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「八人目の敵」

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八人目の敵 ⑪

八人目の敵 ⑪

「なに、鬱ですって」
話を聞き終わって口の悪い従姉妹は言葉を切る。
「或るうつの方?」
いくら互いに遠慮会釈のない仲だといえちょっとひどい。確かに鬱とかASDとかアルツハイマーとか双極性障害とか統合失調症とか繊細さん(いやこれはない)など気になるメンタルヘルスワードを眼にするたびに気まぐれにチェックリストに印をつけ「あるある、ん?多分これはあると答えない方がいい質問だね」と気づき途中でやめてしまう

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八人目の敵 ⑩

八人目の敵 ⑩

 年末、ポストカードの文言を考えていた。後で削除するのだから言いたい放題に書き散らしてみる。『うつ病アル中メタボ予備軍で、』これは誇張だが全くの嘘とも言えない。さて予備軍とは何か。予備群ともいうらしい。この国に軍隊はないが予備軍という言葉は存在する。軍隊アレルギーの誰かが平和な半病人を軍と呼ぶのに異議を唱えたのだろうか。とはいえ予備群ではの群が症候群とお揃いなので該当者はより病人らしく暗い気持ちに

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八人目の敵 ⑨

八人目の敵 ⑨

 あれは確か私がずっと幼くて世の中がこんなにカード化する以前のことだ。母の故郷を訪ねたときに離れのおばあちゃま、(といっても祖母は別にいてもう少し若かったからあれは曽祖母に違いなかろうが、)と呼ばれる白髪の老女の部屋に大きな仏壇がありその引き出しに隠すようにしまわれていたお位牌があった。記憶はさだかではないが、それはおばあちゃまのお兄さんで「予備国民」なのだけど、人には決して話してはならないよと釘

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八人目の敵 ⑧

八人目の敵 ⑧

 話は前後するが、初めてカードの紛失に気づいた日に歯科に行ったところすでに何者かが私の健保を乗っ取っていた。正確には私の診察券番号が別人に使われていたのだ。
「そんなはずはありませんよ。診察券番号はメジャーカード番号と一体化して廃止されましたから」

 待合室で処方箋を待っているらしい老婆が話しかけてきた。
「あんた知らないのかね、無理もないね。この国にはカードを持たない『予備国民』がいるのさ。0

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八人目の敵 ⑦

八人目の敵 ⑦

 つまりこの模造カードの持ち主が現れて所有権を主張するおそれはないということだわ?
これと言う目的もなくカードの顔写真の画像を少し加工してみる。髪をのばす。頬に肉を足す。眉を削る。着色する。やっぱり無理か。例えば自分が男装をしてこの写真を女性化して両者を接近させ似させて最終的に同一人物であるかのように見せるのは難しそうだった。男性が女装して自分の母親や祖母に似せることができたという話をどこかできい

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八人目の敵 ⑥

 やっと変な人から解放された。途方もない要求をされるかも知れないという心配も杞憂に終わった。何よりカードが手元に戻り、私の日常が元通りになったのは間違いない。小躍りしたい気分でスイーツの店の脇を通り抜ける。チャージした現金のデータも移行されているはずだ。お茶受けに甘いものを買うか? あれお茶ってさっき飲まなかったっけ? いやコーヒーだ。口の奥に苦い記憶がぶり返しそうになる。頼んだホットに私は手をつ

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八人目の敵 ⑤

八人目の敵 ⑤

 数分後カフェで見知らぬ女と向かい合っていた。彼女の手元にはカードの束がある。それ全部拾ったのですか? とはきかなかった。女は慣れた手つきでシャッフルすると
「好きなのを一枚引いて」
と言った。
私はうわの空だった。あのカードで最大いくら引き出せて何キロ乗車できてこの人に拾われなければどれだけの損害を被っていてそれらの一割を請求されても仕方がないのだろうか。だが彼女が拾得した時点ですでに無価値に帰

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八人目の敵 ④

八人目の敵 ④

 翌日二通の封書が届いた。一通には新しいカードが入っていた。そしてもう一通は某県の警察に私のカードが遺失物として届けられているという通知だった。某県というのは身に覚えがあった。そこに母の実家があった。母はすでに他界しているがある意味観光名所で近ごろの旅行支援に便乗して訪ねたのだった。遠路を何度も行くのは無理だが。すぐに連絡してもう不要である旨を伝えたがその際にどこで発見されたのかが発覚した。街の土

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「八人目の敵」③

「八人目の敵」③

「では早速お手続きいたします」
カード機能は停止し数日後に新しいものが郵送されることになった。これで買い物できるし交通機関が使えるしATMに行けるし医者にもかかれる。下位だが住民票だって追加してやる。
 その日のうちに交番に立ち寄り紛失届を出した。拾得物として届きましたら連絡が行きますがあくまで管轄は県内ですから県外や国外の場合は除きますと言われ予想に反してか反さずか使えねえななどと大声で言える立

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「八人目の敵」②

「八人目の敵」②

 予期していたことだがカードは玄関にもなかった。ウロウロとそんなところにあるはずないだろう箇所を百往復した。家のキーをカードにしなくて良かったよなどと一人ごちながら。ポケットの平べったく冷たい塊(それはまだあった)に「カード 紛失」と入力して現れた数字に発信する。
『こちら…センターです。ただいま回線が大変混み合っております…おかけ直しください』
誰もいない事務室に昼休憩で席を外していますの札が掛

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八人目の敵 ①

八人目の敵 ①

 改札を通過しようとコートのポケットを探った。あれ。ない。そこにあるはずの固くて薄い長方形の樹脂の板は姿を消していた。やだっ玄関に置き忘れたのかしら。私は舌打ちをして小銭の入っている財布を出そうともがく。だめだ。小銭を持たなくなって久しかった。買い物はプリペイドカードを使っているしそのカードを今探しているのだから。銀行? ちょっと待って、あれはキャッシュカードをも兼ねていたのよね? 仕方なくトロト

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