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コロナと差別-歴史と声に再び耳を傾ける必要性―


新型コロナウイルスによる肺炎で死亡した男性の遺族は、「お前も感染者か」と聞かれたり、職場で人に避けられたりして、「差別を強く感じた」と訴える。「同じ思いは私たちだけではない」と話し、感染者の家族らへの配慮を求めている。
 遺族によると、自身は濃厚接触者ではなかったが、職場などで「お前も感染者じゃないの?」と聞かれた。露骨に避けられることもあり、「差別的な気持ちを強く感じた」という。
 差別だけではない。濃厚接触者と認定された男性の身内の一人は、2週間の健康観察後もしばらく出勤が認められず、収入の減少に苦しんだ。幼い子どもを抱え、「自分が感染したら誰が面倒を見るのか」と不安におびえながら生活する人もいた。
 遺族は「傷ついている人がさらに傷つくことがないように、思いやりのある行動で接してほしい」と話した。

4/17 時事ドットコムニュース https://www.jiji.com/jc/article?k=2020041600706&g=soc


コロナによる差別は起こるべくして起こったものだろう。そして、今後、感染者が増えるごとに「見えない」ように差別が繰り返されていくだろう。

こうした感染症や病による差別は、日本のみならず世界中で繰り返されてきた。感染した者に対する差別はもちろんのこと、感染した者の家族や周辺にいる者に向けられる「言葉や行動の刃」は何度も直面し、何度も戦い乗り越えてきた(厳密には違うが)。

特に、HIVやハンセン病、結核や赤痢、四大公害(水俣病、新潟水俣病、イタイイタイ病、四日市ぜんそく)など学校などで学んできた通りである。加えて、放射能の問題もここに入ると思う。

いつの時代も、自分たちにとって脅威となるものに対する判断能力は脆弱なものがある。しかし、昨今は、多くの情報や科学技術、そしてこれまでの歴史などの積み重ねがある。にもかかわらず、“新しい”存在に対しては、まるで何もなかったように恐怖してしまう。似て非なるものであったとしても、同様の問題が生じた際に、我々人間は、感染症や病に直面した者たちに、どんな差別や偏見をし、社会から追い出そうとしてきたのかを再び思い出し、反省し、学ぶ必要がある。

ハンセン病も結核も、その歴史や行われてきた差別を振り返ると膨大になってしまうので割愛するが、多くがコロナによって引き起こされる差別と同様なことが起こっている。

家族のなかに感染した者がでれば、家族全員が差別の対象になり、周囲から白い目で見られ、迫害を受ける。そして、感染した者が亡くなってしまった場合も会えないまま葬られてしまう。治癒ということが難しい時代で、治癒したとしても国家自体が隠蔽し、長い間をかけて差別や偏見と闘ってきた問題であった感染症や病。その歴史や伝承があっても、大きな括りとしては同じでも“新しいもの”に出会ってしまうと繰り返してしまう。


「様々な人権問題や差別史を学び、また当事者たちと関わってきたから恐怖がないんだ」


そんなことを言われたことを思い出したが、それとこれは別である。
確かに、知識や実体験などは「身を助け、他者に対する想像力」を大いに手助けすることに繋がる。正しい情報を精査することや差別的な現象に直面しても戦うことができる強さになる。しかし、そうはいっても恐怖あるし、自分の身に降りかかってきてしまったらということも想像する。

ただそれは人間として正しい感情であるが、人間はそれを乗り越えて行動し、思いやり力を持っている。

感染するかも(しているかも)しれないという感覚以上に、感染してしまった人やその周辺にいる人に対しての思いやりは考えていかないとならない。治ったからっていても「うつる」かもしれないじゃないか!!という、「自分が無症状なだけの媒介者」であるという可能性を無視した発言は滑稽で無責任な態度は幼稚極まりないものである。

そんなときこそ、これまでの歴史や歴史の中で葬られてしまった人や生還した人、支えてきた人々の話を振り返って己の行動を省みる必要がある。ハンセン病の人たちは、こんな酷い差別を受けてきたんだ、こんな思いをして生きてきたのか、これって今と似ていないのか、というように考えていくと、自分の行動がどうであるのかすぐにわかるのではないだろうか。いまこそ、歴史と声に再び耳を傾ける必要があるのではないだろうか。

今回の差別は始まったばかりであり、これから差別が広がっていくほどに「当たり前の現象」になると思われる。「自分たちのことで精一杯だから」と、よく人権に係わるあらゆることを放棄する者がいるが、それは、これから起こることに目を向けないことと同じである。

そのくせ、買い溜めや動物のように物を奪い合うということする呆れる行動をしてしまう矛盾が自分のように恥ずかしい。

そう思うと、人権を考えるというのは、とても難しい能力なのかもしれない。だからこそ、多くの人は、その人権感覚や知識というものを毛嫌いし、消し去ろうとするのかもしれない。コロナによって、様々な問題が起こり、人の偽りで塗り固められたあらゆる側面が顕在化してきた。

さらなる混乱に備えて、再び過去の出来事全てを振り返らなければならないと思う。

夢はルポライターなどです。(/・ω・)/「声なき声を」届けることや草の根活動を頑張っている人や世に出せるように、そのために使えたらなと思います。