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HSCの癇癪とパニック障害の愛し方

突然だけれど、わたしの子どもはHSCだ。
非常に繊細で、敏感。かつ、年齢+4〜5歳程度の知能をもっている。


そんな彼女の癇癪に、過去2年間悩まされていた。
ほんの些細なことや、理由のよくわからないことで怒鳴り始め、泣き叫び、抱っこも拒否するし、すべてを拒否して1時間でも2時間でも叫び続ける。叫びすぎて、涙とよだれでぐちゃぐちゃになって、吐いてしまうこともあった。

どうしていいかわからないし、こっちもずっと子どもの全力の絶叫を聞かせら続けて、精神がやられる。わたしが鬱になってしまった要因のひとつが、実はこれだった。

でも、自分と向き合い続ける中で、少しずつ彼女が癇癪を起こしているとき、彼女の心の中、頭の中になにが起こっているのかを理解できるようになった。そして、今日、ビデオ電話越しにも関わらず、1時間半の葛藤の末、彼女を落ちつかせることができた。


これはもう、我が家にしてみたら、発射したロケットが月面着陸しましたレベルのすんごい快挙だ。進歩だ。進化だ。


以前、彼女は泣きやめない自分に対して「泣き止まないといけないのに、泣きやめない」とパニックを起こしながら叫んでいた。そう。彼女が癇癪を起こすときは、いつもパニック発作を起こしているような状態だったのだ。これはわたし自身がここ数ヶ月に何回もパニック発作を起こしたから、気づくことができたこと。


「泣き止まないといけない」「でも、どう泣き止めばいいかわからない」「泣き止まないと、怒られる」「どうしようどうしようどうしよう」
そして、パニックがよりパニックを引き起こし、その負の連鎖が続いていく。

今日も、彼女は「泣きやめない」と叫んでいた。絶叫していた。こちらが声をかけようにも、ずっと絶叫し続けていて、こちらの言葉が彼女の耳には届かない。「聞こえない!!!!」と叫び続けていた。「大丈夫だよ、ゆっくり呼吸してみよう」と言っても「全然なにも聞こえない!!聞こえない!!!うあああああああああああ!!!!!!!!!」みたいな感じ。

「泣き止みたい?それともまだ泣いていたい?どっちでも大丈夫だよ。どっちでもいいよ」と何回も、意識してゆっくり、少し低めの落ち着いた、でも優しい声で話しかける。

「泣き止みたい」「でもどうしたらいいかわからない」と彼女はまた泣き叫んだ。

「じゃあ、ママと一緒にやってみよう。大丈だよ。できるからね。一緒にやろう」

そう言って、まずは自分の肩をさすっている姿を見せた。
彼女も絶叫を続けながらも、自分の肩をさすり始めたのを確認する。

「じゃあ、次は、ハートのところにお手手を置いて、トントンしよう」

そう言って、わたしもハイハートと言われる、鎖骨の少し下あたりの部分に手を置いて、ゆっくり、一定のリズムでトン、トン、と繰り返す。彼女も、同じようにしている。

少し落ち着いたり、また泣き叫び始めたりしながら、でもトン、トン、とわたしと一緒に続けていた。

「そう。上手だねえ。大丈夫だよ。怖かったね。大丈夫。ちゃんと落ち着けるからね。ちゃんと怖いのは終わるからね。ほら、落ち着いてきたね。大丈夫だよ。上手だよ。ゆっくりでいいんだよ」

そんな風に15分くらい、声をかけ続けながら、わたし自身もハイハートをトントンし続けた。彼女もグスッグズッと鼻を啜りながら、でも少しずつ落ち着いてくる。最終的には、彼女も落ち着いて、安心してまたいつものように笑顔でお話しして、自分から電話を切った。


この一連の流れの中で、わたしは「そういうことか」と理解できた。
HSCだからこそ、自分自身の中に湧き上がる怒りや動揺、悲しみや恐怖、不安という刺激に、自分自身で圧倒されてしまうのだ。そして、それがキャパ超えしてパニックを引き起こす。

大人でもパニックになったら怖いけれど、子どもからしてみたらその恐怖はどれほどのものだろう。

パニックで一番怖いのは、これをどうやって鎮めればいいのかわからないということだと思う。でも、パニックになって、でもその後にちゃんと落ち着ける、かえってこられるという経験を積んでいると、いざパニックになっても、終わりがあるのがわかっているから、少し気持ちは軽くなる。


例えば、わたしは昔から過呼吸になりやすいんだけれど。袋を使って過呼吸を鎮めたことがない。知識として、過呼吸の仕組みを中学生くらいですでに知っていたから、「意識して吐く息を長くする」ことで過呼吸を鎮めることができていた。自分で鎮められることがわかっている。だから、わたしは過呼吸になったとしてもパニックにならないし、自分の内側の感情のリリースのために必要そうだと認識したら、あえて意識的に過呼吸状態を継続させてあげる。それができるのは、鎮めようと思えば、自分でちゃんと鎮められるという安心感があるからだ。


子どもの癇癪も、大人のパニックの発作でも大切なことってきっと同じで。やっぱりレジリエンス力を身につけること。そして、自律神経系の、特に副交感神経系を整えていくこと。気持ちが昂ったりしたら、それを悪いこととする必要はなくて。でも、ちゃんと、発散し終わったら、自分で落ちつかせる方法を知っているということ。そのための力を身体に、経験として何回も覚えさせてあげるということ。


そんなことを、改めて目に見える成果として実感確信できた日だった。

電話を切った後、わたしは思考停止状態になり(凍りつきモード)、過呼吸の発作が起きそうになった。涙もちょっと出た。ためらわずに抗不安薬を飲む。無理する必要はない。よく1時間半も頑張った。よく頑張った。


ぼーっとする頭の片隅で、声がした。

大丈夫。
今のわたしの経験、そこでの学び、実践は、全部ちゃんと身になっている。わたし自身が自分のためにやっていることのすべてが、ちゃんとわたしの子どものためにもなっている。

大丈夫。
わたしはちゃんと、正しい道を進めてる。


鬱になって、よかった。
そう、思えた日だった。

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