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シノヅカヨーコの練習用創作

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練習用創作置き場です。
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近くて、遠い

近くて、遠い

すっかり酔いがまわって、頬があつい。血液が皮ふの外にじゅわっと染み出ているような気さえする。ふうっと吐いた白い息は、アルコールが濃縮されたようなにおいがした。

「ねぇ、恋愛と結婚って別だと思う?」

午前中のうちに待ち合わせて、まずは蕎麦屋にはいった。勧められるがままに日本酒をすすり、鴨をつつく。表面の焦げたこうばしい鴨をかじりながら、わたしは彼の指先ばかり見つめていた。長く、細く、まっ白な指先

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イリーネと迷いの森

イリーネと迷いの森

※とあるバンドの楽曲を基にした二次創作です。


あの森に入ったら最後、二度と戻ってくることはできないだろう――村のはずれにある森は、迷いの森と呼ばれていた。鬱蒼と生い茂った木々たちが木陰をつくり、光の差し込まない真っ暗な森。月明かりの届かない森の夜は暗く、とてもつめたい。
森に入るのなら、新月の夜と決めていた。届かないひとすじの光を頼りに歩くぐらいなら、すがるものがないほうがいっそ心強い。一度

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おかあさん

おかあさん

「おかあさん、食べないの」

大皿にうんと盛られたデラウェアにちっとも手をつけない母に言う。

「くだものはあんまりすきじゃないのよ」
「ふぅん、おいしいのに」
「だから、たっぷり食べなさい」

わたしがまだ幼かったころ、夕飯のデザートはきまって季節のくだものだった。
ぶどうに、桃に、さくらんぼ。
初夏のくだものはみずみずしくて、とてもおいしい。

「おいしい?」
「うん、おいしい」
「そっか、た

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コーヒーカップの境界線

コーヒーカップの境界線

「それで、彼氏とはどうなの」
「えっ、別に。フツーだよフツー」

わたしの目の前に座るこのひとは、名前をコウスケという。
ブラックコーヒーが飲めない彼は、たっぷりのミルクと、砂糖をふたつ。
片手で持つのがこわいから、とコーヒーカップには左手を添える。
熱い飲み物を飲むと、まばたきの数が増える。
笑ったときにのぞく八重歯がコンプレックスで、大きな口を開くときは口元に手の甲をあてがう、その癖。
こうし

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ユウコさん

ユウコさん

「うんと嫌な相手がいるときはねぇ、そのひとに恋をしちゃえばいいのよ」
呪いのような愚痴をひとしきりこぼしたわたしを見て、ころころと笑ったそのひとは、わたしの憧れの女性だった。

「恋、ですか」
「そう、恋よ、恋」

彼女の名前は、ユウコさんといった。
年齢はわたしの十五個上で、とても背が低い。
肌は真っ白で、目じりに跳ねたアイライナーの黒がよく映える。
ずっと歳上なのに、あいくるしくて、やんちゃな

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きみのかけら

きみのかけら

昨年の終わりごろ、ムスメが押し入れを指さして「おにいちゃんがいる」と言ったことがあった。
思わずほろりと涙がこぼれた。
ムスメが指さした場所には、ムスメが生まれてくるまえにわたしの腹にいた、生まれなかった我が子の写真があるからだ。

わたしたち夫婦には、ムスメのまえにもうひとり子どもがいた。

妊娠がわかったのは2011年の12月。
検査薬に陽性反応があったので、病院へ駆け込んだ。
妊娠5週。赤ん

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きみは、わたしのひかり

きみは、わたしのひかり

あれは、わたしが二十歳の誕生日を迎える少し前のことだった。
そのころのわたしは、毎日繰り返し、不思議な夢をみていた。
子どもを産み、育てている夢だった。

そのころのわたしの生活といえば、もうぐちゃぐちゃだった。
いちばん親しかった友人が亡くなり、続いて恋人にふられた。
ちょうどそのころ、職もなくした。
わたしをふった恋人は、わたしをふったあとすぐにわたしの友人だった女性と結婚し、まもなく自殺した

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