大きな物語

花見をしている桜の木の下には……

秋になってきたというに
季節はずれの話題だが
桜は美しい。
もちろん紅葉も、美しい。

だが、今日は、桜の話だ。
桜は美しい。

明示的なそれが、本当なのか、
なぜか、考えたことはあるだろうか。

桜が咲くと花見をする。和歌では、
むかしのものは、花といえば梅だったらしいが、花見=桜を見るは定着し、
我々にとって
花=桜、桜は特別な存在になっている。

寒い季節が終わると、だんだん芽吹き、そし

もっとみる

生きづらさの普遍的蔓延、承認の格差〜物語の崩壊と自己責任論〜

前回は「個人の生きづらさが発生する社会的状況」に関して語っていきました。

今回はそれを踏まえ、「そもそもその社会的状況にどうしてなったの?」という部分に関して話していきたいと思います!!

・大きな物語の崩壊と生産性の概念の残存

ではそもそもなぜ私はメリットを提示しなければならないのか。それはこの社会を形成する価値観が生産性=メリット=能力を中心に据えられている状態であるからだと私は考えている

もっとみる
ありがとうごいざます!!!よかったらシェアの方も是非お願い致します!!
6

SMAPとたくさんの「小さな物語」

2011年まで東京で漫画家をしていた一色登希彦さんという方が
2012年3月12日付で書かれたブログエントリー
『3.11以後に通用する物語』
http://toki55.blog10.fc2.com/blog-entry-298.html
がずっと気になっている。
一色さんは、被災地を訪れた人の
「石巻。被災地現地の人たちは、誰もが『話を聞いてほしがっている』
ように感じた」という言葉と、
震災

もっとみる

「大きな物語」を手放してー<あなた>であることの肯定と、軽やかさについて(試論)

聴き手・書き手として物語を紡ぐなかで、体感的に掴んできたことをうまく言語化していきたいと思っている。

最近では、「物語」という言葉が、マーケティングや政治キャンペーンの文脈でも多く見られるようになってきたんだけど、物語が「出口戦略」の道具に堕していくことにちょっと危うさを感じることもあり。

長い長い線としてその人固有の「小さな物語」を掬うこと、一方で、ピリオドを打たないこと。"軽やかさ"と"強

もっとみる