LOCAL STRANGER

上海生まれ、日本育ち、国際結婚。デザインの仕事をポツポツしている娘2人の母です。 いい…

LOCAL STRANGER

上海生まれ、日本育ち、国際結婚。デザインの仕事をポツポツしている娘2人の母です。 いい意味でも、そうでない意味でも、どこに行っても異邦人。 noteを始めたばかりで模索中ですが、遠い過去に置いてきた書きたい願望を実らせるためにつらつらと日々思ったことを綴ってみます。

マガジン

  • サステナブルって?

  • 子供と未来と教育と

    留学、国際婚、上海移住を経て、少しアウトサイダーな目線を持った母として教育について考えてみます。

  • あの頃

    自分が通った小学校に娘が通い、自分の育った街に住んでみたら、『思い出ぽろぽろ』のようにあの頃の私と同居するようになった。ドラマチックでっもないけれどあの頃の自分が抱えていたものが表面化して、ここで書くことで違った光が当てられる。セルフセラピーのようなものになってきました。

  • 食べること

    食べることが好きです。子供の頃移民であったり、自分も留学生であったり、夫が外国人であったり。ちょっと国籍不明な食卓になりがちですが、そんなのも楽しい。だって食べることが大好きだから。そんな気持ちの詰まったマガジンにしていきたいな

  • 時々ポエマーになります。 書き手は説明抜きで情景や感情を表現でき、受け取る側は、書き手と同じ風景は見えていなくても、言葉からその人自身の風景を見ることができると思う。そう言う意味ではアートです。

最近の記事

プラごみ減らないね

若い頃から環境問題に大いに興味はあるし、知識もそれなりにつけてきたと思う。全然足りてないとは思うけれど、可能な範囲内で気を遣って生活の選択をしたい。 それなのにやっぱり出ちゃうんですねぇ。プラごみって。 お肉のトレーとか、調味料(可能な限り瓶の商品を買うけれど、回避できなかったり、高かったりしますね)、洗剤類の容器、化粧品の容器、プラプラプラプラプラプラプラ。 以前も書いたけれど、生活を意識して見直すと、思っていた以上のプラごみを排出してしまっているのに愕然とします。そ

    • 読書日記はじめます

      本が好きだ。 とても好き。 Kindleも使うけれど、やはり手にとってページをパラパラめくれないとしっくりこない。 こっそり告白すると、結構本を買いこんでは、本好きを主張しているくせに、一冊の本を読みきらないことが多い。 小説でも、随筆でも、ちょっと小難しい本でも、私は気分読書をしてしまう。つまり、その日その時の気分に合っていないと読み進められない。結果、同時進行で読みかけの本が10冊以上!みたいなことが常態になってしまう。部分読みだけしていたり、10年越しの本すらあった

      • クリエイティブコーチング DAY 1

        友人に勧められて、クリエイティブコーチングを受けてみた。これはその記録。 ※長くなります。 クリエイティビティはどこへ仕舞われてしまったのか 私は小さな頃から絵を描くことが好きで、家でも学校でも塾でもシコシコと小説や絵をノートに書き溜めているような子供であった。それが今では自由な時間があっても絵なんて描こうとも思えない。あんなに溢れるようにして『そこにあたりまえにあった私のクリエイティビティは一体どこへ仕舞われてしまったのか?』それが知りたくて、コーチングを受ける決意をし

        • アンタイトルド

          自分の中に巣食う 怒号がある 轟くそれは昔からある 子供の頃の私の写真 不服そうに キッと前を睨んだものが多い 何に怒っているのやら 対象があるわけでもなく それはエネルギーに近い スーパーサイヤ人になる時って このエネルギーを解放しているのかな 子供の私はマジマジ考えた そしてなんと そこに深く慈しむ心が同居している 同じものを源泉にしている 裏表みたいに 破壊の神シヴァ 再生の神シヴァ シヴァ神でも宿してしまったのだろうか 1990年代夏の上海 バスの車窓から

        プラごみ減らないね

        マガジン

        • サステナブルって?
          2本
        • 子供と未来と教育と
          2本
        • あの頃
          11本
        • 食べること
          9本
        • 3本

        記事

          くつずれ

          雨上がりの夕方、足をひきづって歩く、新社会人であろうパンプス姿の女性を見かけた。足首には既に何枚かの絆創膏。ガンバレ、と思うと同時に、彼女がそんな靴を履かなくてはいけない社会に苛立つ。 若いころ、中高生からハタチ前後のころだが、それように持ち歩く絆創膏が欠かせないくらい、いつも靴擦れを起こしていた。足に合わないような靴を履いていたこともあるが、「女性の足は小さい方がよい」という偏った美意識のすりこみから、幅広の足を長さだけで合わせたサイズの合わない靴に押し込んでいた。学生時

          ローカルストレンジャー

          ローカルストレンジャー。この言葉を使いはじめたのはニューヨークに住んでいたころのことである。アメリカでは、学生ビザでは働いてはいけないことになっている。けれど大学卒業後1年間、OPTという外国人学生が就職に向けて、インターンとして働きながら在留をして良い期間がある。そんな最後の1年、私はインターンシップといえば聞こえはいいが、無給の雑用係として憧れのコレクションブランドで働いていた。時は2010年、2008年の金融危機の影響がまだまだ生々しかった当時、就労ビザを取得する難易度

          ローカルストレンジャー

          ちゅっちゅ、ちゅっちゅ、中学生

          小学校6年生になった娘がドラムを叩く。 数年前の夏休みに行ったお祭りで、たまたま知り合った友人のお宅に誘われるがままお邪魔して、たまたまそこにあったドラムセットを、たまたま叩いてみたら、電撃が疾ったようだった。音楽バカの夫は二の足も踏まず自宅に電子ドラムセットを購入し、娘は以来週一回レッスンを受けている。親バカ承知で言うが、なかなかセンスも良く、飲み込みも良いし、何より叩く姿がカッコイイ。 そんなドラムレッスンの先生が開催するセッション会に先日参加してきた。先生が集めた音

          ちゅっちゅ、ちゅっちゅ、中学生

          紅虹空港

          4年前の夏のおわり、2歳になる次女を連れて、私は紅虹空港にいた。出張がてら会いにきた両親を出迎えるためだ。飛行機の到着が予定時刻より大幅に遅れ、夏の暮、午後の間延びした時間帯に到着ゲートで手持ち無沙汰となってしまった。仕方がないので、ダンキンドーナッツでチョコレートソースがたっぷりかかった舌が痺れるほど甘そうなドーナッツと、パックのオレンジジュースを次女に買い与え、陽射しが燦々と降りそそぐ待合ベンチの一つに腰掛けた。ベンチは1基に4席あって、2基背もたれがくっついた状態で数列

          成田空港

          1991年5月某日、私は成田空港にひとり降り立った。あと一月一寸で6歳になる手前、5歳の時だ。胸に『同伴者不在児童』と書かれたプラカードをぶら下げ、上海の空港で祖母に私をたくされた赤の他人と、空港スタッフのお姉さんに手を引かれ、到着ゲートで待つ両親の元へと誘われた。数年ぶりに会う両親と、いわゆる感動の再会シーンがあった記憶はない。そもそも私は両親の事をよくおぼえていなかった。父は私が1歳になる前に日本へ留学し、母も私が3歳になると父の元へ渡った。母との別れの朝、知人のバンで彼

          新年飯

          新年明けましておめでとうございます。 note開始当時は溜まっていたものを掃き出すかのように、書き綴っていたのだけれど、それが一度落ち着いてからは書くことから少し遠のいていた。そして今また再燃してつらつらと書きたい内容を思い浮かべたりしているのだけれど、自叙欲の掃き出し作業が終わってスッキリしたからか、根っからの食いしん坊からか、大概何を思っても食べものから発展したり、起点が違えど最終的に食べ物につながっていったりしている。 困ったものだ。今年もダイエットとは程遠いかもし

          年夜飯とおせち②

          さて前回につづき、上海のおせちとも言える年夜飯を紹介したいと記憶を辿ってメニュウを調べてみた。この記事ですべてを紹介し切れるかわからないけれど、印象の強いものからとりあえず初めてみよう! 葱油海蜇萝卜丝 これは千切り大根とくらげの葱油和えである。干くらげは80℃でさっと湯どおしして戻しておく。千切りにした大根は塩をしてしんなりさせて水気を絞る。万能ネギは小口に切る。ボールに大根、ネギ、塩、熱した胡麻油入れてひと混ぜ、そこにくらげも加えてさらに和えて完成。 四喜烤麩 干

          年夜飯とおせち②

          年夜飯とおせち①

          師走ですね。先週の春を思わせる暖かな雨風からうってかわって、12月に入った途端に冷え込み、ぶわっと年末が目前に感じられるようになりました。11月初めから、街を歩けば『おせち承ります』の張り紙を見かけるようになり、12月にもなると『売り切れました』と、そのチラシの上にステッカーが貼り足されていくのを目にして、胃の下あたりがうずうずそわそわ。どうせ作りも、買いもしないのだから、あたふたする必要なんてないのにです。 さて、『おせち』をどうせ作りも買いもしないと書いたのだけれど、そ

          年夜飯とおせち①

          おくち嗜好

          柿はじゅくじゅく熟れたやわいのが好き だけれど、桃やメロンはシャクシャク硬いのが好き バナナですら外皮に緑が残るくらい硬めが好き 天津甘栗は食べるけど、マロンには興味がない 肉まんもあんまんも皮が好き あんまんに至っては中身をごっそり残したりする トマトは余計に一個多く買って、軽くお塩をふって台所で丸かじり 一番好きな調味料はたぶんお酢 最強の調味料コンボは、ごま油と醤油とお酢に蜂蜜ちょろり 子供の頃好きだったおやつは 『都こんぶ』と『麦ふぁ〜』と『ボンタンアメ』 子供の頃

          おくち嗜好

          小籠包

          初めて小籠包を食べた日を、今でも覚えている。私は10代の反抗期まっさかり、20世紀末である。場所は上海の観光地として名高い麗しの豫園、その敷地半分を占める商業施設、豫園商城内に店を構える南翔饅頭店である。豫園は、16世紀中頃に孝行息子が愛する父親へのプレゼントとして造園した美しい庭園で(庭園プロジェクトが壮大すぎてが完成したのが父親の没後であったという、なんとも上海らしいオチ付きである)、近年造られた隣接の商業施設も伝統的な建築様式で建てられている。中国の物産品や工芸品を取り

          母親になって

          近所の商店街にある小さな書店に、子供のお迎えまでの隙間時間に立ち寄った。美しい本を多く扱う、胸がときめく場所で、つ、つ、つ、と棚を眺めていると胸をギュッと掴まれるタイトルが目に飛び込んだ。 『母親になって後悔してる』 このロマンチックな本屋に似つかわしくない、弾丸のようなタイトルにギクリとしつつ、目を逸らしてきた部分に光を当てられたような怖いもの見たさで、パラパラと頁を括った。女性が子供を持たないことを社会から糾弾されるように感じるいき苦しさがある。逆に、社会的神話のよう

          母親になって

          父 

          私の両親は上海人である。上海人は自らのことをプライドを持って「上海人」と言う。上海人は上海語を話す。標準語である北京語と文法は大体同じであるが発音が全く違う。同じローマ語圏のフランス語とイタリア語の違いに似ているかもしれないし、もっと違うかもしれない。例えば、上海語と広東語でのコミュニケーションは不可である。上海人は外国で上海語を耳にすると赤の他人でも話しかけずにはいられない、「ガーセーメン」(情報過多気味の世間話)をして即時に既知の旧友のようになる。逆に上海人でない者を一括