毒親脱出

毒親 ワタシの場合

自分は殴られて痣が出来たわけでもない、だけど親の虫の居所が悪く理由をつけては理不尽にたかれたり怒鳴られたり、あとは死ねと言われたこたともある。毒親と言っていいか、ためらった時期もあった。しかし言葉や態度で精神的に被害を被り通院も半分は彼らの影響はあるようだし、大人になりあの時の彼らと同じ年齢になり、彼らに似た精神面が自分に染みてしまい直す難しさに直面し絶望しているのだから、毒以外に何があるのだろう

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毒親(毒家庭)の定義。自分の実家が『毒』かどうかのチェックリスト付き

こんにちは、優花です。

先日、ツイッターで「毒親育ちなのに、気づいていない子って多い。気づいて、受け止めて、解毒しよう」という趣旨のツイートをしました。

すると、このようなリプ(コメント)を頂きました。

なるほど、「世間一般からみて毒親かどうかが重要」ということですね。

良い機会ですので、『毒親(毒家庭)』とは何か、を考えてみることにしましょう。

毒親は『毒になる親 一生苦しむ子供 』(

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毒親の嫌がらせを無力化する方法

できるもんだ。

なかなか難しいけれど。

毒母が、しつこく嫌がらせを繰り返すので、その嫌がらせが、無力化してきた。

もう一回書く。

嫌がらせも、繰り返されれば慣れてくる。あまりにしつこくするもんだから、私も周りも、慣れが出てきた。だから、毒母の嫌がらせは、無力化してきているのだ。

そう実感するほんの少し前のこと、今回も、迷惑をかけた関係者の所に、慌てて駆け付けて、お詫びに説明、と胃を痛くし

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⑤/24【愛着を感じてはいけない】のビリーフ ~悩みの原因となる24のビリーフ~

【説明】
《愛着を感じてはいけない》のビリーフを持つ方は、幼少期に親との間に健全で安心を与えてくれる愛着(愛情)関係を築き損なった経験から、大人になって、愛着を伴う人間関係を回避したり、愛着というものの存在に対して違和感や恐怖を感じます。
また、目に見えない愛情の存在を否定する代わりに、お金や地位、立場、物等、目に見えるもの、手で触れられるもののみを執拗に追い求め、愛情の確認材料とする方もいます。

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「家族」という言葉で縛られた自分を助ける為の戦い

40手前の中年です。自分を不幸にしていた「家族」から自分を救い出す戦いの様子を書いてみることにする。まだ戦いは続くかもしれないけれど、一つの行動を確かに自分は行った記録として。

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毎年正月が来るのが怖い。「いつになったら帰ってこれるの?早く会いたいわ。楽しみね。」という母親からの連絡におびえている。メールが届くと吐き気がする。体調を崩してその日一日は寝込んでしまう。毎日携帯を見るのが怖く

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人には人の事情がある

本家のブログに書いたこと、
https://ueharayumi.net/2019/09/26/post-800/
ちょこっとアレンジしてお届けしてます♪

ごく最近になって、
「人には、それぞれ事情があるんだ」ということが
ものすごくスーーーッと腑に落ちて
腑に落ちた実感と共に
人の行動に対してイライラしなくなったっていう話です。

頭では理解してても、なかなか
自分の中に落ちてこなかった感覚。

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いざ!住み込みバイトへ!

家を飛び出し、関東。
ついに明日から住み込みバイトが始まります。
明日は移動日で、寮の確認やオリエンテーションがメイン。シフトに入るのは明後日からのようです。挨拶でやらかさないようにしないと…

かなりの大荷物を持ち込むことになりました。

スーツケース(着替え、仕事着、靴等)
ボディバッグ(貴重品)
肩掛けバッグ(化粧品、筆記具等)
トートバッグ(生活消耗品)

そして寮に直接、お皿などの生活雑

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いま戦っている同士へ

私は毒親サバイバーだと気づいたのは息子が生まれてからなので、状況的に短時間で親との別離が出来たのだけれど、まだ戦っている君へ。

いろいろ試行錯誤してやってみた事をまとめてみた。かなりな主観なので、合わないものも多々あるかもしれない。

対処法…生きづらいとか、シンドイとか自信が無いとか諸々の問題をどうしたらいいかと思って実際に行ったりやったりした事

①友人に相談してみる…友人にもよる、理解され

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愛を乞うプリン

プリンを作る。
ミルク200ccに卵2個と卵黄一個、そして砂糖。この固めに仕上がる比率は亡き母の好みのものだ。
プリンはそんなに神経質にならずとも美味しくできるのがいい。
多少分量が違っても大丈夫。
オーブンを使わなくても、鍋でだって出来るんだ。
気をつけるのは、材料を混ぜ合わせる時に泡立てないことと火加減だけ。

よく冷やして、珈琲と一緒に写真の前に。
お母さん、はいどうぞ。

お母さん。
こう

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ありがとうございます!あなた様にもいいことがありますように。
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この世の中を知り尽くしている人なんて居ない

私は、物心ついた頃、祖母と暮らしていたに近かった。

両親と一緒ではない事とか、母が居なくて寂しいとかはなかったけれど、友達と遊べない事が寂しかった。

いつも祖母の家の庭で一人で遊んでいた。

一番好きなのは、泥団子を作るのが凄く楽しかったのを覚えている。後は、裏山を登ると、反対側はもっともっと高い山の頂上に鳴って居て。凄く見晴らしがよくて、その山を登るのが好きだった。

それ以外の遊びの記憶は

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