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家族の死について

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母の自殺や、それにまつわる気付きや考察記事のまとめです。
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母の命日に起こった浄化のお話し。私の奥深くに眠っていた深い悲しみを知る。

母の命日に起こった浄化のお話し。私の奥深くに眠っていた深い悲しみを知る。

7月23日(日)は、亡き母の命日だった。

その日の朝、日課である瞑想をしていた私は、久しぶりに「母の死」について、色々な想いが浮かび上がってきた。

いわゆる、これは雑念というものだが…。

一般的に  

雑念 = 良くないもの
と捉えることが多いと思うが、
瞑想している時の、この「雑念」というものは、案外、大事だったり、ありがたかったりするものなのだ。

瞑想の時に浮かび上がってくるというこ

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スピリチュアルシリーズ③母の死を予知してしまった私の辛かった記憶( ;  ; )

スピリチュアルシリーズ③母の死を予知してしまった私の辛かった記憶( ; ; )

スピリチュアルシリーズ②はこちら↓

母の晩年はウツ病との戦いだった。

母は乳飲み子の時に自分の母親に捨てられ、その後、義母に育てられ、そのあと産まれた異母兄弟と差別され、実の姉とは長い間、別々に暮らしたという経験があり、愛情に飢えていたのだと思う。

今なら良く分かるのだが、そんなことに気づいたのは母が亡くなってからだった。

私自身は両親の愛情を受けて育ったため、
世間知らずの苦労知らずで…

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自分を許す。母の死が教えてくれたコト。

自分を許す。母の死が教えてくれたコト。

◆今日は父の命日で、無事に法事を終えました。命日は故人を思い出すことが一番の供養になるということで父母私、それぞれ若かりし日の家族写真を添えて家族の事について投稿します。ちなみにこの写真は私の宝物です。

母が亡くなった後、仕事以外の人とは誰とも会う気になれず完全に引きこもった。結果的に一人の時間を持つことになり、とことん自分と向き合った私。毎日夜になると、母の写真を見ては泣き…いろんなことを思い

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母の死から8年。自殺者の家族として、今の私が伝えたいこと。

母の死から8年。自殺者の家族として、今の私が伝えたいこと。

写真は、ハワイ島 キラウェア火山からマウナロアを臨む夕焼け:本人撮影。

◆関連記事は一番下にリンクしてあります。↓

闘病中の母の元へ、また看病に行こうと思っていた頃、突然父から「母が亡くなった」と電話があった。そして、亡くなった理由は病気ではなく自殺だった。母は余命宣告をされていたが、また会えると信じていたから

その知らせを聞いた時に本当に まさか!!!

自分の家族が自殺? 母が自殺? も

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余命宣告を受けた母を巡る兄と私の物語〜激突編から得た気付き。

余命宣告を受けた母を巡る兄と私の物語〜激突編から得た気付き。

写真は、北海道の美瑛町 白金青い池(コバルトブルーの池:本人撮影

死を目前とした母の病室に来ようともしない、私とも話すことさえしようとしない兄と私は壮絶なバトルを繰り広げた。どうしてこんなにこじれてしまったのか?!母の死を通して私が気付いたことを書きます。これまでのお話しはこちら↓

母が亡くなるまで、ほとんど交流のなかった兄から今日も電話があった。
私は、兄から電話があることが素直に嬉しい♪

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余命宣告された母を巡る兄と私の物語〜激突編、まるでドラマのワンシーン?!

余命宣告された母を巡る兄と私の物語〜激突編、まるでドラマのワンシーン?!

写真は、自宅近くにある土手から撮影した夕焼けと富士山とスカイツリー:本人撮影

スキルス性の癌で余命宣告された母。その母の病室にも来ない兄。
そして、その兄を病室で待ち続ける母を思い、
私が取った行動とは・・・

母が余命宣告されてからも、母の病室に顔を見せようともしなかった兄。その兄が主治医との面談に顔を出した日…私は病院の廊下で兄とバッタリ出くわした。電話にも出てくれず…訪ねて行っても居留守を

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亡くして初めて気付く空気みたいな大切なひと。

亡くして初めて気付く空気みたいな大切なひと。

写真は、ハワイ島マウナラニリゾートの夕焼け:本人撮影

いつも当たり前のように、父に寄り添い続けて
いた母を亡くした父との会話を通して感じたことを書いてみます。

スキルス性の癌で余命宣告された母。
自分の消えそうな命に最後まで向き合うことなく、自ら肉体を脱ぎ捨て旅立った。

父は、母親のひと通りの法要を終えた後、急速に元気がなくなり…イヤ、生気がなくなっているように思う。そんな父が私に「母は空気

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”今を大切にする”家族の死を通して感じること。

”今を大切にする”家族の死を通して感じること。

写真は沖縄県・宮古島の展望台に鎮座しているガジュマロの木:本人撮影

半年前に母が亡くなった。その後、祖母が危篤になり落ち込む父。
家族の生死を通して私が感じた「今を大切にすること」について書きます。関連記事は一番下にリンク貼りました。↓

半月くらい前、99歳の祖母がヘルペスにかかり一時危篤状態になった。約半年前に最愛の母を亡くし、最近やっと少しずつ元気を取り戻しつつあった父は、またやってきた

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母の自殺から父へ毎日書いた葉書〜その後

母の自殺から父へ毎日書いた葉書〜その後

写真は、当時、父へ書いたハガキの一部。

スキルス性の癌で余命宣告された母は、病気を苦に自ら肉体を脱ぎ捨て旅立った。錯乱した父と私はケンカ別れに。その後、父に葉書を出し続けた私と父のその後を書きます。
関連記事はこちら↓

母の死の後、ケンカ別れになった父に毎日ハガキを書き始めて約3ヶ月。枚数にすると約90枚。実は、さっきその父から、つ、つ、ついに電話が
きた!私は父の声を聞いた瞬間に涙が出ちゃっ

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母の自殺〜そして始めた「父への手紙」

母の自殺〜そして始めた「父への手紙」

写真は、父へ書いた葉書の一枚(山下清画伯ちぎり絵のポストカード)

スキルス性の癌で余命宣告された母。
自分の消えそうな命に向き合えず、自ら肉体を脱ぎ捨て旅立った。錯乱した父と私。ケンカ別れしてしまった、父と私のその後を書きます。

毎日、父へハガキを書いて出している。母の衝撃的な死で相当なショックを受けた父。その父はどういうわけか私にだけ当たり散らし、私を責めた。いつもの私なら受け止めることが出

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