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【短編】『我慢比べ』

我慢比べ


 寝床に入って間もなく、部屋の入り口の真隣にある押入れの中から変な音を耳にした。気のせいかと思い再び眠りに入ろうとゆっくり呼吸を始めると再び押入れから同じ音がした。その音というのがなんとも奇妙で、まるで何者かがドアをノックしているような「トントン、トントン」とある一定の感覚で音が響くのだ。その音を聞くと、どうしても妄想がさらなる妄想を膨らませ、押入れの中に何者かの気配を感じてしまうのである。およそ別の部屋の窓が開いているがために空気の通り道になっているのだろうと不意に抱いた畏怖を無理やり忘れ、今度こそ眠りにつこうとした。トントン、トントン、トントン。ドアを軽く叩く音は徐々に増えていく一方で、眠りに入ろうと耳にあてた両掌からする何かが膨張するような振動音以外は何も聞こえなかった。しばらくして両手を耳元から離してみると、先ほどの音はしなくなっていた。

 どうしたことか、あれほど何度も戸を叩いているというのに小僧は一向に気づくことがない。戸の叩き方が良くないのか、あるいは小僧がつんぼなのか、まあどちらにせよこのままではいつものように退屈な夜を過ごさざるを得ないことには変わりない。今日はいっそのこと押入れから顔を出してしまおうかとも思ったが、なんの余興もなく突然脅かしても仕方がない。物事には順序ってものがある。しかしこのまま小僧が眠ってしまったらもう脅かしようがない。もう少しばかり戸を叩くのを続けてみようか。と一人退屈している座敷童子は小僧に向けて拳を振るった。

 ようやく気を落ち着かせて寝ることができると、一安心しながら目を閉じると、再びトントンという音が響いた。今度は先ほどより若干強さが増したぐらいの音の響きにいかにも人間らしさを覚え、これは空気のせいではないと確証した。その途端身体中に寒気が走り、押し入れを見る間も無く布団で頭丸ごと覆い隠してしまった。トントン、トントンという音は鳴り続け、次第にその中にいる何かについてあれやこれやと考え始めてしまった。この家には夜にお化けが出ることはお父やお母から聞いたことはあったものの、実際にそれに遭遇することは今まで一度もなかった。なんておっかないんだ。と布団にしがみついて身を縮めていると、ふと別の記憶が頭をよぎった。そういえば、この時期ネズミが出るともお母が言っていた。落ち着け。もしかするとこの音はネズミが戸を頭突きしている音なのかもしれない。一度戸を開けてネズミを捕まえてしまえば音はしなくなる。だが万が一そこにお化けでもいたらどうしよう。と思うとどうも体が硬くなってしょうがなかった。

幾度も戸を叩いても小僧は戸を開けることはなかった。もしや小僧は眠ってしまったかと思い、戸の僅かの隙間から布団の方を見やったが、まだ体をくねらせて寝る体勢を整えているようだった。どういうことか。なかなかこちらに気づかないではないか。さてはすでに気付いてはいるものの怖気付いて動けずにいるな。なんて気の小さいやつなんだ。と小僧に失望していると、どこからか魂の叫びが聞こえてきた。

 どうしよう、こんな時に限って小便に行きたくなってしまった。ドアまですぐの距離なのにその隣には押し入れがある。ドアを開けようにも戸からお化けが覗いてきたら気を失ってしまうだろう。どうにかお化けを見ずに便所まで行く方法はないか。とその魂は思いを巡らせていた。

 なんだ、小僧、小便に行きたいのか。そうしたら手っ取り早い。我慢仕切れなくなって布団を飛び出したところをすぐさま戸を開けて大いに脅かそうか。と思案した。しかしどういうわけか小僧は一向に布団から起き上がらないのだ。ここまでくると我慢比べである。小僧が飛び出てくるまで辛抱強く押入れの中で待つことにした。しばらくすると再び魂の叫びが聞こえてきた。

 ああ、もう我慢ができない。いっそもうここで漏らしてしまって明け方にお母に怒られた方がましだ。全ての事情をお話しすればお母もお許しくださるだろう。しかし、フンドシしか履いていないとすると自分の身体が小便を被りかねない。よしわかった。ここは布団の隅にしてしまおう。

 座敷童子は、小僧の情けなさに呆れながらいっそのこと順序を無視してこちらから布団をめくり脅かそうと決心した。戸をゆっくりと開け一歩一歩と寝床の方に近づいていくと徐々に人間の荒い息が聞こえ、触れ動く体から恐れ慄いている様子が窺えた。座敷童子はいかにも幼子を脅かすような醜い顔を作ってから一変に布団をめくり上げた。その途端、布団の中にいるはずの小僧の姿がないのに気がついた。誰もいないのである。そこには便所に行きたいという小僧の強い怨念だけが漂い続けており、座敷童子はその突然の出来事に肝を冷やした。


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