柴田彼女

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柴田彼女

小説を書いています。 全て有料記事(110円)に設定していますが、一つ残らず全文無料で読めます。 課金していただけた場合、そのお金で作者が本を買えるようになったりします。 https://www.handshakee.com/shibatakanojo

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記事一覧

魔法少女は卒業できない(小説)

 チッチは、 「ああ、君こそ魔法少女に相応しい。その秘められた力で、世界を救うんだ」  私の部屋の窓際、ゆらゆらと蜃気楼のように揺れるカーテンに見え隠れしながら、…

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柴田彼女
5日前
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(22)そこにはいない

 私は、教師だった。  生徒に物を言い、導き、教える立場だった。  今とは違う生きかたをしていた。嘘じゃない。嘘じゃない私は、また何者かにならなければならない。 …

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柴田彼女
2週間前

(21)ゆるされたい

 私の診察が始まる。案の定話の切り出しは医師からで、 「他の患者さんとちょっと仲よくしすぎかなと、看護師から話を受けていますが、いかがですか? 大丈夫ですか?」 …

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柴田彼女
2週間前
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(20)嘘について

 中に入ると、看護師がいつかのように私を廊下の隅に追いやる。 「前も言ったけど、他の患者さんと深く関わらないようにね」  はい、と返す。深く関わっているつもりがな…

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柴田彼女
2週間前
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(19)あの頃わたしは確かにそこにいた

 犬塚さんとまた会ったのは、秋になってすぐだった。診察時間を昼手前に戻し、案の定何時間も待たされ、外のベンチで昼食を摂っていると彼女は現れた。 「あ、あの時の人…

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柴田彼女
2週間前

(18)惰性

 日々は続く。二週間に一度の診察は繰り返され、本格的な夏がくる。私は予約時間を夕方にずらしてもらって、数時間の待ち時間は待合室で本を読み、スマートフォンを触り、…

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柴田彼女
3週間前

(17)スイートスポット

 スーパーマーケットの、値下げコーナーでスイートスポットまみれのバナナを買った。ほとんど真っ黒で、よく売るなあ、といっそ感心する。それと同時、捨てられる寸前で、…

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柴田彼女
3週間前
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(16)何者

 そこから更に一時間半、やっと自分の番がやってきた。担当医は四十代ほどの男で、患者の話を長く聞いてくれる。それがこの混雑に繋がっているのだけれど、こういうジャン…

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柴田彼女
3週間前

(15)枠の中だけ

 再び涼やかなクリニック内に戻る。順番はまだまだ先だ。鞄から本を取り出して読もうとして、そこで一人の看護師が近づいてくる。 「名城さん。ちょっといいですか?」 「…

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柴田彼女
3週間前

(14)おいしそうだね

 十二時になっても当たり前のように自分の番はこなかった。私は受付の女性に一言断って、病院の外にあるベンチに向かう。いつも私はここで一人、弁当を食べる。ベンチは三…

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柴田彼女
3週間前

(13)すなおメンタルクリニック

 朝、着替え、カーテンを開け、顔を洗い、朝食を摂り、化粧をし、髪を整え、それから弁当を作る。  きょうはメンタルクリニックへ行く日だ。メンタルクリニックは街中に…

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柴田彼女
3週間前
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(12)記憶が支配する

 あしたは病院で、診察時間は十一時半から。どうせ二時間は遅れるから、お弁当を持っていかなければならない。あしたはサンドイッチにでもしようか。棚からホームベーカリ…

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柴田彼女
1か月前

(11)逃走

 午後一時過ぎ、PCを開く。スマートフォンに入れてあるSNSをこちらでも覗く。たまに何かを言われたり、訊かれたりするが、絶対に返信はしない。一喜一憂したくないか…

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柴田彼女
1か月前

(10)薄暗い中の祈り

 リュックサックを定位置に片づけ、時計を見るともう十二時を過ぎていた。昼食は何にしよう、と、冷蔵庫を再び開く。ざっと中身を見て、ナポリタンならいけそうだな、と考…

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柴田彼女
1か月前

(9)帰宅

 家に着いたころにはもうくたくたで、玄関では突っかけていたサンダルを揃える元気もなかった。細い通路、壁に寄りかかって、イヤホンの音量を少しだけ下げる。心を整える…

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柴田彼女
1か月前

(8)水の音

 肌によい成分でできた日焼け止めを分厚く塗って、薄手の白いカーディガンを着て、つばの広い麦藁の帽子を被って、リュックサックの中には複数のエコバッグを入れて、サン…

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柴田彼女
1か月前
魔法少女は卒業できない(小説)

魔法少女は卒業できない(小説)

 チッチは、
「ああ、君こそ魔法少女に相応しい。その秘められた力で、世界を救うんだ」
 私の部屋の窓際、ゆらゆらと蜃気楼のように揺れるカーテンに見え隠れしながら、そう言って、ひょい、と私の肩に乗ってきた。二つに割れた尻尾の片方で私の頬を撫で、
「君は、きょうから魔法少女になるんだよ」
 尻尾の先をマッチ棒のように光らせると、一つの指輪を私の前に出現させてみた。ぽう、と淡い紫の光と共に私の掌の中に指

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(22)そこにはいない

(22)そこにはいない

 私は、教師だった。
 生徒に物を言い、導き、教える立場だった。
 今とは違う生きかたをしていた。嘘じゃない。嘘じゃない私は、また何者かにならなければならない。
 丁寧な暮らしを続けて、その先に何があるだろう。心の安寧を手に入れて、いびつなまま心がくっついて、もうクリニックにも通わなくていいですよと担当医に言われて、そのころ私は何をしているのだろう。また教師に戻っているのだろうか。それとも別の何か

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(21)ゆるされたい

(21)ゆるされたい

 私の診察が始まる。案の定話の切り出しは医師からで、
「他の患者さんとちょっと仲よくしすぎかなと、看護師から話を受けていますが、いかがですか? 大丈夫ですか?」
 とのことだった。
「外のベンチでお弁当を食べている時に、一方的に話しかけられているだけです。返事もそれほどしませんし、連絡先なども交換する気はありません。基本的にずっと無視しています」
 端的に事実だけを述べる。医師は理想通りの回答に満

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(20)嘘について

(20)嘘について

 中に入ると、看護師がいつかのように私を廊下の隅に追いやる。
「前も言ったけど、他の患者さんと深く関わらないようにね」
 はい、と返す。深く関わっているつもりがないので、それ以外の返事ができない。看護師は続ける。
「どうせまた、女優だったころは、とか、ストーカーが、とか言っていたんだろうけど、犬塚さん、ここが地元で、一度も他の土地に出たことなんてないのよ。ずっと引きこもって、趣味が舞台鑑賞だから、

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(19)あの頃わたしは確かにそこにいた

(19)あの頃わたしは確かにそこにいた

 犬塚さんとまた会ったのは、秋になってすぐだった。診察時間を昼手前に戻し、案の定何時間も待たされ、外のベンチで昼食を摂っていると彼女は現れた。
「あ、あの時の人だ?」
 私は、お久しぶりです、と、覚えています、の二つの意味を込めて小さく頭を下げる。
「あれ以来見かけないから、転院したのかと思ってた。また会えてわたしは嬉しいよ」
 犬塚さんはベンチに座り、やはりこちらを見ずにそう言った。
「今年の夏

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(18)惰性

(18)惰性

 日々は続く。二週間に一度の診察は繰り返され、本格的な夏がくる。私は予約時間を夕方にずらしてもらって、数時間の待ち時間は待合室で本を読み、スマートフォンを触り、また本を読み過ごした。薬は一度ほんの少し減り、けれどそのまま停滞したままだ。
 未だスーパーマーケットとドラッグストア程度しか行けず、それも非常に疲れを伴う行為であることに変わりはない。去年も着ていた服を今年も着ている。化粧品はインターネッ

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(17)スイートスポット

(17)スイートスポット

 スーパーマーケットの、値下げコーナーでスイートスポットまみれのバナナを買った。ほとんど真っ黒で、よく売るなあ、といっそ感心する。それと同時、捨てられる寸前で、灯の消えそうなそれを見ているとなんだか今の自分の姿と重なってきてしまう。
 親の仕送りで生きている自分。丁寧な暮らし、なんて言いながら、日々無駄に時間をかけて怠惰に生きているだけの、偽物の『丁寧』を続ける自分。いけない、フラッシュバックして

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(16)何者

(16)何者

 そこから更に一時間半、やっと自分の番がやってきた。担当医は四十代ほどの男で、患者の話を長く聞いてくれる。それがこの混雑に繋がっているのだけれど、こういうジャンルの患者として思えば話を聞いてもらえる機会は非常に貴重で、だからこそ何時間でも待てる。需要と供給が合っているのだ。時間が無限だったら、この医者は何時間でも話を聞いてくれるだろう。そんな安心感がある。

 私は医者に今の生活を話す。できるだけ

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(15)枠の中だけ

(15)枠の中だけ

 再び涼やかなクリニック内に戻る。順番はまだまだ先だ。鞄から本を取り出して読もうとして、そこで一人の看護師が近づいてくる。
「名城さん。ちょっといいですか?」
「はい」
 看護師に誘導され、薄暗い通路の端に立たされる。
「さっき、外でお弁当召し上がってたわよね?」
「はい。駄目でしたか?」
「ううん。お弁当はいいよ。むしろお弁当食べなきゃならないくらい待たせて申し訳ないね。悪いんだけど、どうしても

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(14)おいしそうだね

(14)おいしそうだね

 十二時になっても当たり前のように自分の番はこなかった。私は受付の女性に一言断って、病院の外にあるベンチに向かう。いつも私はここで一人、弁当を食べる。ベンチは三つあるが、なぜか誰も使っているところを見たことがない。そもそもなぜベンチがあるのかもわからない。それでもこれがあるから私は病院のたびに外食をしなければならない羽目に陥ることを避けられているので、私にとっては感謝すべき存在だった。
 ベンチに

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(13)すなおメンタルクリニック

(13)すなおメンタルクリニック

 朝、着替え、カーテンを開け、顔を洗い、朝食を摂り、化粧をし、髪を整え、それから弁当を作る。
 きょうはメンタルクリニックへ行く日だ。メンタルクリニックは街中にあって、いつも混雑しているから平気で予約時間を何時間も過ぎる。受付に言えば外出もできるけれど、外食するほどの気力があれば何時間も待たされるメンタルクリニックになんて通うわけがない。
 きょうは、昨日焼いた食パンをサンドイッチにする。バターを

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(12)記憶が支配する

(12)記憶が支配する

 あしたは病院で、診察時間は十一時半から。どうせ二時間は遅れるから、お弁当を持っていかなければならない。あしたはサンドイッチにでもしようか。棚からホームベーカリーを出し、強力粉や塩、砂糖、バター、牛乳、ドライイーストなどを支度する。計りで適量を計測し、順番通りに入れる。捏ねるだけの操作をしてくれるボタンを押すと、ぎいん、ぎいん、ぎいん、とモーターが回り出す音が響いた。
 しばらくして機械が止まる。

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(11)逃走

(11)逃走

 午後一時過ぎ、PCを開く。スマートフォンに入れてあるSNSをこちらでも覗く。たまに何かを言われたり、訊かれたりするが、絶対に返信はしない。一喜一憂したくないからだ。いいねもお気に入りもブックマークもフォローも短いコメントも怖くて仕方ない。フォローされてもフォローを返すことはない。それでも非公開にしないのは、ほんのわずかに残った自己顕示欲だろう。
【着替え。朝食。洗濯。掃除。買い物。昼食。おしまい

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(10)薄暗い中の祈り

(10)薄暗い中の祈り

 リュックサックを定位置に片づけ、時計を見るともう十二時を過ぎていた。昼食は何にしよう、と、冷蔵庫を再び開く。ざっと中身を見て、ナポリタンならいけそうだな、と考える。必要な材料をざっとまな板近くに並べ、フライパンと鍋をシンク下収納から取り出す。鍋に水を張り、火にかける。

 玉葱を薄めに、ピーマンは斜めに、細めに、にんにくは包丁の側面で潰してから荒く切って、最後にウインナーを五ミリ幅程度に斜め切り

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(9)帰宅

(9)帰宅

 家に着いたころにはもうくたくたで、玄関では突っかけていたサンダルを揃える元気もなかった。細い通路、壁に寄りかかって、イヤホンの音量を少しだけ下げる。心を整える。ちょうどいい音の大きさ、聴く曲も変える。美しい声、美しいギター、美しいベース、美しいドラム。包まれる。不安がない。かすれたボーカルの「おかえり」という歌詞。ただいま、と呟く。帰ってきた。きょうも無事帰ってこられた。
 深く息を吐いて、それ

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(8)水の音

(8)水の音

 肌によい成分でできた日焼け止めを分厚く塗って、薄手の白いカーディガンを着て、つばの広い麦藁の帽子を被って、リュックサックの中には複数のエコバッグを入れて、サンダルをつっかける。スマートフォンとBluetoothのイヤホンを連動させて、気に入りの、賑やかしい、けれど気に入りのバンドのアルバムをセットする。大きな音で誤魔化さなければ、一人で外も出歩けない。
 ふ、と短く息を吐いて気合を入れる。鍵を開

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