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【読書コラム】わたしたちはなんのために生きている? - 『死と後世』サミュエル・シェフラー(著), 森村進(訳)

 近い将来、人類が確実に滅亡すると仮定しよう。

 理由はなんだっていい。

 どデカい隕石が降ってくるとか、地球温暖化が進み過ぎるとか、核戦争が勃発するとか。謎の病で世界中の女性が妊娠できなくなるとか、あらゆる食糧に毒が備わり始めるとか、SFっぽい展開であってもかまわない。

 とにかく、それが遥か未来の可能性ではなく、確実に滅亡すると客観的に示されることが重要である。

 そのとき、我々はこれまでと変わらぬ日々を送れるだろうか?

 ありそうでなかった究極の問いをきっかけに、サミュエル・シェフラーは著書『死と後世』で独自の哲学を追求していく。

 やがて人類は滅亡する。そう、誰もが漠然と思ってはいる。

 だが、あくまで何百万年後の話。まさか具体的なスケジュールを想定し、いまから準備したりはしないだろう。中には人類と呼べない他の高等生命体へと進化するとか、他の星に移住するので地球上からは姿を消すとか、とんちを利かせて解釈している人も。いずれにせよ、身近な問題として、本気で頭を悩ませたりはしないはずだ。

 してみると、逆説的に、我々は人類の滅亡を信じていないのかもしれない。そのことに気がついたサミュエル・シェフラーはこんなことを考える。

 自分の死後も他の人々は生き続ける。その前提で我々はいまを生きている、と。

 ときに、人は己の人生をかけて仕事をする。治療薬や建築物、芸術作品、複雑な経済システムに至るまで、後世に残るなにかをやろうとするのは、後世があるからに他ならない。だいたい、子どもを産むのだって、明るい未来を思い描いてのことだろう。滅亡が決まった世界に、果たして、我が子を送り出す気になれるだろうか。

 連綿と続く人類の営為のほとんどは、後世のためにあったと言っても過言ではない。子孫を残し、富を残し、文化を残し、歴史を残し。現在は死んでいった人たちの残したものであふれている。

 もちろん、残っていないものは残っていない。故に、過去を振り返るとは、常に、残されたものを見ることを意味するわけで、話はトートロジーめいてもくる。ただ、この矛盾にこそ、人間の生きる理由が隠れているとわたしは思う。

 というのも、いまもむかしも後世が存在し続けている事実によって、否が応でも、人生の目的はバトンの受け渡しに収斂せざるを得ないからだ。

 かつて、リチャード・ドーキンスは『利己的な遺伝子』において、あらゆる生き物は遺伝子の乗り物に過ぎないというショッキングな説を提唱した。

 要するに、自然淘汰は遺伝子の生き残りをかけた戦いであり、動植物はそのために結成された遺伝子複合体に過ぎないと言うのだ。つまり、人類もまた遺伝子を未来に運ぶためだけに存在していることになる。

 そして、この論を進める中で、リチャード・ドーキンスは「ミーム」という言葉を発明する。

 いまや、ネット上で拡散されたおもしろ画像を意味する「ミーム」だけれど、gene(遺伝子)をもじったmemeという綴りからして、それは世代を越えて受け継がれる文化のようなものを想定していた。

 例えば、わたしはこの記事をnoteに書いている。サミュエル・シェフラーの『死と後世』を読み、感じたことを誰かに伝えたくなったのだ。運良く、その誰かが感じたことをさらに誰かに伝えてくれたとしたら、なんて素敵なんだろうとも思っている。

 なにかを書いて、発表するとは、とどのつまりそういうことではないか。自分が受け取ったものを他に託す行為でしかない。サミュエル・シェフラーにしたって、たくさんの読書経験に基づいて『死と後世』を記しているし、みんなで文化というバトンを渡し合っている。

 たくさんの人が読み、書き、作品が切磋琢磨する。自然淘汰の果てに残されたものは古典と呼ばれる。その過程で生まれた多くの言葉が現在の我々を支え、新たな未来を作り上げていく。

 眠れない夜、こんなものを書いてなんになるんだ……、と不安に襲われることがある。書いてほしいと頼まれたわけじゃない。立派な賞がもらえるわけでもない。結局は単なるマスターべージョン。時間の無駄でしかないのではないか。

 しかし、我々が乗り物だとしたら。後世に遺伝子だけでなく、言葉も運ぶ乗り物だとしたら。むしろ、書かなくては始まらない。

 そんなわけで、自分は書くために生きているんだなぁと納得し、日々、なにかしら書き続けてしまうのだ。いつか、わたしの文章がAIの養分となり、遠い未来でなにかしらの役に立てばと夢見ながら。



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