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【プロローグ】 物語の“花”を生ける

昨年の7月から「物語の“花”を生ける」というシリーズで連載をしている。

そもそもこのnoteのコンセプトが「物語と物語をつなぐ千の花」である以上、花について何か書いてみたいとずっと思っていながら、何を書いたらいいのか分からない時間が長く続いた。

作家梨木香歩さんに『不思議な羅針盤』というエッセイ集があり、その中のいつくかに、さまざまな土地での暮らしとその土地に生きよう、根づこうとする花や植物の美しさ、したたかさ、たくましさなどについて書かれたものがある。できればそんなものを書いてみたいと思いながらも、何かを栽培しているわけでもないし、花の種類や生態について語れるほど通じているというのでもないし・・・。

花を生けることをとおしてこの数年、花と付き合ってきたけれど、花生けそのものを語るには、まだ早いような気がしていた。

そんなとき、星占いを中心とした記事やエッセイを執筆している石井ゆかりさんの『「美人」の条件』というコラムを読んだ。石井さんは、それまで「美」に関する記事を依頼されることがあったのだが、ご自身が持つ「美」の知識や経験の少なさから、それを断わるしかなかったという。

でも「美」に関する悩みや迷いを持っている人は多く、占いから「美と幸福、美と人間関係は、切っても切れないテーマ」だと感じたとき、ドストエフスキーの『罪と罰』のある一節に出会う。そこで直観的に「『美』は生まれ持ったすがたかたちや、いわゆる『美しくなるための努力』だけで出来ているものだろうか?」という疑問を持ち、それを起点に、「小説他、さまざまな場に描かれる「美」や「美人」の姿を通して、「美」が私たちにとってどういう意味を持ちうるのかを考えてみたい」と思い、石井さんはそのコラムをはじめた

ああ、そうか。「美」を「花」におきかえたものなら、文学作品や絵画、映画などに現れる“花”についてなら、花に関する実際的な経験が少ない私でも、花について考えることができるかもしれない、その考えたプロセスなら書くことできるかもしれない。

それまで、日本の古典文学やそのほかの文学作品などに登場する花、草花、木枝は、季節の変化や人々の心の移ろいを託すものくらいの認識しかなかった。でも花を生けることを通じてもう一度読み直してみると、花や植物の一つひとつに意味と役割があり、花や植物の力をみずからの力に変えて、世界をかたちづくろうとする人々の営みを感じるようになっていた。

また、草花が姿かたちを変えていく様子を日常的に目にするようになったことで、自然現象の移ろいの中に不変を、不変の中に移ろいをみた、古代日本人の心象について、「ああ、こういうことだったのかもしれない」と実感を伴って思いを馳せることが多くなっていった。

そんな気持ちではじめた連載シリーズ。文学作品や絵画、映画などに現れる花や植物の持つ力を、作品の中から掬いだして生けてみたいという試みでやっているのだけれど、一つの作品から花や植物の持つ力を掬いだすのに、3ヶ月近くかかってしまったこともある。

当初取り上げようと予定していた作品は2〜3回で底をつき、次の作品選びに1ヶ月もかかってしまったこともある。回ごとに何かと難航しているけれど、通常の自分の趣味趣向では決して出会えなかった作品、花や植物を通じたからこそ出会えた作品に触れることが、この上ない楽しみの一つとなっている。

現在は主に海外の文学作品、日本の古典文学、日本の現代文学の3つのカテゴリーから1冊ずつ選んで進めているが、今後は、絵画や映画などに現れる“花”も生けていきたいと思っている。

このシリーズを読んでくださった方が、花や植物の力を感じてくださり、花や植物から観た新たな作品世界を感じてくださることを祈って。


【目次】

第1回 純度の高い恋は地に落ちて、いっそう輝く
    『ナイチンゲールとばらの花 』(オスカー・ワイルド)

第2回 戦国武将の命をかけた花生け
   『時今也桔梗旗揚 ときはいまなりききょうはたあげ』 (鶴屋南北)

第3回 鬼がこの世にだだひとり、生きた証を刻みつける花
   『紫苑物語』(石川 淳)

第4回 魔女は花の力で空を飛ぶ
   『メアリと魔女の花』(メアリー・スチュアート)

第5回 水仙は、心の静寂清明な一点を映し出す
   『月光は受話器をつたひはじめたり越前岬の水仙匂ふ』(葛原妙子)

第6回 “死者”に手向ける花
   『亡き王女のための刺繍』(小川洋子)

第7回 花に生かされ、花に奪われたラブストーリー
   『うたかたの日々』(ボリス・ヴィアン)

第8回 小町の復讐をかたどる花
   『小町の芍薬』(岡本かの子)

第9回 過去も未来も超える花
   『時をかける少女』(筒井康隆)

第10回 それでも太陽をみつめつづけた花
     映画 『ひまわり』(監督:ヴィットリオ・デ・シーカ
     主演:ソフィア・ローレン、マルチェロ・マストロヤンニ)

第11回 女の生き難さを物語る花
    『源氏物語』 朝顔の巻

第12回 カメリア、それはシャネルの戦友
    シャネルのカメリア

第13回 少女と女王をつなぐ花 
    『森は生きている』(サムイル・マルシャーク)

第14回 蛇に飲み込まれた桜
    『桜心中』泉鏡花

第15回 片腕偏愛と白い花
    『片腕』(川端康成)『くちなし』(彩瀬まる)

第16回 マツリゴトを負う女たちの覚悟の花
    『彼岸花が咲く島』(李 琴峰)



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