の文章は、2002 FIFAワールドカップ 韓国/日本の開催期間中に書いたものです。

サッカー・ワールドカップ1次リーグ日本対ロシア戦で日本が勝ったあと、モスクワの日本人や日本料理店が襲撃されたことは記憶に新しい。

ポーランドは韓国と対戦して0-2で負けた。スタジアム全体が真っ赤な韓国応援団だったうえ、実況の日本人アナウンサーまで共同開催国を立ててか韓国びいきの放送だった。

私が近々また

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[ポーランドはおいしい] 第6回 ポーランドのクリスマス

[ポーランドはおいしい] 第6回 ポーランドのクリスマス

クリスマスのことをポーランド語では文字どおり「Boże Narodzenie 神の誕生」という言葉で表す。国民の大部分がカトリック教徒なので、クリスマスと復活祭が2大年中行事となっている。

クリスマス・イブには夕方から(とはいえ午後3時頃にはもう薄暗い)家族そろってディナーを食べる。メイン・ディッシュは鯉。同じく中欧のチェコやオーストリアでもクリスマスには鯉を食べる習慣がある。クリスマスが近付く

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