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「YUKITO-死にたい俺と生きたい僕-」第3話(漫画原作)

 生きることが不器用だった俺は、妙に器用に立ち振る舞うゆきとが少し癪に触った。ゆきとに振り回されつつ、慌ただしい生活を送っているうちに、あっという間に水曜日になった。央香さんとの約束の日だから、今日だけは志築さんとの練習は休んだ。約束の19時まで3時間ほど余裕があった。
「ゆきとくん、あのさ…ちょっと寄りたい所があるんだけど。」
「寄りたい所?」
「うん、最初から思ってたんだけど、ゆきとくんって前髪とかボサボサに伸びすぎてるじゃん。髪切ろうよ。」
「は?これから急に髪を切れってこと?これくらいの長さはいつものことなんだけど…。切るなら昔から通ってる理容室に行くし。」
「理容室じゃなくて、たまには美容室に行こうよ。」
「美容室なんてヤダよ。俺のガラじゃないし…。」
「ゆきとくんはイヤでも、僕は行きたいの。ほら行くよ。」
俺の足を使って、ゆきとは勝手に歩き出した。
「なんで急に美容室なんだよ。勘弁してくれよ。」
「美容室と言っても、男の人が経営してるお店だから、恥ずかしがり屋のゆきとくんでも大丈夫だから。」
「たしかこの辺なんだけど…。あっ、あった。」
ゆきとは『街風美容室』という看板のお店の前で足を止めた。
「まちかぜ…美容室?」
「まちかぜじゃなくて、つむじ美容室だよ。ここで髪を切ってもらいたかったんだよね。」
躊躇する俺をよそにゆきとはさっさと入店した。
「こんにちは。予約してないんですが、これから大丈夫ですか?」
「いらっしゃいませ。今日はもう予約のお客さんいないので、どうぞ。」
40代後半くらいに見える男性が店主らしかった。
「こちらのお店、ずっと気になってたんです。前髪とか伸び放題なのでお任せで、すっきりカッコよくしてください。ピアノ弾くにも邪魔で…。」
「お任せで了解。キミ、高校生?ピアノやってるんだ。」
「はい、三生雪音って言います。高2で、最近ピアノ始めたところです。この後、ピアノのレッスンがあって。その先生のことが気になるので、みっともない髪じゃヤダなって思って…。」
「へぇ…ゆきとくんって名前なんだ。ピアノの先生のことが好きなのか…青春だね。」
彼はなぜか「ゆきと」という俺の名前に少し反応した気がした。
「街風さんって名字なんですよね?街風さんはお子さんいらっしゃるんですか?僕の父と同じくらいの年齢に見えるから…。」
「そう、よく知ってるね。街風は名字なんだよ。結婚はしてるけど、子どもはいないから…。気ままに店やってのんびり暮らしてるよ。」
彼は俺の髪を切りながら、ゆきとの質問に答えていた。
「結婚はしてるんですね。子どもがいたらいいなって思ったことはないですか?」
「子どもがいたらね…勝手気ままな暮らしはできないから。ほしいと思ったことはないかな。」
「そうなんですか…。子どもって生まれたら急に愛しくなって、性格変わる親もいるって聞きますし、街風さんは自分が変わってしまうことが怖かったんじゃないですか?生活が変わることより、自分が変わることを恐れる人もいますよね。」
ゆきとはなぜかトゲトゲしく彼に向かって言った。初対面の大人にそんな態度をとったら、気分を害されるのではないかと内心ハラハラしていた。
「ははっ、よく分かってるね。たしかに子どもがいたらいたで、かわいく思えてしまうかもしれないね。そうだね…俺は自分を変えたくなかったのかもしれない。自由奔放な俺が子どもをもつなんて向いてないよ。ただそれだけだね。」
案外おおらかな彼はゆきとに何を言われても、機嫌を損ねることはなかった。
「街風さんみたいな考えの大人もいるんですね。参考になりました。僕はできれば将来、自分の子どもはほしいと思っているので、気になってしまって…。」
ゆきとは俺の身体を使って、子どもまで残したいと考えていたことをこの時知った。
「キミはしっかりしているようだから、きっと大丈夫だよ。素敵な父親になれると思う。ピアノの先生が好きなんだっけ?恋が成就するといいね。これくらいの長さでどうかな、ゆきとくん。」
前髪も短くなり、おしゃれなショートヘアになった俺はまるで別人のように見えた。
「ありがとうございます。こんな髪型に憧れてたんです。」
「気に入ってもらえて良かった。じゃあ、シャンプーしてブローするから。」
髪を念入りに洗ってもらい、ドライヤーで乾かしてもらっている間だけは、ゆきとは何もしゃべらず静かだった。仕方なく代わりに俺が彼と話すことにした。
「こちらのお店…長いんですか?」
「そうだね、元々は母の店だったから、もう50年近いよ。」
「へぇーずいぶん昔からあるお店なんですね。お母さんのお店が美容室だったから、理容師じゃなくて美容師の道を進んだんですか?」
「まぁ、そういうことになるかな。それから単に俺は女性が好きだったから…。」
「じゃあ恋多き男なんですね。」
しばらく黙っていたゆきとが口を挟んだ。
「今は落ち着いたけど、若い頃はね…そこそこ恋したよ。特に独身の頃はね。」
「街風さん、若く見えるしイケメンだし、今でもモテるんじゃないですか?」
「そんなことはないよ。今は全然だよ。ゆきとくんこそカッコいいし、若いんだから、恋もこれからの人生も楽しみだね。」
「そうなんですか…。はい、生まれたからには、恋も自分の人生も楽しむつもりです。街風さんを見習って。」
「若者からすれば、俺は反面教師だから…。キミの幸せを願っているよ。良かったらまたお店に来てね。いつでもカットしてあげるから。」
「はい、また伺いますね、周(めぐる)さん。」
 
 代金を支払って店から出ると、俺はゆきとに尋ねた。
「もしかしてさ…あの人って…ゆきとのお父さん?」
「うん、そうだよ。僕のことを認知してくれなかった人。街風周。」
「やっぱり…だからあんなに敵意むき出しだったのか。ヒヤヒヤしたよ。」
「あれでも言葉選んで、抑えた方だよ。お母さんを妊娠させた時にはすでに既婚者だったんだよ。だからなおさら僕なんて認知できなかったんだと思う。」
「うぁ…そうだったのか…。女好きって自分から言ってたもんな。」
「お母さんは最初、客としてあの店に行って、あの人と知り合ったみたいなんだ。僕は許せない敵みたいなものだけど、お母さんからすればあんな人でも本気で好きだったみたいでさ…。もし僕のこと産めてたら、あの人に僕の髪を切ってもらいたいって夢もあったみたいで。お母さんの願いを叶えるためにもあの人に一度、切ってもらいたかったんだ。」
「そっか…。央香さんはあの人に真剣だったんだ。子どもの髪を切ってもらいたいって思うくらいなら、本当は結婚もしたかったんだろうね。」
「あの人は…お母さんのおなかに僕ができても、離婚してお母さんを選ぶことはしてくれなかったからね。お母さんはあの人とは結ばれない運命だったんだよ。」
ゆきとと街風さんの話をしながら央香さんの元へ向かった。髪はすっきり軽くなったのに、なぜか心は重くなっていた。
 
 「雪音くん、来てくれてありがとう。あれっ?髪切ったんだ?その髪型、素敵ね。」
出迎えてくれた央香さんはすぐに俺の髪型の変化に気付いた。
「お邪魔します。最近切ったばかりで…。なんか前より片付いてますね。」
「雪音くんが来ると思うと、散らかしたままの部屋じゃ恥ずかしくなって…。レッスンを始める前に食事でもどう?軽食を用意しておいたの。」
「食べたいです!」
突然ゆきとが大きな声を上げた。
「良かった。じゃあ、準備するわね。」
彼女は前より片付いているテーブルに、ハンバーガーやフライドポテト、サラダにスープを持って来てくれた。
「バンズは買ったんだけど、ハンバーグは手作りなの。ポテトとサラダとスープも一応手作りだから口に合うといいんだけど…。」
「ありがとうございます。どれもすごく、すごく…おいしいです。これが夢にまで見た、お母さんの味なんだ…。」
「そんなに喜んでもらえるなんてうれしいわ。雪音くん、お母さん亡くしてるものね。お母さんの味、恋しいわよね…。」
感極まったゆきとがしゃべった言葉を都合良く解釈してくれた央香さんはそんなことを言った。
「はい…。本当は…お母さんのおっぱいも恋しくて…。」
おいおい、ゆきと、それは言わない約束だろ。
「そう…おっぱいも恋しいのね…。少しくらい、触ってもいいのよ?私をお母さんだけと思って、甘えて…。」
へっ?央香さんまで…。親子揃ってヤバすぎるだろ。
「えっ?いいんですか?お母さん…。央香お母さんのおっぱいだ…。」
ゆきとは俺の手を伸ばし、彼女の胸を触り始めた。
(ちょっ、何やってるんだよ。やめろよ。俺、誰かのおっぱい触るなんて初めてなんだけど…。)
(お母さんが触っていいって言ってるんだもん。触るに決まってるじゃん。僕はお母さんの息子なんだから。)
(俺は彼女の息子じゃない。赤の他人だし、やめろって。)
「ん…雪音くんにおっぱい触ってもらえるとすごく幸せな気分になる…。」
こんな状況どうかしてるし、やめたいのにゆきとも彼女もやめようとはしなかった。
「央香さん…僕…あなたのことが好きみたいです…。」
「雪音くん…うれしいけど、私はおばさんだし、雪音くんはまだ17歳じゃない。ダメよ。」
「年の差なんて関係ありません。僕、すぐに大人になるから、それまで待っててください。」
「雪音くん…この前は異性とか恋とか興味ないって言ってたのに、今日はなんだか別人みたいね…。おばさん、ドキドキしちゃうわ。」
(おい、ゆきと、何考えてるんだよ。この前は志築さんに一目惚れしたとか言ってたくせに、今度は央香さんにアプローチするなんて。)
(僕はあの女好きの父親の遺伝子受け継いでるから、仕方ないよ。心咲ちゃんのことは異性として好きだし、お母さんのことは息子だから大好きなの。お母さんの恋心を蘇らせたかったしさ。)
どうかしてる親子に挟まれた俺は、自我を失いかけていた…。

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