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【短編】『もう一つの人類』

もう一つの人類


 我々が暮らす地球には様々な人種がおり、あらゆる民族が特定の地域で文明を発展させてきた。現在に至っては世界各地にあらゆる民族が分散するようになり、グローバル化と言われる時代に突入している。我々人類は互いに共通する面もあるが、一方で違いに一層重点を起き、その違いをもとに個々のアイデンティティーを形成してきた。その形成過程は時代ごとの社会通念の影響を受け、時には紛争や外交問題、個人間の争いなど軋轢の温床となった。

 しかし、それら一般的な違いとは根本的に相反する性質を持つもう一つの人類がいた。その相反する性質とは、人種の違いでもなければ、民族の違いでもない。はたまた性別の違いでも、血液型や遺伝子構造の違いでもなかった。そのもう一つの人類の違いとは、記憶の違いであった。彼らは我々よりも遥かに遠い過去の記憶を持っているのである。というのも、彼らが持つ命そのものは我々と構造上同じではあるものの、機能的な差異があった。その差異を紐解くと彼らは我々のように免れられない死に対して葛藤して生きるのではなく、宇宙を含めた自然というものが生まれる前に存在した概念的世界の記憶を微かに感じとって自分という存在に葛藤するのだ。

 なぜあなたは生きているのかという問いに対して、我々は自分を認めたい、未来のために何かを残したい、子供を産みたいという葛藤を抱く。一方で彼らはその問いに対し、永遠は本来存在しないのではないか、現世は何かしらの苦行ではないのかと、自然さえ存在しなかった始まりも終わりも永遠もない概念的世界の記憶のフラッシュバックに苛まれるのである。つまり、我々が死に対して疑問を覚える代わりに、彼らは自然そのものに対して疑問を覚えるのだ。

 本来、人類の生きる目的とされてきた子孫繁栄というものは、自然の摂理によって代々遺伝子の中に組み込まれて受け継がれてきた防衛本能であり、概念的世界に対する反逆的精神をよりどころに生まれた性質であると彼らは仮定した。つまり生物とは反逆的存在であり、生きるということは反逆的思想を持つことなのだ。しかし、一方で彼らの信じる概念的世界というのは、自然とは異なってすべてが統制された言わば完全体でありすべての疑問が解決される世界なのである。その世界の記憶を感じとることのできるもう一つの人類は、その記憶を取り戻すために生き続け、その微かな記憶を受け継いでいかなければならないのである。

 つまり、我々人類は定められた死へのベクトルから遠ざかろうとしながらもそのベクトルに向かって生きる人間であり、一方でもう一つの人類はそもそもそのベクトルから解放されるべく我々人類を装って生きる人間なのだ。そのため彼らにとって死ぬことは決して生という反逆的思想からの脱却などではなく、むしろ死ぬことでさえも自然という反逆行為と捉えられるのである。その記憶は我々人類の子孫繁栄の意志とともに脈々と受け継がれていくアンチテーゼなのである。

 ほら、また一人、人類の過去を知る赤ん坊が生まれた。


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