マガジンのカバー画像

詩の作品

11
ちまちまと書き溜めた愛する詩たち。
運営しているクリエイター

記事一覧

【詩】水のみち

【詩】水のみち

誰かの聲に呼応して
胸が 髪が 瞳が
ブルブルと揺れている

私と誰かの間にある
無限色した水が波打つ
ほ、と吐き出せば暖かく
ふ、と吐き出せば鋭く
あ、と気を抜けば冷たく

塩辛い(あるいは無味の)
水が視界や呼吸から絶え間なく滲み出すのを
誰もが知っているはずだ

湯船を埋め尽くす柔らかな温度も
乾きを潤す天の恵みも
ある日牙を剥く冷徹さも
私は知っている
知っていながら生きるため 蛇口を捻る

もっとみる
【詩】湯けむりを抜けて

【詩】湯けむりを抜けて

すこし熱めの湯が肌をつつく
住宅街にある銭湯は今日もにぎやかだ
水蒸気がまろまろと裸体を包みこんで
わたしはゆっくりとわたしを溶かす

浴室に放たれた女たちは
どこもかしこも自由である
あなたの形とわたしの形はちがうけれど
湯はそれらすべてを優しく癒す
若人の引き締まった腹筋も
老婆の古道具のような腕も
わたしが持つジュゴンの腹すらも
湯はすべてを認めるもの

外側からあるいは内側から
肉体がうつ

もっとみる
朝

六畳の部屋に
春のぬるい朝が来る
悠然とカーテンを透かすそれを
私は目を閉じたまま受け入れようと
何度かもがくけれど

朝 晴れた朝
綻びを浮かび上がらせる
曖昧な温度を持った朝
眠りと今日の狭間で
揺れる私を突き動かす 朝

タオルケットのほつれと
私の皮膚が争いながら
グルグル渦を巻いている
丸めた鳩尾に蠢く
闘志と血潮

六時三十分の目覚ましが鳴る
情緒と理性を吸い込んだ
肺が一気に膨らんで

もっとみる

【詩】岩の男

ケファは岩を探していた。なんでも、この世のどこかに必ず、自分だけの岩があるのだという。ケファの足はいつしか裸足で傷だらけとなり、両手に持った杖でもはや腰は曲がりきっていた。行く先々でケファはいつも馬鹿にされた。
「あいつは物を言えないのだ」「痴れ者にちがいない」
とあるペンキ塗りなどは「傷によく効く薬を塗ってあげよう」と言いケファの両足に溶剤を塗りたくり、痛みで転げ回るケファを笑い者にした。それで

もっとみる

【詩】震えて待て

私の姿を見た者はいない
夏 もみじのトンネルに座って
風の通るにまかせて踊っていることを
誰も知らない
春 小鳥たちのさえずりと共に
芽吹きの歌を唄い回っていることを
秋 ガサガサと踏み遊ばれる
枯れ葉の中に私が眠っていることを
冬 白い嵐と二人きり
たくさんの物事を破壊していることを
誰も知らない
なぜなら
私の姿を見た者はいないから

【詩】シーラカンス

【詩】シーラカンス

心がしずまっている
深海探査船の中に
ひとり腰掛けて灯りもない
そんな景色に囚われ続けている

心がしずまっている
至極平和だ
心がしずまっていなければ
陰鬱とした獣が私を支配するだろう
心がしずまっているから
社会も家も居心地が良い しかし

心がしずまっている
ゆえにこれ以上 書くことができない

【詩】うねる春

【詩】うねる春

輝きうねる遠くの空に
春の飛沫が満ち満ちる
端々に銀の光をまとい
烈しくはじける青い香が
くすぐるように身に迫る

木々には新しい衣を授け
土に緑の礫を撒く
ああ眩しくて畏怖なる春
わたしの眼を涙がふさぎ
水中のごと手探りで時を感ずる間に
通り過ぎてゆく怒濤の風よ
ただ陽の一声でもって
鋭く冷えた鼻腔をかっ攫う淡色の風情

春遠ければ春近し
秒針を追う正午の針の
もどかしさゆえ焦がれる心
もうすぐ

もっとみる
【詩】水脈

【詩】水脈

冷や水
サラサラと
砂底を浚いながら流れる
ギラギラと陽を返しながら
いつしか現れたあれは、何色であったか
緋、朱、桃、
黄、青、翠、
または水
水の如き透明な
硝子の如きいびつな
丸く、また鋭く
私の胸に深く深く沈み込み
ぶつかり合いひしめき合い
コトリコトリと揺れている
ああ、わたしには水が要る
コトリコトリと揺れている
無数の胸のこいつらのため
コトリコトリと揺れている
咽喉の根っこが焼け焦

もっとみる
【詩】空に空気の花が咲く

【詩】空に空気の花が咲く

空に空気の花が咲く
ことばと水の粒子とを
凍てつく大気に落としつつ
軽く軽く 天高く
昇りゆくその美しさ

白くまた黒く 渦巻く自然の賢さに
わたしはほおっと感嘆するが
ほおっと バラバラに
湿ったけむりに化けるだけ

心も呼吸も空にはゆけず
意味もかたちも脱ぎ捨てた
空に空気の花が咲く

【詩】オフィス山

【詩】オフィス山

オフィスの中はひとりひとり
アクリル板で仕切られ
闘魚のように人々がじつと耐えている
換気は完璧で常に外からの新しい風が行き交うが
人とディスプレイは相変わらずそこにある

全てのものが原子で出来ているのなら
アクリル板は存在を消し
キーボードはレタスで マウスはガーベラ
ディスプレイは朝顔、そんな世界があってもよいはずだ

私は既に朽木となった椅子を飛び出して
もうなんであったかもわからない、

もっとみる
【詩】占い

【詩】占い

まっさらな青空へ放り投げる
おまえのまっさらなスニーカーよ
この世にうまれて宙を舞い
やわらかな草むらに抱かれる日
おまえのまっさらなスニーカーよ
この世界をくつがえすのだ

恵の雨と、寒さとを
もろともに吹き飛ばす力強き
そのおろしたての白さ
まっすぐにゆけよ
大地を越えて、父の背丈も越えてゆけ
決して振り向くな
眩しいゴムの靴底で
けわしい道も踏みしめて
まっすぐ まっすぐ 進んでゆけ

おま

もっとみる