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詩『ミソスープの出汁』

海の向こうのこどもたちが
いつでも帰還できるように
親たちは水際を整えておく
記憶の水紋をたぐりよせて
過去からの抽斗に収納する

水溶性のかぜの音色が泣く
おおきな大陸を乗りこえて
つくられた波と波のしるしから
生きた両手を音読しているのだ
 
潮のにおいがする鴎のように
花の蕾をくすぐりつづける夜
一日の感性の収穫をかぞえて
やんわり、と体重計をしまう

昼の火照りが鎮まってきたら
番犬と表札を取りこんでゆく
網戸のマスクをはずしながら
扇風機のご機嫌を修正しよう

なつの肌は無防備なので
親たちはこどもたちへと
絵葉書で温度差をはかる
便りがない光が鳴らない
瞼の裏で国際電話をする

『……Hello?Hello?』
(ツーツーツー……)

何億年も泪と汗を貯水しているから、こんなにも遠い景色が揺さぶられる。何重にもかさなって録画されていたホームコメデイーの会話。不自然な吹き替え。いつだって異国の香りは近くてとおい。記憶のなかの笑顔は、真っ赤にかがやく正午の太陽だ。人工島の熱は毎年、上昇傾向。こころのヒートテック、万国共通、類似品にご注意を。身体のそとがわは真夏の砂浜にまみれて、うちがわはフリーズドライ。あたたかかったスープは粉末の砂時計。いつかすやすや体重をあずけて、スープで熟睡できるだろうか。とおあさの海の果てには、未知の道を底にかくしている。

目を閉じる、
瞼の裏で、今夜も会話が始まる、

(つながるひぃがくるんや、ゆびさきも、でんわも、あいさつも、じかんも、こえも、なあ、きいてんの?⚫⚫?)
 
(……ううん、ううん、うん……さいきん、あんまりあるかんくなったわー、にほんみたいに、ちかくに24じかんえいぎょうのコンビニやじはんきがあらへんからなー……)

(つながるひぃがくるんや、きおくも、ことばも、きょりも、じさも、あじも、おい、おい?きいてんのか?⚫⚫?ちゃんとたべてんのか?)

(……うん、ううん、うん……、あれ、いつもの、おかんのなー、ぶたじるとなー、なっとうごはん、めっちゃ、たべたいねん……)

(かあさん、⚫⚫が……なんかゆうてんぞ、あんなに、ぱんのほうがええゆうっとったのに、かあさん、かあさん、なあ、……ガチャッ、)
 
(……ツーツーツー)

COVID-19がおちついて、お湯を沸かして、段ボールで日本から送られてきた、フリーズドライの、味噌汁を、飲んだ、

遠くてちかい、しょっぱい日本海の味がした。



photo:見出し画像(みんなのフォトギャラリーより、吉村ジョナサン)

photo2:Unsplash、未来の味蕾
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photo3:フリー素材 
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