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【第80期名人戦・順位戦B級1組】日を跨ぐ開幕戦の死闘!▲藤井二冠ー▽三浦九段戦

【叡王戦】▲行方九段ー▽藤井二冠戦

名人戦・順位戦の激闘から数日経ち、別の棋戦である叡王戦の▲行方九段ー▽藤井二冠の一戦は藤井二冠の勝利に終わった。解説を担当した深浦九段からは「(行方九段は終盤)いわゆる読み負け、棋士にとっては厳しい負け方」と藤井二冠の読みが上回っている逆説的なコメントを出されていた。

いくら藤井二冠が強いとはいえ、これは単なる棋力差によって引き起こされたものではないだろう。動画を見れば分かるのだが、珍しく藤井二冠の方が時間を多く余しており、行方九段の方が1分将棋(1分以内に手を指さねばならない状態)になっていた。行方九段は序中盤の構想に時間を費やしたことが響いたのか、勝負所の終盤で考える時間がないままに決断を迫られ続けた。これも勝敗を決めた一つの要素だと思う。

【第80期名人戦・順位戦】▲藤井二冠ー▽三浦九段戦

なぜ、名人は竜王と並んで将棋界の頂点と言われているのか。それは最も長い歴史があるということと、フリークラス以外の全てのプロ棋士が参加するためだ(ちなみに竜王戦は5人だけアマチュアの参加が許されている)。名人戦の予選は下記のように5つのクラスに分けて行われる。

名人  ( 1名)
■■ 順位戦 ■■
A級  (10名)
B級1組(13名)← 藤井二冠・三浦九段が2021年5月現在在籍
B級2組(25名)
C級1組(35名)
C級2組(53名)

このピラミッドの頂点に現名人が君臨し、A級での総当たり戦で1番の戦績を残した棋士との名人防衛戦に挑むという構図だ。プロ棋士は皆C級2組からスタートし、1シーズンで昇級/現状維持/降級のいずれかをするため、名人に挑戦するまでには最速で5シーズンもかかる。

また、同じクラス内では ”順位” という要素も絡んでくる。第77期名人戦・順位戦C級1組で9勝1敗というリーグトップの成績を残した4棋士のうち、昇級したのは順位が上の師匠・杉本八段と近藤五段(当時)の2人で、4番目だった藤井七段(当時)は惜しくも昇級を逃した。ちなみに藤井二冠の順位戦における敗戦はこの1度だけだ(2021年5月18日現在)。昇級するには全勝するしかなかったのだから名人戦・順位戦は本当に厳しい。

さて、藤井二冠の名人への道は先日2021年5月13日に再び動き出した。B級1組の開幕戦である。対戦相手は過去に名人挑戦の経験もある三浦九段で、激しい戦いになりやすい横歩取りの将棋となった。なお、この戦形は伝説の▲4一銀が飛び出した対松尾八段戦と同じであり、”この対局が静かに終わるはずがない” と序盤から期待は膨らんでいった。

しかし、思いがけず中盤に差し掛かると藤井二冠の模様が悪くなる。さほど成果が上がらない攻めをしたことによって歩を損してしまい、三浦九段の桂頭攻めを自ら呼び込んでしまった(ように自分には見えた)のだ。形勢は三浦九段の方へと傾き、一時的なAIによる評価値は70%を上回った。果たしてこのまま三浦九段が押し切って勝つのか?それとも藤井二冠が耐え忍んで一瞬の反撃の機会にかけるのか?という状態となった。

局面が動いたのは60~70手台だった。66手目、三浦九段は優勢を呼び込むために金を狙った桂打があるもそれを見送ってしまう(分かっていて踏み込まなかった可能性もある)。その後、別の場所に控えの桂を打った。素人目には絶好の位置に据えたように見えたものの、AIは「桂を手放したことで後の攻めに窮する勿体ない手」という評価を下した。それを境にして、形勢は再び互角へと戻っていく。勝負のアヤは桂の打ち場所とそのタイミングによって生まれたのである。

守勢だった藤井二冠は77手目から大駒を使って自玉の脅威となっている三浦九段の攻め駒・角金を狩り取るように働きかけていった。「決死の覚悟でかかって来い」と言わんばかりの好戦的な指し手は、三浦九段の判断ミスを誘う揺さぶりにも感じられた。しかしながら、三浦九段も巧みな金使いでその誘いを交わす。さすがはB級1組と言えるここ数手(77~81手目)の決戦前のやりとりは、文句なく本局のハイライトであった。

この直後、三浦九段は大決戦に打って出るのだが、どこかに誤算があったようだ。形勢は藤井二冠の方へと流れるように傾いていき、ついにそれが戻ることは無かった。終局は日を跨いだ午前0時半頃。対局開始からおよそ14時間半という死闘を決着まで見守ったネット上の大観衆は、戦い終えた両者に盛大な拍手👏を送った。

振り返れば、三浦九段は優勢に持って行くチャンスを逸したのが悔やまれる一局で、藤井二冠は(想定の範囲内だったのか知る由もないが)劣勢を耐え続けたことによる見事な逆転勝利だったと言えるだろう。A級昇級に向けて初めの一歩を踏み出した藤井二冠の次戦は約二週間後、6月3日の▲稲葉八段ー▽藤井二冠戦だ。現在進行形で紡がれる伝説を目撃しよう。それ以外に選択肢などない。

このNOTEは自分(最高棋力アマ五段)が棋譜を見て勝手に受けた印象を語った偏見まみれの書き物です。悪しからず。

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