見出し画像

【短編】『裁き、裁かれ』

裁き、裁かれ


 私は隠し扉を一押しして人々が集う大きな部屋に入った。起立する人々を見て一礼をしてから着席し、静寂になったところで一言申し上げた。

「それでは開廷いたします。」

すると、右の方に座るスーツの男が起立して話を始めた。

「被告はありもしない事実を記事にして週刊誌に大々的に掲載したため名誉毀損で慰謝料を請求します。」

その後すぐに左の方に座るもう一人のスーツの男起立し話し始めた。

「被告は十分に正確な情報と判断した上で、記事を掲載しました。よって、原告からの請求の取り下げを申し出ます。」

 二方の口頭弁論は長く続き、途中で私は気持ちが昂って異論を唱える原告側に対して木槌を叩き、次第に落ち着きを取り戻した。証人という者が何人も現れては私の質問に答え去っていった。さて、和解も成立しないということで閉廷の時がやってきたのだが、被告が記事を載せる際に原告の身近な人からの情報流出があったことが判明し、訴訟を先延ばしにすることなくその後判決は下された。

 私は日々裁判官の業務に追われており、訴訟の種類も刑事裁判から民事までなんでもこなしている。今日も午前中の裁判を終えると、喫煙所へと足早に向かい、ポケットからライターとタバコを取り出した。すでに先客があった。

「最近の世の中ときたら、バカバカしいことばかり訴えてきやがって我々の貴重な時間が奪われる一方だ。そう思わないか?」

私はタバコに火をつけ、一服してから答えた。

「私は、引き受けた訴訟に対して責任を持って判決を下すだけだ。特に訴訟の内容など気には留めていない。」

「裁判官も落ちぶれたもんだ。いっそのこと料理評論家にでもなった方がマシだったかもしれないな。」

と先客は一言二言呟いて喫煙所を出て行った。私はすぐにタバコの火を消し、次の裁判へと足早に向かった。

 私は、過労のせいか原告と被告の言い分を聞きながら気づくと軽く目を閉じていた。すぐに目を覚ますと、被告が原告に言い分を述べている最中であった。私は再び目を閉じゆっくりと10秒数えた。目を開けようとするも、まぶたは開く気配を見せず、深い眠りへと誘導しようと脳内で再び数が響き渡った。そして私はゆっくりと深い眠りに入っていた。

 「裁判官!」という大きな声で目を覚まし、自分がどのくらい眠ってしまったのかと焦りを抱きつつも、現状を把握しようとしたが、どうしたことか全くそれが思い出せないのだ。仕方なくもう一度情報を整理させていただくという体で、再度簡潔に言い分を述べることを原告、被告双方に指示した。どちらも、気持ちが昂っている様子で、私の指示のもと原告から話をすることとなった。原告の言い分はこうである。

「被告は勝手に家を建設しては、自分の家族と身を隠して何十年も住んできた。本来国民は国から与えられた収容施設に住むことが規則のはずだ。なのにあなたは公共施設を装ってその土地を独り占めしてきた。そのため私有財産所持に対する賠償請求を求む。」

私は原告の言い分に疑問を覚えたが、なぜこの議題を一審まで持ち越したのか訳がわからなかった。全くもって辻褄が合わないので途中で弾かれるのが通常であった。原告に対抗するように被告側も言い返した。

「私は独り占めなどしていない。あの建物は実際に公共施設として使われていたんだ。あそこに暮らしてなどいない。」

私は、仮に被告がその建物に住んでいたとして、なぜ公共施設として装う必要があるのかと疑問を抱いたが、もしかするとそこに何か裏があるのかもしれないと、原告のさらなる言い分を聞くことにした。

「では、これはどう説明する?」

と原告が建物内の写真を大きなスクリーンに投影した。

「君ら家族の所有物が部屋中に散乱しているのは、暮らしている証拠にはならないかね?」

被告はそれを見て口を閉ざしてしまった。

 原告の言い分には特に被告の隠し事を明らかにする素振りもなく、あっけなく私の期待を裏切った。今一度双方の情報を整理したが、全くもって筋が見えてこなかった。原告が何に対して訴えを申し出ているのか。被告が何に対して訴えられているのか。一体全体この法廷では何が論点となっているのかとまごついてしまった。すると、隣の席のもう一人の裁判官が小声でささやいた。

「十分判決の材料は揃っているではないか。何を迷っている?」

私はどうすることもできず、その裁判官に助言を求めた。

「これはどちらに分があると思うかね?」

裁判官は驚きの顔を見せて再び小声でささやいた。

「なんだって?原告に決まっているだろう。」

私は、この裁判官は頭がおかしいか秀才かのどちらかだと思いながら、判決の判断を人に任せるほど自分は落ちぶれてしまったのだと思った。しかし、もし仮に彼の助言が正しいのであれば、さらに裁判を続行することは自分の名が廃れると思い、この際あの裁判官の判断に身を任せて、木槌を叩いた。

「それでは次回判決期日は8月9日午前10時とします。これにて・・・」

といつものように閉廷の言葉を言っている最中に徐々に、部屋が歪み始め、景色が暗転していった。

 気づくと、私は自分の部屋のベッドの上にいた。今し方起こったことが夢なのか現実なのかと混乱していると、急に目覚まし時計がうるさく鳴り始めた。私はそれを止め、いつものように家を出る準備をして裁判所へと向かった。


最後まで読んでいただきありがとうございます!

今後もおもしろいストーリーを投稿していきますので、スキ・コメント・フォローなどを頂けますと、もっと夜更かししていきます✍️🦉

この記事が参加している募集

私の作品紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?