敦賀湾に突き出た若狭半島を立石(たていわ)岬目指して、県道141号を北上する。対岸に北陸電力敦賀火力発電所が見える。石炭を燃料に巨大な建物だ。この半島の先っぽには…
米子から境港を経て美保関町に向かう。そこから日本海を右手に眺めながら鹿島町古浦を目指し県道37号をひたすら歩く。 1978年、そう20歳そこそこの頃だが、日本列島の海岸…
波打ち際までの30メートルほどをウミガメと並んで歩いた。 彼女は、そう、彼女だ、深夜誰もいない真っ暗な浜に上がり、いのちを継ぐために卵を産み落としていた。そっと近…
酒が飲めるようになった息子を伴って、久しぶりの京都の店を数軒訪ねた。 「静」や「たこ入道」「たつみ」「スタンド」「サンボア」など、もう50年近く通っている店ばかり…
もう7年以上前になる。ほんやら洞が焼け落ちた翌日。取るものもとりあえず、ぼくは京都に飛んだ。 そして、後片付けを手伝いながら、解体を待つほんやら洞の暗闇の中で、解…
あれは夢だったのだろうか……。 人は誰もふりかえることをやめない。 80年、90年という時間をもってしても、人の記憶を消すことはできないのだ。 「畑の中に1本だけ松の…
離島を歩くようになってはじめて口にし好物になったモノがいくつかある。 その筆頭がフカだ。そうサメだ。湯引きにして酢味噌で食べると実にうまい。もちろん焼酎によくあ…
京都、柳馬場竹屋町の角にその定食屋「おかめ」はあった。昔、45年ほど前の一時期、ほんの短い間だがそのあたりの友人が勤める広告制作プロダクションに中途半端に勤めたこ…
その付け揚げ屋の名前は西春屋。 鹿児島中央駅が西鹿児島駅と呼ばれていた頃、はじめて立ち寄った。取材旅行で筋向かいの旅館に泊まっていたのだ。旅館の部屋で夕方から焼…
種子島に渡ると必ず行く食堂がある。中種子町の「いちに食堂」だ。別になんてことのない大衆食堂だ。うまいかまずいかという話をすると、もっとうまいものを食わせてくれる…
ずいぶん前のことだが、馴染みの居酒屋で綿引勝彦さんと隣り合わせたことがあった。そう、「鬼平犯科帳」では大滝の五郎蔵とよばれる密偵の親分を演じている俳優だ。鬼平の…
酒をやめたわけではないが、もう長く飲んでいない。当然のことだが、晩飯にあてる時間が短くなる。というより、うどんとかパスタ、時にはおにぎりやパンなどで簡単にすませ…
大腸ガンなどという大病を患ってから、酒を遠ざけることが多くなった。健康のために、などということではない。酒に対する恐怖心が身体のどこかにこびりついているのだ。1…
「久しぶり。元気か?」 朝いちばんに友人メッセージが届いた。 同い年の彼だが定年前に早期退職募集に応じて58歳から10年趣味に生きてきた。 「俺は元気だ。金にならん仕…
僕は6年前に大腸がんの手術を受けた。ステージ4でリンパ節に転移があり、術後も1年ほど抗がん剤治療を続けた。それでも5年後の存命率は20%程度だと言われた。もしその2割…
その店は毎日午後6時に開く。1分早かったり、1分遅れたりなどということは、一切ない。年配のおばちゃんが女子大生のアルバイトを使い、女性ばかりでやっている。女性ば…
清水 哲男
2023年6月27日 13:34
敦賀湾に突き出た若狭半島を立石(たていわ)岬目指して、県道141号を北上する。対岸に北陸電力敦賀火力発電所が見える。石炭を燃料に巨大な建物だ。この半島の先っぽには日本原子力発電敦賀原子力発電所の1号機、2号機、隣接して新型転換炉ふげん、高速増殖炉もんじゅ、さらに半島の反対側には関西電力の美浜原子力発電所がある。半島全体を核の傘で覆ったような、そんな感じだ。しかしここにあるのは原発だけではない。
2023年6月26日 14:10
米子から境港を経て美保関町に向かう。そこから日本海を右手に眺めながら鹿島町古浦を目指し県道37号をひたすら歩く。1978年、そう20歳そこそこの頃だが、日本列島の海岸線をなぞるようにリュックひとつ担いで黙々と歩いたことがある。美保関から古浦までおよそ15キロくらいだったか。日没間近の海岸線を急足で歩いた。どのあたりだったか、入江を隔てた岬の向こうに落ちていく夕陽がとてつもなく綺麗だった。しかし鹿
2023年6月21日 09:12
波打ち際までの30メートルほどをウミガメと並んで歩いた。彼女は、そう、彼女だ、深夜誰もいない真っ暗な浜に上がり、いのちを継ぐために卵を産み落としていた。そっと近づき、様子を見守る。彼女は人間の存在など気にする様子もなく、自らがすべきことに全精力を注ぐ。波の音の狭間に、大きな息づかいが聞こえる。すべてを終えた彼女は、新しいいのちを砂の中に残し、ふたたび海を目指す。ウミガメは1回の産卵で50個から
2023年6月20日 11:34
酒が飲めるようになった息子を伴って、久しぶりの京都の店を数軒訪ねた。「静」や「たこ入道」「たつみ」「スタンド」「サンボア」など、もう50年近く通っている店ばかりだ。中には祖父さんに手を引かれて行って、60年以上顔なじみの店もある。鹿児島に移って27年、その間年に数回しか顔を出さなくなってしまった。でも、たまに行くと、ああ、故郷京都に帰ってきたなと、ほっとすること頻(しきり)だ。そこで息子相手に
2023年6月19日 09:33
もう7年以上前になる。ほんやら洞が焼け落ちた翌日。取るものもとりあえず、ぼくは京都に飛んだ。そして、後片付けを手伝いながら、解体を待つほんやら洞の暗闇の中で、解体されるものについて考えていた。それは、ひょっとすると、今なおぼくの中でくすぶり続ける70年代に対するノスタルジーなのかもしれないなと思った。あの頃からぼくは、どうやって時を重ねてきたのだろうか。あの頃目指した何かを手に入れることがで
2023年6月18日 10:14
あれは夢だったのだろうか……。人は誰もふりかえることをやめない。80年、90年という時間をもってしても、人の記憶を消すことはできないのだ。「畑の中に1本だけ松の木が立ってるはずやわ……」そのまちは、母清水千鶴の記憶の中の風景そのままだった。幼い頃、そう母がチイちゃんと呼ばれていた頃過ごしたという紫野のあちこちを、母の思い出を縁(よすが)に散策した。母を鹿児島に呼び寄せる直前のことだ。「菅
2023年6月17日 11:03
離島を歩くようになってはじめて口にし好物になったモノがいくつかある。その筆頭がフカだ。そうサメだ。湯引きにして酢味噌で食べると実にうまい。もちろん焼酎によくあう。はじめて口にしたのは吐噶喇(とから)列島の中之島だった。島の駐在さんのお宅で奥さんの手料理をいただいた時に、最初に出てきた小鉢がそれだった。「これでちょっと一杯やっててください。今、魚さばいてますから」と。小鉢の中には皮を残したま
2023年6月16日 11:55
京都、柳馬場竹屋町の角にその定食屋「おかめ」はあった。昔、45年ほど前の一時期、ほんの短い間だがそのあたりの友人が勤める広告制作プロダクションに中途半端に勤めたことがあった。朝9時から夜中まで帰れないという忙しい事務所だった。 その忙しさは、それから先の人生をどうしたらいいのか考えあぐねていたぼくに、ああだこうだとつまらぬことを考える隙を与えてくれなかった。考えることなく、言われたことを、言われ
2023年6月15日 10:55
その付け揚げ屋の名前は西春屋。鹿児島中央駅が西鹿児島駅と呼ばれていた頃、はじめて立ち寄った。取材旅行で筋向かいの旅館に泊まっていたのだ。旅館の部屋で夕方から焼酎をやり、小腹が空いたので何かつまみをと思い外に出た。コンビニなどはない時代だ。と、通りに面してガラスケースを並べ付け揚げを売るこの店があった。ガラスケースの向こうには居間があり、一家が夕食の食卓を囲んでいた。通りからその様子は丸見えだ
2023年6月14日 12:57
種子島に渡ると必ず行く食堂がある。中種子町の「いちに食堂」だ。別になんてことのない大衆食堂だ。うまいかまずいかという話をすると、もっとうまいものを食わせてくれる店は山ほどあるだろう。まずい店だって数えきれないはずだ。雰囲気だってそんなにイケてるわけじゃない。間違っても若い女子のグループがランチに訪れることなんて、あったとしてもめちゃくちゃ希だ。平日の昼時と言えば、一気に男臭くなる。これが休日なら
2023年6月13日 12:30
ずいぶん前のことだが、馴染みの居酒屋で綿引勝彦さんと隣り合わせたことがあった。そう、「鬼平犯科帳」では大滝の五郎蔵とよばれる密偵の親分を演じている俳優だ。鬼平のことをいろいろと語り合った後、腰を上げかけた綿引さんから最後にこんなことを訊かれた。「鬼平の話の中で、どれがいちばん好きですか?」と。躊躇なく「密偵たちの宴」だと答えると、綿引さんは焼酎を一口飲んで「うれしいな。ぼくもそうなンですよ」と
2023年6月12日 09:38
酒をやめたわけではないが、もう長く飲んでいない。当然のことだが、晩飯にあてる時間が短くなる。というより、うどんとかパスタ、時にはおにぎりやパンなどで簡単にすませるようになった。朝や昼にそれを補うような食事を摂るわけでもない。当たり前のように栄養不足になる。朝から妙にフラフラして、少々目眩がする。酔いが残っていてフラフラするのは常のことだったが、酒を飲んでいないのに……。どうも様子が違う。動きが鈍
2023年6月11日 10:42
大腸ガンなどという大病を患ってから、酒を遠ざけることが多くなった。健康のために、などということではない。酒に対する恐怖心が身体のどこかにこびりついているのだ。1杯の酒がガンの再発を招くのではないかと。知人の医師などは「なにを今更」と笑う。術後5年が経過し、ようやく少しだけ口にできるようになったが、以前は浴びるほど飲んでいたウイスキーには今もって手が出ない。度数の高さが喉を焼き、胃の粘膜を焼き、
2023年6月10日 10:17
「久しぶり。元気か?」朝いちばんに友人メッセージが届いた。同い年の彼だが定年前に早期退職募集に応じて58歳から10年趣味に生きてきた。「俺は元気だ。金にならん仕事ばっかりでバタバタしてる。君はいいなあ、悠々自適で」と自嘲すると。「同じだよ。俺だって入ってくるのは年金だけだ」と言うので「だって悠々と暮らしてるじゃないか。俺はあくせくしてる」と返したら「それは蓄えのおかげだな。アリと
2023年6月9日 10:26
僕は6年前に大腸がんの手術を受けた。ステージ4でリンパ節に転移があり、術後も1年ほど抗がん剤治療を続けた。それでも5年後の存命率は20%程度だと言われた。もしその2割に入れなくても、それもまあ人生だと、できることを精一杯やろうと前向きに生きてきた。結果的にその2割の中に入ることができた。しかしこの6年をふりかえると、けっこう新しいことに手を出し、がむしゃらに生きてきたような気がする。そのせいもある
2023年6月8日 10:42
その店は毎日午後6時に開く。1分早かったり、1分遅れたりなどということは、一切ない。年配のおばちゃんが女子大生のアルバイトを使い、女性ばかりでやっている。女性ばかりとはいうものの、それを目当てになどという客はほとんどいない。客は8割方が中高年のおじさん、残りの2割はややおじさん化した女性客だ。ここは正真正銘の飲み手が集う居酒屋なのだ。現実社会からの幽体離脱を体験させてくれるようなおしゃれなカフェ