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『四顧溟濛評言録』

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私、雁琳が書を読み世事を鑑みる中で私かに惟うことを綴りました、中編から長編の文章を載せて参ります。「溟濛」とは薄暗く先の見えないことを指します。どこを見渡してみてもこの暗い世の中… もっと読む
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#コラム

差別の根本原理としての「種」についての省察−病の齎す災厄の下で

 昨今の新型コロナ騒動において、人々の罹患や病死、或いは疫病とそれに対する各種の対策によって引き起こされる経済への大打撃といったその直接的な被害とは別に、人心を惑乱させる出来事が幾つか起こっている。例えば、国境や都市のロックダウンなどの強権的な方策、そして新型コロナウイルスに対する恐怖心からそれを求める民情によって、人々の自由を制限する国家権力がそのまま際限無く肥大化する可能性があることが、主にリ

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「グローバリズムの隠喩」としての新型コロナウィルスの世界史的意味−「市民的公共」の黙示録

 今、新型コロナウイルス(COVID-19)が全世界を恐怖のどん底に陥れている。

 昨年十二月に中国の武漢において発生したこのウイルスは、数ヶ月の内に瞬く間に全世界へと拡散していき、各国では大混乱が巻き起こっている。何れの国においても、マスクは言うまでもなくトイレットペーパーなどの生活必需品や食料品などが買い占められ、遊園地など人の集まる大規模な施設が閉鎖され、更にコンサートから学会まで諸々のイ

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「欲望」についての走り書き的覚書−「欲望とは〈他者〉の欲望である」

 「欲望とは〈他者〉の欲望である」という有名な言葉がある。
 これはフランスの精神分析家ジャック・ラカンの言葉である。「他者」という言葉に山括弧を付けているのは、それが元のフランス語において大文字(l’Autre)だからである。つまり、それは単に「他人」を指しているのではなく、それをも含めた「他なるもの」、すなわち自己ではないものを指していると考えられる。ラカン派の精神分析においては、この〈他者〉

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「女の、女による、女のための意見表明」が「選ばれなかった男達」を圧殺する−作家アルテイシア女史の婚活コラムを読んで

 令和2年2月6日、『現代ビジネス』にて、「「結婚できない女」と「結婚できない男」、その決定的な違いについて そこから見えるジェンダーギャップ」(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/70208)という文章が公開された。著者は「アルテイシア」と名乗る文筆家であり、『現代ビジネス』のプロフィールには「1976年、神戸生まれ。大学卒業後、広告会社に勤務。夫であるオタ

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「人間が薄くなる」中で、「文化への意志」を恢復すること

 つい先日、「嘗ては抽象化の象徴として称揚されていた裸婦像が今では「悪い」「性的欲望の対象」としてしか見られなくなっており、「性欲そのままのもの」と「昇華されたものとしての性欲」という区分すら最早考えられなくなった」という一連の議論をTwitterのタイムライン上にて目にした。そこに更に、「今ではあらゆることが両義性や多義性ではなく「文字通り」に受け取られるようになった」という議論が続く。私は曲が

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人間の愚かさについての哲学的序説−「愚かさ」を理解するとはどういうことか

 人間は愚かだ−今までもしばしばそう言われてきたし、これからもしばしばそう言われ続けるであろう。然り、殆ど多くの場合、人間は愚かだ。我々は往々にして、見通しが利かず、判断を誤るし、思い込みや謬見、或いは短絡的な感情に囚われ、放埓や粗暴に走る。それは事実である。しかしこれほど先進的な文明の中に生きる我々ですら尚もそうだとすれば、人類は文明の誕生以来ずっと知恵を追い求めてきたはずであるのに、尚も愚かし

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「性政治」の支配−「政治的に正しい自由恋愛」という名の権力の現代的形態について

 先日書いた記事(以下参照)を、多くの方に読んで頂いた。憲法25条の生存権の規定にある「健康で文化的な最低限度の生活」という文言を捩ったタイトルを付したこの文章では、食欲、睡眠欲と共に人間の三大欲求に数え上げられる性欲をも或る種の生存権として考えてみるとすれば、現代日本のセックスを巡る「格差」はどう考えられるかについて考察した。この議論をめぐってTwitterでも様々な反応があったので、本稿では改

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欲望の流す涙は何色か?−千葉雅也・二村ヒトシ・柴田英里『欲望会議 「超」ポリコレ宣言』を読んで

 ツイッターを開けば、眼にしないことのない話題というものがある。
 それは、性的欲望をめぐる話題である。
 表現規制をめぐる論争も、コンビニエロ本問題のようなポルノのゾーニングをめぐる論争も、はたまたポルノかどうかの定義論争も、ペドフィリアやショタをめぐる論争も、萌え絵の公式キャラクターやキズナアイをめぐる論争も、デートの時に男が女に奢るべきか否かという奢り奢られ論争も、結婚と自由恋愛をめぐる論争

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「告発権力」について−ポリティカル・コレクトネスという名の新たなる専制

−深夜、突然の訪問。戸を開けると黒背広に黒い外套の男達。招かざる来客に目を丸くしていたら、突き付けられるは逮捕状。「〇〇を知っているか。知っているなら付いて来て貰う」そんな人物は知らないと言うと、やにわに腕を摑まれ、「夜と霧」の奥へと連れ去られていく−

曾て、秘密警察が吹き荒れた時代があった。日本の特高警察、ナチスドイツのゲシュタポ、ソ連のNKVDやKGB、東ドイツのシュタージ……彼等は、反体制

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「反動的新体制」の可能性−柳澤健『葡萄牙のサラザール』を読んで

 ここに柳澤健『葡萄牙のサラザール』という本がある。昭和16年(1941年)に改造社から刊行された書物である。これは或る時の古本まつりでベニヤ板の台の上に並べられた書物を渉猟している時、偶然に見付けたものだ。サラザールについて書かれた本が戦前に出ていたのかと非常な興味を抱き、その場で即座に購入した。200円であったと記憶している。巻末には附録としてサラザールの語録(齋藤太郎訳)が付いている。サラザ

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「方法論的女性蔑視」について−『男子劣化社会』を読んで

「かわいそうランキングが世界を支配する」というフレーズを目にしたことはないだろうか。この概念は、アルファツイッタラーであり著名なnoteクリエイターである白饅頭さん(Twitterアカウント(noteアカウント): @terrakei07)が提起したものだ。「かわいそうランキング」とは、世間に「かわいそう」だと思ってもらえるかどうかのランキングを意味する。そして、「かわいそう」だと思ってもらえるか

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「中断」する生と加速する世界––『ゲンロン0 観光客の哲学』『勉強の哲学 来たるべきバカのために』『中動態の世界 意志と責任の考古学』に寄せて

 今更私が改めて言うまでもないことだが、現代日本では読書人口が急激に減少している。東大出版会の黒田拓也氏がTwitterで「今後の学術書の出版を考えるとき、三百部ということを基準に考えざるを得ないと思う」と呟かれていたが、殊に人文書は市場縮小の一途を辿っているように思える。浅田彰『構造と力』を片手にディスコで踊る女の子をナンパする男がいた時代とは、最早全く違うのである。しかしそんな言語文化の窮乏の

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