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もの作りとは、世界や社会の出来事を自分の視点に引き込み具現化すること

もの作りは、世界や社会の出来事を自分の視点に引き込み、形にするプロセスです。先日、私が企画した研修で、アーティストの岩崎貴宏さんは、ビジネスパーソンに対して次のように語りました。

ものを作る人の特徴は、世界や社会で起こっている他人事を自らの尺度で捉え、当事者視点に引っ張り込んでいく力があることです。

岩崎貴宏

今回の記事では、この自分の視点に焦点をあて「アート思考」について考えます。


私が研修で説明する「アート思考」とは、「自らが興味をもった社会事象に対して、徹底的にリサーチし、常識を超えるコンセプトを創出する思考」のことをいいます。このようにして考えたコンセプトを実現させるには、それを自分自身のものとして捉え、行動に移す必要があります。

岩崎貴宏さんの作品の根底にある広島

岩崎貴宏さんは、歯ブラシ、タオル、文庫本の栞など、身の回りの日用品を使って都市の風景を創造するアーティストです。日用品から細い繊維を取り出し、クレーン、鉄塔、観覧車などの都市でおなじみの建造物を再現します。非常に繊細な作品を制作する背景には、広島出身であることが大きく影響しています。

広島は、原爆によって一瞬で都市がなくなってしまった歴史があります。現在広島市は、120万人の人が生活する都市になっていますが、一瞬でなくなってしまうようなもろさを感じるそうです。

岩崎貴宏 ベネツィア・ビエンナーレ 2017 展示風景:筆者撮影

視点を転換させたエディンバラ留学

岩崎さんは、スコットランドのエディンバラに留学しました。エディンバラは500年の歴史をもつ都市です。古くから続く都市を見ると、自分の育った街は、プラモデルのようだと感じました。

ある朝目を覚ましたとき、隣につまれた衣類が山に見えました。しかし、エディンバラの人たちにその話をしても、山とは思ってくれません。彼らにとって山は硬いもので、衣類は柔らかいのです。しかし、岩崎さんにとってみると、日本の山は噴火もするし地震もある、とても柔らかい存在なのです。
この経験がもとで、日用品から柔らかい繊維を取り出し、都市を構築することを考え出しました。

人新生(アントロポセン)を自分の視点で捉える

岩崎さんが最近興味をもっているのは「人新生(アントロポセン)」。「人類の時代」という意味の新しい時代区分のことです。人口が急増し、大量生産・大量消費をするようになった1950年代以降、核実験による放射性同位元素、化石燃料の燃焼による灰、マイクロプラスチック、農薬などが、地層から検出されるようになり、この時代区分が提唱されています。

人新生という新しい地層を作るに至ったテクノロジーは、人新生よりももっともっと深い地層、エディンバラの人たちが硬いと言った地層に存在する鉱物資源や化石燃料に依存しています。このことに気づいた岩崎さんは、次のように語っています。

私が生きている時代は、水平的な風景の連続ではなく、垂直に輪切りした時間の層構造と合わせた視点で、自然とテクノロジーの共生を多元的に認識すべき時代なのだろう。

『跳躍するつくり手たち 人と自然の未来を見つめるアート、デザイン、テクノロジー』

この視点で制作された作品が、《Out of Disorder (Layer and Folding)》です。それまでの歯ブラシや本の作品と比べると遥かに巨大なインスタレーション。色は化石燃料の黒一色で、地層の上に都市ができている様子を描いています。よくみると、綿棒で木々を表しているといった、日用品を使った表現は健在です。

岩崎貴宏《Out of Disorder (Layer and Folding)》:筆者撮影
岩崎貴宏《Out of Disorder (Layer and Folding)》:筆者撮影

岩崎さんの制作活動は、社会的な事象を彼の個人的な視点で捉え表現した素晴らしい例です。

カタチにすることで新しい世界を開く

私の研修では、ビジネスパーソンに対して、自分が興味ある社会事象を起点にアート作品を制作してもらっています。この作業をすることで、自分の視点で捉えることができるようになります。岩崎さんからも、その点を評価していただきました。

岩崎さんが、研修の最後に次のように語ってくれました。自分に引き込み考え出したコンセプトだからこそ、カタチにすることで、社会を前に進める力になります

演習を繰り返したり、仮説や戦略を考えることは重要ですが、更に重要なのは実際に何かを作ってみることだと思います。実際に手足を動かしてみるとイメージした通りにはいきません。その幾多の失敗とフィードバックの繰り返しが、新しい世界を開いてくれると私は信じています

岩崎貴宏

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